「奇襲」と書いて


「……あ、ははは」

それが人類の敵と対峙した時の、最強吸血鬼ハンターの反応だった。乾いた笑い声が空気に溶ける。笑っているのは口だけで、しかしそれは引きつっているとも言えるものだ。

「ァああぁア」
「え、と……こんにちはぁああああ?!」

危険を感じて半ば本能的に飛び退くと、目の前にいたソレの手が地面にめり込んだ。ハエ叩きのような動作に、美夜は目を見開いてソレを見上げる。脳内は「?!」という単純なマークで埋め尽くされ、普段の冷静さは吹っ飛んでいた。

五、六メートルはあろうかという人の形をしたものがいた。正確には人に酷似しているだけで、人にあるべきものがない。ソレは全裸で頭が大きく、生殖器が無い。歩きにくそうだ、と場違いな事を考えてしまう。余裕があるからではない、現実逃避というものが近い。

「落ち着け、落ち着け」

これが任務中であったり、そうでなくとも脈絡ある出来事であったなら、ここまで混乱はしなかっただろう。つまり、この事態は美夜にとって突飛なものだった。

学園での夜の見回りを終え、入浴も済まし、眠ろうかと部屋に戻った時だった。何となく目が冴えてしまい、愛刀である[天守月影]の手入れでもしようとしていた。ついでにベルトの確認もしておこうと。片手に刀、片手にベルトを持った直後ーーーー大きな人(仮)とご対面である。幸いだったのは、相棒である刀を持っていた事と、寝間着に着替えていなかったことだろうか。

今までにないほどの混乱に陥っていた美夜だったが、持ち直すのは早かった。部屋ばきのスリッパは早々に脱ぎ捨てて、ひらりひらりとソレの手を交わす。知能はないらしく、攻撃はワンパターンでかわすのは容易。一撃が大きすぎるのだが。

美夜は攻撃を避け続けながら悩む。何か建物でもあれば、その影に隠れてソレの視界から外れ、認識からも外れることが出来るのだが、生憎ここは真昼間の草原だ。おまけにソレはどういう訳か、瞬きをしてくれない。気配を消しても、こうも凝視されたままでは意味が無い。興奮しているのだろうか。

「あの、言葉分かったり、します?」
「ぅうう……」
「ですよねー……」

刀は対吸血鬼用武器だ、効くのか分からない。それに個人的にも、任務以外でヒトに似たソレを屠ることに抵抗があった。

ソレの手に捕らわれることはないが、このままでは埒があかない。美夜は刀を握る手に力を込めて、限界まで索敵範囲を広げた。もちろん、ソレから注意も逸らさない。肉眼で見る限り、近くに人も民家もない。

どうすべきか、本格的に悩み始めた時だった。ソレと同類と思われる大きなモノが、一直線に向かってきている。走っている。どしんどしんと地響きをさせながら。美夜は冷静だった表情を、再び引きつらせた。

「走れるんだ……」

人に良く似た大きなソレが、アンバランスな肉体で疾走してくる、というかつてない恐怖に、美夜は逃げることを選択した。とりあえず、走っているそれがこちらへ到着する前に、と目の前のソレの隙を伺っていたのだが、美夜はあることに気付いて攻撃を避けることを止めた。

刀の作用で吸血鬼因子の活性を全開にしている今、多少の怪我ならばすぐに治る。攻撃が直撃する寸前でかわすことも可能だ。

「さて、どうかな」

ソレの手の平が迫るが、美夜は緊張した面持ちで動かなかった。


* * *


人類の敵である巨人が蔓延る"壁の外"。人類を守る高い壁から外に出て、犠牲を払いながら外の世界を調査する者たちがいた。"調査兵団"と呼ばれる彼らは、第三十回を過ぎた壁外調査からの帰りだった。今回も、決して少なくはない犠牲を払い、沈痛な面持ちで壁内へ向かっていた。

彼らは索敵陣形と呼ばれる形で、壁外を馬に乗って駆けている。端的に言うと、調査兵が前方扇形に、隣の兵士が見える程度の等間隔距離で配置されている、人力レーダーである。伝達は基本的に信煙弾と呼ばれる煙の色で行われる。巨人をいち早く見つけ、極力戦闘を回避するそれは、平地で特にその力を発揮する。立体機動装置ーー射出するワイヤーの先のアンカーを、木や建物に刺し、高速で巻き取り、移動するーーと呼ばれるものを使用して戦う兵士たちは、平地ではほぼ無力なので都合がいい。

現調査兵団団長の編み出した索敵陣形だが、壁外調査の帰還時、それは出発時ほど整ってはいない。単純に、人がいないからだ。整っていないどころか、ほぼ機能していない。だからだろう、決して近くにいる訳でもないある二人が、同時に異変に気付いたのは。

一人は団長の男。もう一人は兵士長の男で、人類最強と言われるほど身のこなしが人外じみていた。彼らだけでない、生き残った兵士たちは一斉に異変に気付いた。そして表情を凍らせる。

「エルヴィン」

兵士長の男が、団長ーーエルヴィンの元までいち早く馬を走らせた。エルヴィンは困惑する総員に方向転換するよう指示を出し、全力で馬を走らせた。

エルヴィンらの進路上から、四体もの巨人が向かってきていたのだ。二体くらいならば対応出来るし、ここが平野でなければ勝算は高い。勝算が限りなく低い理由は三つあった。一つは、調査がえりで疲弊している者が多く、そもそも人数も少ないこと。二つ目は、ここが平野であることだ。そしてもう一つ、四体が四体とも同じ方角から向かってくるのだ。まるで、つい先ほどまで同じ場所にいたと言いたげに。こうも早く走れる巨人四体が集まったなど、洒落にならない。内二体は奇行種ーー通常の巨人とは異なる行動をとるーーで、四足歩行でまっすぐ走ってきている。

「奇行種が二体……あれらから逃げ切ることは恐らく不可能だ。この先に旧市街がある。そこまで誘導して討つ。……リヴァイ、頼むぞ」
「分かってる」

調査兵団の中でも精鋭があつまったのが、特別作戦班ーー通称リヴァイ班だ。兵士長であるリヴァイが率いる五人班。負傷者が多い中で最も動ける、また巨人の駆逐に関しては最も信頼できる班だ。

ほどなくして旧市街地に到着し、数秒後に巨人たちも旧市街地に到着する。リヴァイ班はガスで加速しながら空中を飛ぶように移動し、二刀の刃を握り、巨人の弱点であるうなじの肉をそぎ落とす。十秒ほどの出来事で、団員は胸を撫で下ろした。

四体のうち二体を片づけたリヴァイは、班員の無事を確認する。ワイヤーを巻き取り、握っていた二振りの剣を仕舞った。降り立った先は自分の馬がいる所で、跳び乗るとエルヴィンに声をかけた。

「ご苦労、リヴァイ」
「ああ。……行けるか」
「平野で四体が、離れた距離から狙ってくるなどそうそうない。すぐ出立する」
「エルヴィン団長!巨人三体、こちらへ向かっています!」
「……どうなってるんだ」
「知るか。……はあ、このままリヴァイ班(俺ら)が出る」
「頼む」

見張りの兵士からの伝達に、エルヴィンは思わず溜め息を吐いた。リヴァイはすぐにワイヤーを射出して建物の屋上に立つと、既に臨戦態勢の班員を見る。次いで、向かってくる巨人を見る。先ほどのように走ってはおらず、早歩きと言ったところだ。馬で逃げ切れる速度だが、巨人のいる方角が進路に近い。この際だから倒してしまおうということなのだ。

「兵長」
「また来ましたね」

近くにいた金髪の二人が声をかけてくる。一人は女で、名をペトラ。もう一人は男であごひげを生やしており、名をエルド。リヴァイは視線を巨人に向けたまま、面倒なことだと舌打ちをした。

リヴァイはブレードを抜こうと手を動かし、目に入ったものに思わず手を止めた。三白眼の鋭い目を更に鋭くして、残りの班員を視線だけで招集する。黒髪の男がグンタ、どことなくリヴァイに似た髪型をしているのがオルオという男だ。

リヴァイの立っている位置はとても見晴らしがよく、近づいてくる巨人がしっかりと見えた。リヴァイはある存在を見つめ、淡々と言う。

「分かると思うが……人がいる。あいつは俺が拘束する。エルドは待機だ。場合によっては俺の援護。巨人はお前ら三人で殺れ」
「あ、人が……?!」
「嘘、私気付かなかったわ」
「……本当だ」

気付いていなかったのか、とリヴァイは内心呆れていた。巨人に目が行くのは仕方がないが、いくらなんでも注意が散漫だ。

困惑を浮かべながらも、四人は短く了承の返事をする。巨人はまっすぐこちらに向かい、リヴァイは巨人とともにいる人間を完全に視認できていた。早歩きの三人の巨人の後ろを、駆け足でついている。若い女のようで、黒に白のラインが入った服を着ていた。腰にはベルトを巻いて、何か細長い物を下げている。

リヴァイは舌打ちをして、一歩前に出る。それを合図にするように、旧市街に入って来た巨人に、ペトラ、オルオ、グンタが向かった。リヴァイはワイヤーを射出して、女の所へ向かう。

女はリヴァイを見て口を開いたが、何も言わずに表情を固くした。リヴァイは風を切って、何か驚いているらしい女のほど近くに着地する。走るのを止めた女に、躊躇なく殴りかかった。女は冷静にリヴァイから距離を取ると、眉を寄せてリヴァイを見た。そこまでほんの数秒のことである。

「チッ」
「あの、ちょっと待……!」

避けられたことに苛立ったが、すぐに次の動きに移る。女は見かけによらずすばしっこく、リヴァイの攻撃を全て紙一重でかわしていた。初めは何か言おうとしていたが、舌をかみかねないと思ったのか、途中から静かになっていた。

リヴァイに集中していた女だが、急に視線を違う方へと向ける。そして目を見開くと、「蒸発?」と呟いているのが聞こえた。その隙をリヴァイが逃すはずはないのだが、唐突に女の存在を感じられなくなったのだ。そこにいるのに、いないような、奇妙な感覚だ。

リヴァイがそれに眉を寄せている隙に、女が建物の屋根に跳び乗った。

「なに……?!」

膝を深く曲げたかと思うと、跳びあがって消えたのだ。立体機動装置なしで、自らの脚力のみでやってのけた。リヴァイは一瞬見失うが、すぐに気を取り直してワイヤーを射出し、女を追う。ガスを噴射して加速しているというのに、女との距離はすぐに縮まらない。

……あいつ、人間か?

巨人と一緒にいる時点で、ただの人間だと思ってはいないが。

屋根を走る女が立ち止まったのは、一体の巨人の死体の前だった。他の二体も倒され、体中から蒸気を上げて蒸発している。女はそれを見下ろしており、後ろに立つリヴァイからその表情は見えなかった。

リヴァイは屋根についてすぐ、足に力を込めて女へ突っ込んだ。集中していないと見失いそうな女は、後方からのリヴァイの回し蹴りを、まるで見えていたかのように最小限の動きで避ける。リヴァイはまた舌打ちをした。

「無駄か」

そう呟いたのは女。薄くなった気配が濃くなり、違和感なくそこに存在するようになる。女はさらに攻撃を加えようとするリヴァイから、数メートルの距離を取った。

「観念しろ」
「……」

巨人を倒し終わった班員が、女を取り囲むように立っていた。両手には刀を握っており、女へ向ける目は厳しい。女は気付いていたのだろうか、冷静に横目でそれを確認すると、両手を上げて、引きつりながらも微笑んだ。

「あの、初めから逃げるつもりはありません。そこまでの殺気を向けて殴りかかられれば、普通に避けます」
「一発殴られて大人しくしてろ」
「だからそれはちょ……!」

反応の遅れた女の胸ぐらをつかみ、逃げられないようにしてから、腹に拳をめり込ませる。女は咄嗟に体をくの字にした上、組んだ両手で腹をガードしていた。ダメージを軽減できたらしいが、リヴァイの拳はそもそもが重い。女の足元はおぼつかないものになった。リヴァイは女の腕を後ろにひねって倒し、背中に乗るようにして動きを封じた。立体機動装置が邪魔だったが、問題ない。

「ぅぐ……」
「腕折られたくなければ、何者か正直に吐け」
「兵長、接触しては危険です!」
「……おい、エルヴィン」

グンタの言葉をスルーして、自らの上司である者の名を上げる。少し前に屋根に立ったエルヴィンは、リヴァイとーー正確には女とーー少しの距離を置いていた。殺気立つリヴァイ班はいつでも動けるようにと、女の一挙一動に集中している。

エルヴィンは倒されている女を見下ろし、厳しい声で口を開いた。リヴァイは体重を女にかけたままだった。

「君は、巨人の仲間か」

いきなり核心をつく問いに、リヴァイは女の横顔を見据える。女は痛みと重さで顔をしかめており、長めの髪が散らばっていた。体格を見る限り細く、リヴァイが握る腕もあまりに細い。折るのは容易だった。

「え、と……さっきまで、一緒にいました」
「素直でよろしい……人類の敵であるとして、君の身柄を我ら調査兵団が拘束する」
「え。待ってください話をーーぅあっ」

リヴァイから逃れようと動いた女の腕を、さらに強く捻る。折ってもリヴァイは困らないのだが、折らないようにするのは面倒だった。

「この期に及んで言い訳か、あ?」
「っ私は先ほどまで私室におり、気が付いたらその……巨人、と呼ばれるものの前にいました。ここがどこだかも分かっていません。もう少し話をさせてもらえませんか!」
「うっせぇ」
「ーーッ」

ポキン、と軽い感触がリヴァイに伝わった。弱弱しそうなこの女が自分の攻撃を避けていたのかと思うと、どこか恐ろしささえ感じた。左腕の上腕を折り、女が呻き声をもらす。叫ばないことには感心した。

歯を噛み締める女に、エルヴィンが冷たい言葉をかける。

「嘘なら、もっとマシなものを用意すべきだったな」
「嘘じゃない、から厄介なんです」
「……オルオ、縄持ってこい」

たまたま目に入ったオルオにリヴァイが指示を出すと、オルオは嬉々として拘束具を取りに向かう。それをペトラが冷めた目で見送っていたわけだが、リヴァイの注意は自分の下敷きになっている少女というべき女に向けられていた。

縄、とリヴァイが言った時、少女は歪めていた表情からさらに眉を反応させた。女のまとう不思議な空気に鋭さが増して、リヴァイは少女の右腕を一瞥した。左腕の上腕は折っているので、右腕をつかって脅そうとも思ったのだが、このすばしっこい女はリヴァイが体勢をかえた一瞬で抜け出すだろう。そう思い、リヴァイが標的にしたのは左腕の前腕だ。上腕骨にも響く、最悪の場所である。

エルヴィン、リヴァイ、謎の女を中心とした緊張感の中、オルオが縄を持って駆け寄ってくる。リヴァイが縛るように指示を出そうとした、ほんの一瞬だった。

「!」

リヴァイは珍しく、状況を即座に把握できなかった。耳に届いた小気味のいい音と、細すぎる腕が曲がるべきところでない場所で曲がる。だが、リヴァイは"折る"という動作をしていなかった。リヴァイが呆気にとられていると、少女はどこにそんな力があったのか、体をひねってリヴァイから抜け出し、次に見た時にはエルヴィンの斜め後ろを取っていた。ご丁寧にも、長い刃物をエルヴィンの首に突き付けて。

少女は左腕を犠牲にして行動したのだ、とエルヴィンを見てようやく理解した。人類最強が反応に遅れる程、少女の行動は早かったのだ。

「団ーーーー」
「動かないでください」

リヴァイは立ち上がり、服についた砂を払う。声をもらしたオルオは縄を握りしめたままで、ペトラやグンタやエルドが硬直してしまった。冷静なのはリヴァイと、人質にされているエルヴィン本人だ。女は煌めく刃物をぶらすことなく、エルヴィンの首にあてている。

女は痛みを意図的に無視しているのだろうか、だらりと下ろした左腕に意識をやっていないらしい。特に注意すべきと判断したのか、リヴァイとエルヴィンを交互に見た。

「あなた方に敵意はありませんが、このままでは私に不利なままだと判断しました。……恐らくですけど、私が『巨人と一緒にいた』と言ったのがまずかったんですよね?」

その場の全員が首を捻る。リヴァイとエルヴィンは疑問を感じながらも動作には出さなかったが、心境としては変わらない。巨人と共にいる、ということはつまり人類の敵である。それを理解せずに答えた、と感じられる言い方だったからだ。

早口での問いに答えたのはエルヴィンだった。

「当然だ」
「……では訂正します。私は気が付くと巨人の前にいました。巨人とは初対面です。どうやら危険が無いようなので一緒にいました。初めは一体だけでしたが増え、七体になりました。内四体が突然走り出し、残りの三体も動き出したので、私はこの場所の手掛かりを探すべく後を追い、結果、ここにたどり着きました。あの巨人たちは殺されたようですが、私にはその理由も分かりません」
「巨人が無害だと……?」
「?少なくとも、私には。……そういう訳で、私は巨人と"暮らしていた"のではなく、先ほど"遭遇した"だけです」

反論しようとする班員を、リヴァイが視線で制す。女は本気で巨人の恐ろしさを分かっていないらしい。

「私はここがどこなのか、情報が欲しいんです。ですが、あなた方が何か聞きたいことがあるのなら、私も極力答えます」
「この状態で、我々に敵意が無いと?」
「先に危害を加えたのはそちらです。そちらに敵意が無いのなら、私が貴方を人質に取る理由はありません」
「……分かった。リヴァイ、彼女に手を出すな」

それは中々難しい話だ、とリヴァイは思う。巨人の仲間と疑わしい者なのだ、足の骨も折っておきたいところだ。彼女の要求を呑むことの危険さをエルヴィンも当然理解しているだろう。それでも頷くのは、大きすぎるリスクを負ってでも女の情報を欲しているに他ならない。

「……オルオ、縄を置け。お前らもそれを仕舞うんだ」
「しかし兵長!危険すぎます!」
「いいから仕舞え」
「兵長ッ!」
「仕舞え」

三人が渋々ブレードを仕舞い、リヴァイは女を睨んだ。これで満足か、と視線で伝えると、女はあっさり刃物を下ろす。腰に下げた筒に器用に仕舞うと、エルヴィンを見上げて軽く頭を下げた。

「失礼なことをしました。ご理解、ありがとうございます」
「こちらこそ、手荒な真似をして済まなかった。腕は……?」
「二か所ほど折れています」

女は左腕を一瞥して、綺麗に苦笑した。明らかに年下だろうに、その笑い方はひどく落ち着いたもので、近くでそれを見たエルヴィンは毒気を少し抜かれてしまう。だがすぐに持ち直し、手当てをさせよう、と女に告げた。

エルヴィンはそこでようやく、その女が靴を履いていないことに気が付いた。


* * * * * * * * * * *


美夜は牢屋にいた。

調査兵団という者たちに保護ーーというか拘束ーーされ、目立つからと荷馬車に放り込まれ、三白眼の男からの殺気を浴びながら"壁内"と言う場所へ入った。荷馬車の荷物に埋もれていたので生憎外はうかがえなかったが、壁内に入った途端、野次が飛ばされていることは分かった。その野次の意味が分からないままガタゴトと揺られ、調査兵団の使用しているらしい建物の地下牢に入れられた。鎖でつなごうとした兵士を、金髪七三の男が止めてくれたあたり、初対面の時よりは配慮されているのだろう。牢屋、に変わりないのだが。

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