問題児後輩と頼れる先輩


*波動は驚く

 世間からの注目度も高い一年生たちは、一年でありながら仮免試験を受験し、ほぼ全員が合格したという。仮免を取得すれば、ヒーロー事務所でインターン活動をすることができる。一年生を実際に迎え入れてくれる事務所があるかは別として、参加資格はあるという状況だ。
 そこで、実際にインターンに参加している雄英三年・波動ねじれに、一年生への講演が依頼された。波動ねじれの他、通形(とおがた)ミリオと天喰環(あまじき たまき)にも依頼があり、三人で一年A組とB組を訪問することとなった。
 人選は分かりやすい。波動は、自分を含めたこの三人が<雄英ビッグスリー>と呼ばれていることを知っている。高校生でありながらプロヒーローに匹敵すると評価され、認められているのである。
 まずはA組。ヒーロー科に部活動はないため、学年が違えば接点はほぼない。波動は、食堂で見かけたことがあるようなないような後輩たちに疑問を一方的に投げつけた。特に異形型の個性は興味をそそられる。
 波動は、教室で和気藹々とインターンの紹介をするつもりだった。天喰も、A組担任のイレイザーヘッドもそうだろう。
 舵を切ったのは通形だった。



 場所を移して体育館。全員が体操服に着替えて集まった。
 通形がA組生徒に対して、多対一の手合わせを提案したのである。A組生徒は乗り気で、イレイザーヘッドも反対しなかった。波動や天喰も特に異を唱える理由は無い。
 対峙するのはA組生徒たちと通形。波動、天喰、イレイザーヘッド、あと紅白頭の男子生徒は壁に避けていた。
 A組生徒に物怖じした様子は無かったが、<ビッグスリー>相手で緊張しているのが分かった。
 波動は笑顔で後輩たちを見る。どんな個性だろう、どうやって戦うのだろう。通形を攻略するのは難しい。個性を知っていようといまいと、難しい。通形の個性はそういうものだ。通形の行動も気になる。相手に怪我をさせないよう戦うのは難しい。

「にじゅういち……いや、十九か。十九対三か」

 A組生徒の中から、不意に女子生徒の声が聞こえた。「いや、十九対一だから」そんな突っ込みも聞こえる。
 波動はきょとんとした後、女子生徒の発言の意味を理解して笑った。

「わたしたちまとめて、相手をするつもりだったの? 怖いものなしというか、すごい、うん、でもそういうの良いと思う! 素敵!」

 軽く拍手をしながら身を乗り出す。つい一歩踏み出すと、通形から制止された。

「ちょ、波動さん! 今は俺に任せてほしいんだよね」
「はあい、分かってるよ。みんなの心を折っちゃわないようにね!」
「もちろんさ! ……さて」

 一斉に通形を攻めるのか、一人ずつか。A組生徒はどういう戦い方を選ぶのだろう。
 真っ先に飛び出したのは、ふわふわの黒髪をした男子生徒だった。通形の頭を狙って足を振り抜き、"何にも当たらず"体勢を崩す。
 波動は見慣れた通形の戦闘スタイルに笑みを深めた。通形の個性は<透過>だ。通形は蹴りかかられた瞬間に地面に"落ち"、きっとA組生徒たち後方に"はじき出される"。遠距離攻撃個性持ちから叩くというのは定石だ。
 きっと後ろから現れる――波動は、困惑する黒髪男子生徒から集団の後ろへを視線を向けた。
 波動と同時に、集団の中で勢いよく後ろを振り返った女子生徒がいた。
 波動の視線が女子生徒に引っかかって止まる。おそらく、先ほど「十九対三」と発言した女子生徒だ。
 なぜ振り向いた? 通形の個性を初めて見たなら、他の生徒のように困惑してあたりを見回すのが通常の反応だ。後ろから攻められると予想するには、判断材料が少ない。通形の個性を知っていた? ビッグスリーとして教師陣の間では有名だ、否定は出来ない。しかし、知っていたとしても後方から攻めるスタイルまで把握しているものだろうか? 通形の戦い方を見たことは無いだろうに。
 コンマ数秒で波動の頭を疑問が駆け巡る。
 果たして、通形は確かにA組集団後方に現れた。


*天喰は観察する

 天喰は体育館の壁を向いて、A組生徒たちの嘆きを聞いていた。壁を向いているのは、知らない生徒たちを長時間視界に納めておけないという人見知り故の行動であり、深い意味はない。
 「ワープ? 瞬間移動?」「強個性だ」「個性を複数持っている?」初見の気持ちは、分からなくもない。通形への攻撃は一切通らず、不意に消えては現れる。分からなくもないが、ヒーロー科生徒として褒められた反応ではなかった。見たものを見たまま、ただ「すごい」と評するのは素人だ。仮にもヒーローを目指すならば、考えなければ。
 この調子では、A組生徒は成すすべもないだろう。

「何かからくりがあるはずだ。考えよう」

 男子生徒の声がする。なるほど、そういう生徒もいるらしい。通形の驚いたような声が聞こえたので、何かしら反撃に近いことはしたのだろうが、すぐに倒れる音が聞こえた。
 ああ、終わりか。天喰は体育館の壁と床の境目から視線を外して、振り向く。 
 振り向いて、固まった。ひとり、女子生徒が立っている。

「はい、倒れ伏したみんな落ち着いて。個性には向き不向きこそあれ、強い弱いの評価は出来ないよ。ミリオ? センパイ? が強いのは事実だとして、その理由を全部"個性"と言うのは失礼だよ」
「きみ、良いこと言うね! さっきから俺の攻撃がまったく当たらないし、まいったなあ!」

 ミリオの攻撃が当たらない?
 天喰は顔をしかめた。いくら通形が本気ではないとはいえ、目の前から消えて、どこから現れるか分からないのに、完全にかわし切ることが出来るのだろうか。
 女子生徒は、多少の疲労は見えるものの、まだまだ元気そうにため息をついている。

「これ、どうなったら勝ち? 勝ち負けじゃないか……。ミリオセンパイの強さは分かったから、もうそろそろいいんじゃないかな。きつい」
「俺、楽しくなってきちゃったんだよね!」
「わたしもいい訓練にはなるもんなあ……みんなのこと踏みそうだから、仕切り直して一対一でどう? 一発いれたら終わりってことで」

 通形の個性を理解したのだろうか、女子生徒は強気に見える。

「俺に反撃を入れる気なんだ」
「ちょっといいアイディアが浮かんだ」
「受けて立つよ」
 
 通形に倒された生徒たちが壁際に避け、女子生徒と通形の一対一になる。「ポチちゃん」だの「ポチさん」だのと聞こえるので、女子生徒はポチと呼ばれているらしい。
 天喰は、壁を向いていたことを少し後悔しながら、今度はしっかり観戦しようと通形と"ポチ"を見る。
 ポチが不慣れそうな格好で通形に殴りかかり、通形が消える。ここまでは想定通りだ。どこから通形が出てくるかが問題である。
 しかし、通形が現れるより先にポチが動く。通形が消えた直後、ポチも消えた。そして一瞬で勝負がついていた。
 
「ンッ?!」

 通形がうなる。気づけば、ポチが床に片膝をついて座り、通形がその横で顔を押さえながらうずくまっていた。

「え、なになに?! 何が起こったの?!」
「ポチが勝った……のか?」

 天喰は顔をしかめた。A組生徒の気持ちに、今回ばかりは天喰も同意する。
 何が起こったのか分かったような分からないような。なるほど、と呟くと、「天喰先輩、今何が」人見知りとは無縁そうなA組生徒たちに距離を詰められて震え上がった。また壁に顔を向けて視線から逃れると、波動が変わりに解説を始めた。

「おそらくあの子は、通形がどこから現れるか予測してて……かなり精密に予測して、そこめがけて床を殴ったんだと思うよ」
「あっはっは! これは一本取られたな!」

 A組生徒たちのざわめきに、通形の楽しそうな笑い声が重なる。

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