わんこ、やる気出す


 雄英高校ヒーロー科では、実習が多く組み込まれたカリキュラムになっている。広大な敷地や施設を持っており、個性を使った訓練が可能なのだ。
 訓練は二人一組になってどうのこうの、チームを組んでどうのこうの、という内容が多い。
 そしてハブられる私。
 嫌われている訳ではない(と思いたい)し、本気でハブられていると思ってもいないが、私だけろくに参加していないのは事実だった。
 理由は、学校側が私の身体的問題や、私の相手をする生徒を考慮しているからだ。あとは、私のことを単なる生徒ではなく監視対象として在籍させているからだろうか。全て推測なのだけど。
 別に構わない。全然気にしない。だって私戦闘員じゃないし。いいもんいいもん。

「気にしてはないんだけど、テンション上がるわー」

 災害救助訓練を行うため、A組はUSJ(ウソの災害や事故ルーム)までバスで移動中だ。今回から、私も全面的に参加することを認められている。私が脅威ではないとちょっとずつ分かってもらえたらしい。
 そわそわしても、隣に座っているショートはぐっすりである。前の座席ではカツキがわめいているが、ショートはぐっすりである。
 テンションが上がっているのに構ってくれる相手がいないというのは、少々不満である。行き場のないパッションをどうすればいいのだろうか。

「……むむ」

 私は結局どうすることもできないまま、USJに到着した。前の席のキョウカと話したかったのだが、音楽を聴いているようだったし、ウザがられると傷つくので自重したのである。
 
「ついたよショート」
「……ああ、起きる」
「おはよう」

 飼い主が起きたのを確認して、私も皆に続いてバスを降りる。
 私達を待っていたのは、宇宙服を着た小柄な教師。声を聞く限り……中性的でなんともいえないが、男性だろうか。"十三号"という由来の分からないヒーローネームらしい彼(?)は、"ブラックホール"という個性を持ち、災害救助で主に活躍するという。
 十三号先生は、個性通りなんでも吸い込んでしまうらしい。吸い込んでどうなるのか、先生の体内に蓄積されるのかどうか、気になるところだ。
 ……ブラックホールなのだから、どこに行くでもなく消滅するということなのかな。
 十三号先生と共に参加予定だったオールマイトは不在で、代わりに相澤先生が授業を担当するようだ。

「あれ、ポチさん、それってヒーロースーツ?」

 マシラオ・オジロが「初めて見た」と物珍しそうに見てくる。私は前述の理由で、実習にはいつも体操服参加だったのだ。
 私のヒーロースーツは、ライダースーツをベースにしたシンプルなものだ。自分が前衛など"こう"なるまで考えもしなかったので、スーツ繋がりの安直な発想である。
 加えて、チョーカー型のバイタル測定機と連動した体温調節補助装置を背負っているので、ショートの装備に酷似している。双子コーデ、なんつって。
 
「動きやすい丈夫な服ってだけだよ」
「デザインは……普通だね」
「響香ちゃんと並ぶと、ほんとに私服みたいだよね!」
「あ、葉隠さんいたんだ」
「いたよー!」

 オジロの隣で、靴と手袋がぴょこぴょこ動く。トオルの個性を有効に使うためとはいえ、全裸なのは倫理的にどうなのか。見えないからセーフなのだろうか。ペンキとかかぶったらアウトだ。
 USJ内に入ると、エントランスっぽい広場の他、森や炎や水辺が確認できた。広大な敷地をもつUSJは、"暴風・大雨ゾーン""水難ゾーン"等々、六つのアトラクションならぬ救難ゾーンが設けられている。あらゆる災害を体験することが出来るが、気を付けないとリアルに天国行きである。
 
「うわあ、いくらかかったんだろ……」
「維持費もヤバそうだよねー」
「ネー」

 全員がUSJ内に入り、いざ授業内容の説明を始めようという時、異変が起こった。
 広場の空間が、黒くゆがんだのだ。煙が上がっているのではなく、黒いカーテンがはためいているのでもなく、空間を切り裂くように闇色が広がったのである。
 そこに壁でもあるかのように広がった闇からは、続々と見知らぬ人間が出てくる。大がかりなマジックか、授業のためのエキストラかと思いきや、相澤先生いわく敵(ヴィラン)らしい。
 なんだかよく分からないか、A組の実習はヴィランによる襲撃を受けているのだった。



 黒い霧のような者は空間移動の個性を持ち、生徒はあっという間に分散させられた。

「そしてここはどこだろう」
「火災ゾーンだと思うけど……なんでそんなに呑気なんだよ!」

 私は、オジロと二人で燃え盛る街の中にいた。ビルや電柱まで全てセットされているのは圧巻である。映画の撮影でも使えそうだ。
 黒い霧に飲み込まれたときはどこに落とされてもいいようにと全身の守りに徹したが、彼は親切にもUSJ内に落としてくれたのだ。移動させる人数が多かったからか、連続での行使で制限がかかるのか、移動距離としては大したものではない。
 ただ、移動系個性はとても気になる。帰りたい場所がある私にとって、とっても気になる存在だ。

「何人かはそのまま残ってるみたいだから、早く合流してしまおう」
「分かるの?」
「分かっちゃうんだなあ」

 "円"は得意なのだ。不審な顔をするオジロには笑顔を向けておき、包囲しているヴィランの数を確かめる。
 今は私の氷壁の中に二人とも収まっているという状況だ。周囲がキャンプファイヤーだろうがいくら攻撃を加えられようが砕けないが、私たちも身動きが取れない。

「数が多い……作戦を立てよう。ポチさんの個性って、製氷と炎上……だったっけ」
「大体そんな感じ。氷で叩きつぶすなら簡単だけど、人は殺したくないんだよねえ……」
「当たり前だろ、ヒーローなんだから」

 極悪犯罪集団に面倒見てもらってた私がヒーロー、ハハッウケる。私たちを中心にしてかごめかごめしているヴィランたちにこっそり親近感を抱いた。
 ちょっとだけおセンチな気分になっていた私の耳元で、オジロが声を潜める。

「二人でこの人数を倒すのは無謀だ。身を隠して逃げつつ、可能であれば、奇襲しよう。敵の数を減らしておきたいんだ」
「いいと思うよ。このままここで籠城も出来るけど……」

 あの黒い霧のヤツと接触したいから、動きたいし。とは言わなかった。「体温が上がってくるんだよね」ともっともらしい理由と共にブレスレットを示す。嘘ではない。

「一瞬でも奴らの注意をそらしたいんだ。後は、俺がポチさんを抱えてここから離れるよ」
「私の炎で目くらましくらいにはなるよ。すぐにコレ(氷壁)解除するから、さっさと隠れてしまおう」
「わかった、頼む」

 緊張しながらも冷静さを失わないオジロの言葉に、キリッとした顔で頷いておく。
 オジロはすぐに私の体にしっぽを巻き付けた。締め付けられている感触はないが――当たり前なのだが――ぎっちり巻かれているように見える。安心の極太命綱だ。

「炎と同時に氷壁を解除するから、上から離脱して。高温だから火傷しないように」
「オッケー」

 さん、にー、いち。
 ゼロのタイミングで、氷壁の周囲のオーラを炎上させる。炎上ゾーンらしく炎上している赤い炎とは異なり、真っ青の完全燃焼色である。とびっきり気合を入れたのだ。
 氷も炎も、本来ならばその性質を十分に理解しないと変化させられないが、温度感覚のない私は、温度感覚がないからこそデタラメな変化が可能であるらしい。
 氷壁も解除し、私の視界は一気に上昇する。そのままオジロは身軽に移動し、やや離れた場所のビル内に入った。

「ポチさん、大丈夫?」
「平気、ありがとう」
「ヴィランは……」
「気づいてないみたいね。手分けして探してる」
「分散してるなら好都合だ。こっちも反撃しよう」
「うん、反撃……」

 早く片付けて元の場所に戻り、黒い霧について話を聞きたいのが本音だ。
 いっそ犯罪者の仲間らしくオジロを放って単独行動するか。いや、今後の学校生活に支障が出たらパパ上に怒られる。オジロと一緒に逃げる?いんやあ、この正義感強いマンはヴィランを放って逃亡は出来ないだろう。現役ヒーローの先生方が救援に来る(はず)とはいえ、ヴィランの数が少ないに越したことはないのだから。
 この炎上ゾーンにいるヴィランは十人。

「……オジロ。敵の場所は私が分かる。指示するから、頭を殴るなり首絞めるなりして気絶させて」
「お、おう」
「氷で逃げ道も塞いじゃおうか……」
「塞ぐ?そんなこと……居場所がバレるんじゃ」
「私の製氷は、ショートの氷結とは違うぞ。任意の範囲での"製氷"が可能なんであって、ショートみたいに、接触した場所から"凍らせる"んじゃないよ」
「へえ……双子で似た個性でも、微妙に変わってくるんだな」
「ハハ、まあ、うん。そういうことなので、迅速に、さっさと、的確に、一秒でも早く終わらせよう!」
「ああ!頼もしいよ、ポチさん」

 ……ところで、愛称にさんを付けるのはどうなんだろうか。
 


 ちゃちゃっと炎上ゾーンのヴィランを気絶させ、今度は私がオジロを抱えて跳躍した。素早さや移動の正確さは彼の方が勝るとしても、単純な速さや跳躍力では念能力者の私に軍配が上がる。
 戦闘終了と同時に抱え上げられたオジロの悲鳴を聞きながら、私はUSJの入口の前に降り立った。
 入口前には、瀕死の十三号先生と、数名のクラスメイトが固まっていた。

「ポチちゃんと尾白くん!?今降ってこんかった!?」

 あわあわとオチャコが駆け寄ってくるので、放心気味のオジロを預ける。
 私はクラスメイトの無事をさっと確認して、状況を問いかけた。

「今どんな感じなの?」
「飯田くんが助けを呼びに行ってくれたから、すぐ先生たちが来てくれると思うんやけど……相澤先生が……!」

 大勢いたヴィランをたった一人で倒したという相澤先生は、広場で血まみれになっている。クラスメイトいわく、頭蓋骨スケルトンのヴィランがとんでもない怪力で、相澤先生では歯が立たないらしい。
 傍には、人間の手を複数張り付けた奇抜なファッションの男と、例の黒い霧がいる。
 私はじっと彼らを見つめる。オールマイトと戦うことが目的だと言っていたし、ここに彼が駆けつけるまでは撤退しないつもりなのだろうか。

「……ねえオチャコ、ショートは?」
「轟くんも、ワープさせられて……」
「そっか。まあ炎上ゾーンにいたヴィランの感じからして、ショートなら大丈夫か……」
「って、ポチちゃん!ブレスレット点滅しとる……!」
「体温上昇。けど、今は冷やしてる場合じゃないんだよね」
「え?――まさか、ポチちゃん、駄目だよ!」

 オーラを足に集める。狙いは、相澤先生をタコ殴りにしている頭蓋骨スケルトン野郎である。



 不意打ちで頭蓋骨スケルトン野郎を殴ると、景気よく吹き飛んでくれた。そのまま精孔が開いてオーラ垂れ流して死んでくれると一番シンプルでいいのだが、そうならないことは、炎上ゾーンでの戦闘でこっそり確認済である。
 彼らの能力は念ではないが、似通ったものだ。念能力者のように細かな応用は出来ないらしいが、生まれながらに"発"を習得しているという非常に羨ましい性質らしいのである。
 羨ましい反面、嬉しくもあった。なぜなら、私(念能力者)が念を使って攻撃しても、精孔が開くことはないのだ。クラスメイトや軽犯罪犯をうっかり殺してしまうようなことにはならない。

「へえ、脳無を吹っ飛ばすなんて、やるねえ」
「感心している場合ですか」

 手首まみれの男を、黒い霧がたしなめる。
 私は黒い霧の男をちらりとみてから、手首まみれのファッションセンス皆無ヴィランに突っこんだ。

「やめろ、轟妹!」
「駄目だ、ポチさん!」

 足元の相澤先生と、どこかに隠れているらしいイズクから制止の声がかかるが、聞く気はない。
 私の目的は黒い霧の男だが、突っ込んだところでぽいっとされればお仕舞いである。ならば、人質をとるなり仲間を叩きのめすなりして対話に持ち込むしかない。
 戦闘センスや実戦経験がない私に出来ることはすくなく、とりあえず全力で腹でも殴りつけようとしたのだが、手首男が"腕を伸ばしてきた"。

「生徒を守れなかったヒーローって、最高じゃない?」

 こぶしを作っていた方の手首を握られた。構わずそのまま振りぬこうとするも、何か嫌な予感がして血色の悪い手を振り払った。バックステップで距離を取ると八割の確率で転倒するので、高く跳躍してやや離れた場所に着地する。
 手首を確認すると、皮膚がパラパラとはがれる。所々、皮下脂肪を突破して筋繊維が見えていた。

「すごい個性だな……壊死とか?残念ながら痛くないんだけど」

 問題ナシと判断したのも束の間、今度はあちらからやってきた。
 頭蓋骨スケルトン野郎の拳が、目の前で氷壁に阻まれる。破壊には至らないものの、ピシピシと音がする。この薄い氷壁は、強化系能力者が全力で殴ってやっとヒビが入るという強度を誇る。この頭蓋骨スケルトン野郎は、およそ強化系能力者並の力があるのだろう。
 ううん、ちょっとまずいな。油断できないな。

「遠慮している場合では、なさそうなので!」

 まるで捨て駒のような扱いを受けている頭蓋骨スケルトンを人質にとっても、効果はなさそうだ。
 青い炎を浴びせ、怯んだ隙に手首男へまた特攻する。男は呆れたような声を出しつつも俊敏な動きで対応してきた。先ほどとは反対の腕と、頭を掴まれる。

「馬鹿な生徒がいたもんだなあ」
「どうだかね!」

 私は掴まれたまま、足に力を込めた。コンクリートをえぐって、手首男を押し倒す。視界が少し赤いので、顔面の表皮が崩れたのかもしれないが気にしない。
 頭を庇えなかった手首男は、後頭部を打ち付けた衝撃で咄嗟に手を緩める。私は馬乗りになって男の手首をつかみ、そのまま力を込めた。
 男の手は私から離れていない。

「ってえなあ……!」
「私、加減って出来ないんだ。だからこのまま、あなたの手を引きちぎっても許してくれる?」

 手首男ごと、私を氷壁で覆ってしまう。頭蓋骨スケルトンはすぐにはこれを破れないし、黒い霧も、男と密着していれば、私だけを移動させることもできない。

「あなたの個性で私が死ぬより、私があなたの手首を千切る方が早い」
「?……何が目的だ、お前」
「そこのモヤモヤさんとお話ししたい」

 私は手首男と見つめ合ったままだが、"円"でそれぞれの動きは分かる。黒い霧の男が反応を示したのも分かった。

「私の壁を殴り続けてる大男が私のクラスメイトを襲っても、あなたがおかしなことをしても、この男の手首を引きちぎるわ。焼き殺すころもできる。それを踏まえて、私の質問に答えてほしい」

 男の顔にボタボタ落ちているのは、私の血だろう。まだ私の手がくっついているので個性は止めてくれているっぽいが、頭部は毛細血管が多いせいで出血がひどい。視界がくらんでいるのは、血が目に入ったからではないだろう。体温上昇のせいもあるかもしれない。

「……答えられることならば」 
「空間移動の能力について教えてほしい。USJ内に私達を移動させられたんだから、見える場所から見える場所へっていう狭い範囲ではないはずだ。地球の裏側、あるいは別世界のような、遠い場所へのワープは可能?」
「突飛なたとえですね。……試したことがありません、とだけ」
「目的地の主導権は、絶対にあなた?」
「?それはそうでしょう」
「そうか……」

 やってみる価値はありそうだが、現段階では何とも言えない。
 私は防御の準備をし、男の手を離すと同時に氷壁を解除した。頭蓋骨スケルトンに殴られる勢いのまま、その場を離脱する。きっちりオーラで固めていたので大丈夫だと思いたいが、肋骨くらいは折れたかもしれない。
 上手く着地しようと体をひねっていると、池の中で真っ青な顔をしたイズクとツユちゃんとミノルを見かけた。
 ……池だ。まずい。
 泳ぐことは難しいので落下地点に大きな氷をつくり、その上に着地する。ざぱん、と池の水があふれた。イズクたちが流されていないといいのだが。
 目に流れてくる血だけでもとぬぐっていると、パン、と自動発動の氷壁が展開する。頭蓋骨スケルトン野郎が拳サイズの石を投擲してきたらしい。
 彼らは瀕死の相澤先生より、私を危険視したようだ。

「私、戦闘員じゃないんだけどなあ……でも」

 私がどこまで太刀打ちできるか分からないが。彼らなら、間違って殺してしまっても怒られないだろう。
 手始めに、高温の炎の檻と、氷の雪崩をプレゼントである。

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