問題児後輩と頼れる先輩2


*通形は語る

 通形ミリオの個性は"透過"だ。なんでもかんでもすり抜けられる。壁も、服も、地面も、空気や光さえ透過する。ただし質量の重なり合いはこの世の理が許さないらしく、透過中に個性を解除すると通形は弾き出されることになる。A組生徒たちが瞬間移動と捉えたのは、地面に"落ちた"通形が個性を解除したため、地面から地上に弾き出されたのだ。
 通形は、自分の個性の種明かしをしたあと、轟氷火という名の女子生徒に問いかけた。

「轟さん。きみは、僕の個性を知っていたのかな」
「知らないよ。あとポチでいいよ」
「ポチさん。あんなに綺麗に一撃をいれられたのは初めてだったんだけど……初見で攻略されるとはね」
「攻略というか、半分博打」

 氷火はA組生徒たちに褒められて、頭が鳥の巣のようになっていた。

「攻略法を聞いてもいいかな。俺の今後のために!」
「あー……最初、地面からミリオセンパイの気配がしてさ。地面を通って、後ろに回り込んでるのが分かった」
「初見で?!」

 氷火を凝視した後、思わず担任のイレイザーヘッドを見た。ダウナーな教師は、腕を組んだまま首を横に振っていた。"そいつのことは俺にもわからん"という文字が見えた気がした。
 気配を感じるのは分かる。経験を積めば察せられる。ただ、地面から人の気配を感じられるものだろうか。感じたとして、信じられるのか。
 ……感じて、信じたんだろうなあ。だから避けることも容易だった。
 ミリオが呆気に取られている間も氷火は続ける。

「透過の特性は分からなかったけど、地面を通ったのが分かったから、ワープじゃないのは確定。通り抜ける系なんだろうなって予測は立つ。みんなに攻撃したり、攻撃されたりっていう様子を見ていると、部分的な透過も可能でしょ。だったら、実体化しなければならない状況をつくるか、不意打ちを狙うしか無いかなって」
「それで、俺が出てくるところを予想して?」
「うん。博打だって言ったのは、地面にいる間に外の様子が把握できるか分からなかったことと、大体の場所が分かっても顔の出てくる位置を特定するのは難しかったから」
「殴りかかったところで、俺が透過しないとも限らない。そのへんも博打か……」
「そうそう。地中から地上の様子が分かるか分からないか次第。賭けばっかりだったけど、今、個性の説明を聞いて、"はじき出されるためには個性解除が必須"って分かった。だから、不意を付けば個性解除の瞬間に接触できるんだね」
「そういうことになるね。いやあ、まさか弾き出される勢いで頭をぶつけるとは思わなかった。見事だよ、一年生!」

 ぱちぱち。通形は心から感心して手を叩く。弾き出される場所を予測し、対応されたのは初めてだ。
 通形につられて、生徒たちも拍手をする。当の氷火は軽い調子で礼を言いつつ、通形へも称賛を送ってくれた。

「ミリオセンパイも、とても能力を使いこなしていてすごかった。素敵な個性だね」
「ありがとう! ……ん、そういえば、ポチさんの個性は?」
「氷を作ったり燃やしたり出来るよ」

 通形は氷火の言葉を復唱し、反芻し、笑顔で頭を抱えた。

「つまりきみは、個性を使わずして俺に勝ったんだな!」

 雄英ビッグスリーと呼ばれているにも関わらず、個性を使用していない後輩に一本取られるとは思わなかった。自分は少なからず後輩を侮っていたらしい。
 学ぶことが多い。まだまだ世界は広い。



*担任の懸念

 生徒たちが体育館から興奮気味に出ていく。身近な先輩の個性運用能力の高さと、個性使用なしで一矢を報いた同級生の様子に、衝撃を受けたらしい。
 氷火の対応は相澤も予想外だったので、生徒たちの気持ちも分かる。当の氷火もいつもの戦闘訓練のように"余裕っすわ"という空気がないので、苦労はしたのだろう。
 元気な生徒たちの後ろをのんびり歩く。通形、天喰、波動の三人にA組生徒たちが積極的に声をかけている。天喰は通形を盾にしていた。
 インターンの活動内容であったり、三年の授業についてであったり、今日は見られなかった天喰と波動の個性のついてであったり。貴重な機会だ、情報収集に勤しんでいるらしい。良いことである。もう少し、学年を超えた交流があってもいいかもしれないと思う。
 微笑ましく思いながら教師らしく頭を働かせる相澤だったが、

「食べたのが人間だったらどうなるの?」

 頭から氷水をかぶったような心地になった。相澤だけではない。その場の全員が足を止め、凍りついていた。
 言うまでもない、轟氷火の問題発言。またお前か。
 氷火もさすがにまずいと気づいたのか、口元が引きつっていた。
 相澤は生徒たちの会話をきちんと聞いていたわけではなかったが、天喰の個性についての発言だとは察せた。天喰は、食べたものの特性を使える。タコなら巨大なタコ足が伸ばせるし、蟹なら腕をハサミにできる。汎用性の高い個性だ。
 凍りついた場でまっ先に突っ込みをいれたのは、轟兄のほうだった。さすが兄というべきか、若干空気を読まない性質がいい方に作用したらしい。
 しかし、淡々と突っ込まれたせいか、氷火の問題発言が加速した。

「人間は食わねぇだろ、何言ってんだ」
「そう……だけど。個性を使えるようになる可能性あるんじゃないのかなって。血を飲むだけで発動できたら強いじゃん。リカバリーガールとか相澤先生とか、ストックできたら百人力だよ」
「先輩、そんなことできるんですか」
「試したことあるわけないだろ……お前とんでもない発想するな……」

 氷火が首をひねる。
 相澤はため息をついて、仮免試験ぶりに心操の発言を思い出した。氷火は心操に、個性の活用方法をアドバイスしたらしい。今あるものをどうやって活用するか、どうすべきか、そういうところに思考が及ぶのだろう。良いことだ。とても良いことには違いないが、倫理や道徳が欠けがちである。
 氷の溶けた生徒たちが動きだす。
 歩く速度を落とした天喰が、相澤に合流した。

「俺は人の血を飲むべきですか……」
「……一考の余地はあるだろうが。今ある手段でここまできているんだ、無理にする必要はないだろう。頭の片隅に置いておくくらいでいいんじゃないか」
「置いておきたくもないですが……」
「だろうな」

 天喰の猫背に拍車がかかる。

「群を抜いて不思議な女子生徒ですね。ポチ、さん」
「あそこまでの変わり者は俺も知らんな」
「おまけに優秀です。ミリオから一本とるなんて」
「ああ、まあ、優秀だな。このまま真っ直ぐ育ってほしいよ」

 育ってほしいというか、氷火の場合、曲がって育ったものの上に無理矢理ヒーローの皮を被せたような状態なのだが。
 天喰に「この学校なら大丈夫でしょう」と言われ、曖昧な返事しか出来なかった。

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