HSKのXmaseve


私立騎士高等学校には、非常に個性豊かで、校外からも人気の高い生徒会執行部がある。

容姿端麗・頭脳明晰・運動神経抜群という、神が悪戯をしたとしか思えない二年一人・三年十人で――約一名、頭脳明晰の欠ける人物がいるが――構成されている。毎週金曜日に集まり、これからの予定の確認や報告を行い、それが終れば――終わっていなくとも――各々好きなように過ごす。

本日は火曜日だが、無駄に広く整った生徒会室には一部のメンバーがいた。今日は終業式で、冬休み前の最後の会議として集まっていたのだ。終業式が昼頃終わり、会議も二時ごろには終わった。只今四時。生徒会室にいるのは、なんとなく残った数人である。

無論、副会長の私もその一人。仕事はないが、風紀委員長の優姫先輩とだらだら話しているとこんな時間だったのだ。

「――でね、お父さんがすねちゃって」
「先輩の家庭って本当に微笑ましいですよね」
「変態っぽいけどね、お父さん。枢との連携プレーも止めてほしいよ……」
「幼馴染なんですよね、会長と」

親が仲良くてさー、と優姫先輩はミルクティーをひと口。私たちは、生徒会室にあるまじきコタツでぬくぬく温まりながら、絶え間ない会話を繰り広げていた。やはり女子、お喋りは大好きなのである。

余談ではあるが。ここ騎士高校生徒会室には、革張りのソファ――会長専用――やダーツやシステムキッチンに冷蔵庫にテレビ、といった設備がある。残念ながらシャワーはない。これらは当然元々あったものではなく、会長である枢先輩のご両親が、面白がって改築してしまったのだ。会長のご両親は騎士高校に多額の寄付をしているらしく、割と――どころではないが――無理も通るらしい。職業は謎。

コタツのテーブルに置いてあるクッキーを一つ食べ、時間を確認。四時を少し過ぎた。そろそろ帰ろうかな……あ、今日ってイブかあ。クラスメイトはデートだのなんだのって浮ついてたなあ。

言うまでもなく、私にはイブを共に過ごすような彼氏はいない。明日のクリスマス当日は、家族で一応のパーティーが予定されている、楽しみだ。

「……いいなあ」
「?どうかしましたか」

おもむろに呟く優姫先輩。テーブルに額を付け、はああ、と深い溜め息を吐く。

「だって皆今日デートなんだよ!頼ちゃんもお出かけだし。街に出てもどうせカップルばっかり。あー羨ましいー私もクリスマスデートとかしたいよ……」
「確かに……目のやり場に困りますよね」
「どーせ私は予定無いですよー」
「同じくです」
「…………暇だ」

うなる先輩、苦笑する私。と、そこで、今まで眠っていたコタツの十人三人目が声をあげる。「ねえ、会長からメールー」「ちょ、学校で携帯使っちゃだめですよ」「ばれないようにはしてるよー」生徒会執行部員として聞き捨てならないが聞き流さなければいけないであろう台詞を言った千里先輩が、テーブルの上に携帯を滑らせる。自分は意地でも起き上がらない気らしい。

「見ていいの?」
「うん。多分二人にもメールいってるけど……切ってるんでしょ、電源」
「そりゃあ……」

一通のメールが開かれていて、送り主は"魔王"……会長のことですか。

"お疲れ様。今日予定がない人、午後六時に生徒会室集合ね。クリスマスパーティーをしようと思ってる。ケーキとオードブルは僕が用意するから、食べたい人はおいで。と、いうかイブに予定がある人っていたのかな……?ごめんね、覚えていないんだけど、いなかったはずだよね?料理も人数分あるから、来た方がいいと思うよ。じゃあ、六時に。"

……これ、行かないっていう選択肢なくね?

「枢……脅しっぽいよ」
「イベントごと好きですもんね、会長。クリスマスの話題振ってこなかったんで、違和感はあったんですけど……」
「俺ら残ってて正解……」

確かに。帰宅して着替えてゆっくりしてるところに、また制服に着替えて登校は……面倒だ。私は千里先輩の言葉に頷きながら、家族に知らせるべくコタツを出た。学校に備え付けの公衆電話まで行かなければならない。優姫先輩もそれに気付いたのか、私も行く、と名残惜しそうにコタツから出る。

「そういえば、英先輩の家って電車とバスで二時間近くかかるんじゃ……今家に着いたくらいじゃないんですかね」
「それでもあの人は来るよ……なんてったって会長からの呼び出しだからね……」

意地でも間に合わせるよ、と千里先輩が欠伸をしながら体を起こしていた。

会長は中々理不尽だ。


* * *


一二月二四日午後五時五五分。生徒会室には、見事生徒会執行部全員が集まっていた。しかも五分前集合、流石である。否、全員と言うには語弊があった。会長と会長補佐と言う名の会長専属パシリがいない。枢先輩と拓麻先輩がいないのだ。

「よし間に合った、僕は間に合ったぞ……!」
「すげー汗だな、英……走って来たのか?」
「駅からここまで全力疾走」
「……お疲れ」

相変わらずコタツに入る私と優姫先輩と千里先輩。コタツに加わったのは莉磨先輩と瑠佳先輩と壱縷先輩。満員である。ここは私が出て先輩にゆずるべきかと思ったが、零先輩はこんなわちゃわちゃした所は嫌らしく、しれっと椅子に座っている。呼び出されたことでやや不機嫌らしいけど。英先輩はまだ暑そうだし、暁先輩は年中シャツが肌蹴ている。私が譲る必要はなさそうだ。

「あの人も自由だよねえ。パーティーするなら、会議の時に知らせてくれればいいのにさ」

まあ暇だったけど。と言うのは壱縷先輩。会長至上主義の瑠佳先輩は涼しい顔だが、莉磨先輩の表情も壱縷先輩と同じだった。なんでも、買い物に出ようとしていたらしい。

「……欠席して、後々ネチネチ言われたくないもの」

莉磨先輩はここへ来たすぐにそう言っていた。「タダでいい料理食べられるし」とも言ってたっけ。先輩も良いご家庭なはずであるが、まあ確かにその通りである。

「世利はここにいたのでしょう?よく四時間も時間潰せたわね……」
「優姫先輩とお喋りしてました。あと、千里先輩の流行ファッション講座を」

瑠佳先輩の問いかけに笑顔で答えた直後、生徒会室の扉が外から開かれる。自然と全員の視線がそこへと集まり、現れた会長はにっこり笑っていた。

「うん、集まってるね。じゃあ、始めようか」

漂う良い匂い。ガラガラとワゴンを押して入って来たのは拓麻先輩で、それはそれは美味しそうな品々が並んでいた。肉肉肉。あらゆる調理法の肉。カルパッチョやサラダもあるが、やはりメインは鶏肉だった。とても美味しそうです、流石先輩。

おお!と期待を裏切らない料理に、生徒会メンバーのテンションも上がる。空腹も手伝って、迅速に料理が並べられた。取り皿やグラスも行き渡り、好きな飲み物をつぐ。私は、せっかくだからとノンアルコールのシャンパンを入れた。会長の赤いグラスは、絶対ワインじゃない。ワインなはずない。うん、きっとブドウジュースなんだ。

料理が冷めないうちに早く食べたい一心で、全員が準備を整える。お誕生日席はもちろん会長。私は肩で息をする拓麻先輩を労ってから、いつもの会議の席についた。

「急な招集だったけど、集まってくれて嬉しいよ。誰か欠けていたら、どうしてやろうかと……」

どうするつもりだったんですか!こわい!

「僕は純粋なクリスチャンじゃないけれど、浮ついた雰囲気に流されるのも悪くないと思ってね……急遽、パーティーを企画したんだ。皆、心置きなく楽しんでね」

会長が笑顔でグラスを掲げる。「この聖なる夜に。僕らの友情が永遠たらんことを」そんな格好つけた、どう考えても会長くらいしか似合う人のいない一言で、皆もグラスを掲げた。




「先輩、先輩」

上品な盛り上がりを見せるパーティー中、私は拓麻先輩に声をかけた。ほどよくテンションが上がっており、バイキング形式なのもあって、立食会となっていた。

「世利ちゃん、楽しんでる?」
「はい、とても。ところでなんですけど……この寒い中湯気を立ち上らせながら生徒会室にやってきた料理たちは、どこで調理されたんでしょう」
「……想像通りだと思うよ」
「調理室ですか」
「うん。シェフの手配は枢だよ」
「食材の手配は拓麻先輩ですか……お疲れ様です」
「うん……調理室使っていいって聞いて驚いたけど」

先輩の疲労具合から推測して言うと、見事正解だった。会長の無茶ぶりに対応できるなんて、流石としか言いようがない。突然のクリスマスパーティーで調理室の使用許可を得られた会長も、まあ、すごいけど……多分、許可は「得た」のではなく「もぎとった」のだろう。

「――副会長さん、どうかしたの?」
「いえいえ、なんでもありません。会長の計らいによるパーティーの素晴らしさに感激していました」
「喜んでもらえたなら、何よりだよ」

にっこり。私もにっこり。拓麻先輩は苦笑い。カメラマンを兼任している英先輩のフラッシュが光った。

ほどなくして料理が粗方なくなると、拓麻先輩が冷蔵庫へ向かう。登場したのは、これまた予想通りのケーキだった。丸い物ではなく長方形の生クリームのケーキで、十一人分はゆうにある。苺と砂糖菓子でデコレーションされたそれに、私と優姫先輩の目が輝いた。

「おいしそー!ね、世利!」
「はい、とても!」
「カロリーが……カロリーが……」
「莉磨、今日くらいいいじゃない。せっかく枢様が用意してくださったんだもの」

ケーキの誘惑に揺れる莉磨先輩に、瑠佳先輩が追い打ちをかける。私も「食べましょうよ、ね?ね?」とハイぎみに言えば、莉磨先輩はそっぽを向いて頷いた。先輩はケーキの誘惑に負けました!

「女子は甘いもん好きだよな……」
「きりゅ――零は苦手なのか?」
「……食べられなくはないけど、好きではないな」
「俺は結構好きだけどねー。会長、俺切ってもいい?」

金銭感覚常識人三人組――零先輩と暁先輩と壱縷先輩――の会話を耳に挟みながらも、私の視線はケーキに釘づけ。すると壱縷先輩に腕を引かれ、ケーキナイフを一緒に持った。ああ、一緒に切ろうってことですね。

ナイフを構えたところで、壱縷先輩が動きを止める。……オーケー、空気は読みますよ。先に口を開いたのは先輩だった。

「新郎新婦、初めての共同作業です」
「カメラをお持ちのお客様は、どうぞ前の方にお進み頂き、共同作業の決定的瞬間をおおさめください」

二人で声をそろえて「ケーキ入刀」なんて言いながら切る。途端たかれるフラッシュ――英先輩――と、抑揚がなく棒読みである結婚式お馴染のBGM。「ぱぱぱぱーん」と無表情で言ってくれる千里先輩グッジョブ。その曲は多分この場面じゃないけど。「普通に切れよ……」との零先輩の呟きはスルー。

「お前ら二人揃うと、真面目さに欠けるよな」
「暁先輩、なにをおっしゃいますか」
「俺達はいつでもどこでも大真面目だよ。ねー」
「ねー」
「仲良いな……」

壱縷先輩は気が済んだのか、ナイフを拓麻先輩にパス。これがやりたかっただけなんですね分かります。拓麻先輩は綺麗にケーキを等分して、皿に取り分けるのは私にやらせて頂いた。忘れてはいけないが、私は後輩なのである。

ケーキに鎮座していた砂糖菓子サンタは優姫先輩に。トナカイは瑠佳先輩と英先輩の所に。ログハウスは拓麻先輩の所に。チョコレートで出来たプレートは、会長のケーキに乗っていた。

砂糖菓子、食べたくなかったといえば嘘になるけど、執着がある訳ではない。一瞥しただけで、私は自分の取り分のケーキにフォークを指した。会長お気に入りの洋菓子店の商品は、とても気軽に食べられる値段ではない。ひと口ひと口味わって頂けなければ。

ひと口目で早くもご機嫌な私の皿に、ころりと苺が仲間入り。見上げると、甘いものが苦手らしい零先輩がいらっしゃる。

「ありがとうございます」
「……好きなのか、苺」
「フルーツ全般好きですよ」
「そうなの。じゃあ今度はフルーツタルトでも差し入れしようか」

逆サイドから会長がにっこり笑いかけてくる。光るフラッシュ。

「嬉しいですが、流石に値段が気になるので……あっちを」

私は無人になっているコタツを指さす。会長は促すように首を傾げる。これだけで私の要望が伝わったのは、この上流階級家庭出身ばかりの執行部では誰もいなかったかもしれない。

「コタツにはみかん、定番です。年明けの会議で食べませんか?」

案の定、知らなかったらしい会長は感心したような表情を浮かべていて。


そして始業式後の会議では、お取り寄せの高級みかんが振る舞われるのである。私はそこまで求めていなかった。

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