わんこ、やる気出す2


 焦凍が土砂ゾーンからゲート前に到着した時に見たのは、筋肉隆々の大男の攻撃を、薄いドーム状の壁で防いでいる居候の姿だった。時折、意図的に壁を解除しては彼女のほうから殴りかかり、見たこともない怪力でヴィランに応戦している。ワープゲートを利用した変則的な攻撃は、薄い壁で的確に防いでいた。
 彼女は顔と両腕が血まみれで、本人が感じていないだけで重傷なのは明らかだ。すぐにオールマイトが駆けつけたが、ヴィランにしっかり目を付けられてしまったので離脱は叶わず、プロヒーロー(先生)がかけつけるまで戦闘に巻き込まれていた。
 ヴィラン制圧後、焦凍らはUSJを出て警官に集められた。怪我人は搬送されており、「十三号先生は」「相澤先生は」「オールマイトは」「デクくんは」という問いかけに丁寧に答えてくれた。十三号と相澤は病院、オールマイトと緑谷が保健室、と説明されたのち、焦凍も警官に問いかけた。

「ポチ……いや、氷火は?轟氷火はどうですか」
「ああ、彼女は病院で検査を受けているよ」
「リカバリーガールの治療じゃ間に合わないほど……?」
「うーん、少し答えにくいね。彼女、無痛症らしいじゃないか。痛みを訴えないから、自己申告を信用できなくてね。病院で検査することになったんだ」
「そう、ですか」

 事情聴取は後日、今日はこのまま帰っていいということで、バスで学校へもどることになった。
 焦凍は急いで着替え、姉に連絡を取る。冬美もポチの負傷は聞いており、病院へ向かう所らしい。焦凍は姉に病室を聞き、制服のまま病院に向かった。
 急いで病室に駆けつけたが、ベッドの上の居候は呑気なものだった。
 半泣きの冬美に困っているのか、焦凍を見つけると視線で助けを求めてくる。
 
「……怪我は」

 歩み寄りながら問うと、ポチは包帯だらけの顔で笑い、包帯だらけの腕をひらりと振った。

「顔と腕は皮膚がアレな感じで、あとは肋骨の骨折くらいだよ。こんな見た目だから、フユミをびっくりさせちゃったけど」
「血まみれだったのに、よくそれで済んだな」
「衝撃には丈夫なの」

 そうか、と頷く。オールマイト並の怪力相手に立ちまわったのだから、確かに丈夫なのだろう。
 焦凍は、ろくにポチの個性を見たことがない。実習の授業でも個性を使わず――人並外れた運動神経は個性ではないはずだ――見学するときさえあったのだ。家で獣化を満喫することはあったが、それもアニマルセラピーとしてだ。
 製氷と炎上。
 話には聞いていたが、かなりの広範囲で、自由自在に発動していた。何より、脳無の動きについていく運動神経、丈夫な防御、一人で三人を相手にする度胸と実力。そして自信。
 プロヒーロー(エンデヴァー)と睨み合っただけはある、というべきか。
 焦凍は、ベッドに軽く腰掛けた。「皆心配してた」と言うと「てへ」と大変ふざけた返答をされた。

「外傷だって軽くないわよ、輸血もしたって聞いたし……体温上昇がひどかったせいで危なかったって、お医者さんが言ってたもの。ブレスレットのアラーム、気づいてたんでしょう?」
「頭蓋骨スケルトンが強くて」
「まだ高校生なんだから無茶しないでよ……」
「はあい、善処します。ところで、喉乾いた」
「……はあ。売店で買ってくるわ。焦凍もいる?」
「いい」

 財布を片手に、冬美が病室を出る。焦凍はベッドに座ったまま、全く堪えた様子のないポチを見据えた。
 皆、初めて対峙した悪意に、大なり小なり衝撃を受けている。各ゾーンに配置されていた雑魚(ヴィラン)はともかく、死柄木、黒霧、脳無の三人は強敵だった。あのオールマイトも一時は劣勢に立たされ、焦凍を含めた強力な個性を持つ生徒がほとんど手出しできなかったのだ。
 だというのに、たった一人で飛び込んだポチはこれである。温度や痛みを感じずとも、恐怖や緊張は持っているはずなのに。
 
「……お前は、あんな風に戦うんだな」
「でも戦闘員じゃないよ、私は。特に肉弾戦は無理」
「してただろ」
「今回は仕方なくってだけで、普通はやらないよ。氷壁にこもって助けを待つのが基本スタイルだから。私がヒーローを目指してるわけじゃないの知ってるでしょ」
「……そう、だったな」

 ポチが雄英に入学したのは、養い主である焦凍の父がそう言ったからだ。とはいえ、ポチも素直に従っていたので、彼女自身もヒーローを目指していると思い込んでいた。
 なんとも納得しがたい、複雑な気分だった。
 ポチはUSJで、強敵三人と戦っていた。相澤は血まみれで、十三号も戦える状態ではなかった。ポチが彼らの気を引かなければ、生徒に被害が出ていただろう。誰かが死んでいてもおかしくない。ポチはまるでヒーローのように、クラスメイトを守ったのだ。
 少なくとも焦凍は、ヒーローのようだと思った。

「お前は、ヒーローじゃないんだな」

 しみじみと呟いた声に覇気がなかったせいか、ポチが目を瞬いた。不思議そうな顔をして首を傾げる。
 相変わらず、ポチはすぐ表情に出る。

「ヒーローになるのは、ショートの方でしょ」
「……ああ。当然だ」
「だから、私みたいなか弱い一般市民を助けに来てね」

 『か弱い』に、今度は焦凍が首を傾げた。




 18禁ヒーロー"ミッドナイト"こと香山睡は、轟氷火の病室を訪ねた。A組担任の相澤が負傷したため、その代わりである。

「こんにちは、轟さん」
「こんにちは、先生」

 香山はベッドの傍の椅子に座った。
 特殊な体質の都合もあって、氷火は一人部屋に入院している。ラジオや曲も流さず、一人きりの部屋はずいぶんと静かだ。空調の音が妙に大きく聞こえた。
 氷火は、顔と腕の包帯がまだ外れておらず、痛々しい。本人はケロっとしてるが、同じ攻撃を受けた相澤のことを思うと、彼女も相当の痛みを抱えているはずなのだ。
 香山は雄英の教師として、氷火の事情を聞いている。年齢名前出身国籍不詳。何がどうなったのかエンデヴァーに保護された、限りなくヴィランに近く、強力な個性を持った正体不明の少女である。
 
「具合はどう?」
「私はいつでもすこぶる元気だよ。無痛症もどきだから微塵も痛くない」

 "無痛症もどき"。氷火は自分の障害をそう表現するが、いわゆる無痛症と相違ない。どのあたりが"もどき"なのかを問いかけても、はぐらかされるだけだ。
 無痛症にはいくつか分類があるが、香山はその詳細までは把握していない。知っているのは、痛覚の喪失に加えて触覚や温度感覚も無く、発汗の低下、精神発達遅延も示すということ。
 痛みを感じないことは強みに思われがちだが、触覚がないということはとてつもないハンデだ。
 
「先生には敬語を使いなさい」
「日本語難しくてさあ」
「下手な言い訳ね」

 柔らかい表情だが、香山の一言で不満気になる。思っていることがすぐ顔に出てしまうのも、触覚がなく、表情をつくろえないからだろう。

「まあ……さっそく本題に入るわね」
「どうぞ」
「あの時の状況については、生徒たちにも聞いてるわ。あなたも、警察にきっちり話してくれてたわね。食い違いもないし、私たちもちゃんと把握している」
「うんうん」
「けれど、一つだけ省いていることがあるわね?」
「例えば?」
「ヴィランと何を話したのか」

 近くで見ていた緑谷たちや、意識が戻った相澤が、ヴィランと何かを話している氷火を見たという。会話の内容は分からなかったが、問い詰めているようでも、襲撃に関して怒っているようでもなく、冷静に見えたと。
 重ねて言うが、氷火は限りなくヴィランに近いと言われている。ヴィラン連合を名乗る彼らとの会話は見過ごせないのだ。
 香山は注意深く氷火をうかがうが、当の氷火はあっけからんとしていた。

「空間移動の個性について聞いてただけだよ」
「……黒霧と呼ばれていたヴィランの?」
「そうそう。ワープ系って珍しくない?」
「そうね……滅多にいるものじゃないわ」
「でしょ?だから、移動の制限とかあるのか気になって。戦闘中の雑談だから、特に報告しなかったけど」
「……ちょっと待って。あなた、それを聞くためだけに、あんな危険を冒したの?」
「そうだけど」

 香山は言葉を失った。痛覚だけではなく、恐怖まで失っているのではと思う。いくら己の実力に自信があり、死なないだけの勝算があったとしても、無傷で離脱することが不可能であると分かるはずだ。実力があるからこそ、己の力量も把握しているはずなのだ。
 大怪我をすることを承知で、ためらいもなく強敵に挑めるものなのだろうか。ヒーローとして瀕死の教師や未熟なクラスメイトを守るためではなく、ただ純粋な興味の為に。
 香山の困惑を察したのか、氷火がパタパタと手を動かした。

「ん、待って待って。ちょっと弁解させて。殺されない自信はあったんだよ。私、自殺志願者じゃないもん」

 普通の生徒が相手なら"自惚れるな"と叱らねばならないが、氷火が言うとそうもいかない。製氷、炎上、獣化という極めて稀な個性三つ持ちに加え、筋力増強型個性と思われる動きと、千里眼のような広範囲の把握力。正確なコントロールに迅速な判断力。彼女は入試の実技試験の時から傑出していた。
 ――"G会場の悪魔"。氷火は、教師の間でそう呼ばれている。実技試験会場の一つであるG会場にて、仮想ヴィランのおよそ七割が氷火の得点となったのだ。圧倒的な実力は、雄英高校のビッグスリーといい勝負だろう。
 
「……それにしても」
「慣れない接近戦とか色んなリスクはあったけど、それでも情報が欲しかったんだ。肉弾戦なんて、頼まれてもやりたくない」

 オールマイトが駆けつけるまで持ちこたえておきながら『慣れない接近戦』と言う。どこがだ、と突っ込んでやりたいが、今問うべきはそこではない。

「ワープ能力の情報を欲する理由は?行きたい場所でもあるの?」
「うん」
「……それだけ大怪我をしても?」
「こんなの、大怪我なんて呼ばないでしょ。……あー、待って、忘れて。またフユミに怒られる」

 しれっと問題発言をした後、氷火は顔に"しまった"と書いた。
 身元不詳でヴィラン疑惑がぬぐえない彼女だが、嘘が付けないのは明白だ。黙っていることはあれど嘘はないのだろうと思える。
 香山は足を組み替えながら、少しだけ笑った。



(基本、容赦なくファーストネームを呼ぶスタイルですが、マシラオは言いにくいのでオジロ呼び。「マシル」とか「マシュ―」とか色々試したけど「俺、外国人って見た目じゃないし違和感半端ないから」と言われてファミリーネームに)
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