惚れた時点で負け



あたしは目の前で、なんだか泣きそうになっている男を見る。外でのアイドル顔負けの笑顔や、主の前での凛とした様子など面影もない。

「一体何が気に入らないの?」
「だっ……だって、世利が、普通科生に騒がれるし、支葵が懐くし、一条も枢様も気に入ってるし……!」
「普通科生に騒がれるのはあなたもでしょう、英。私は元老院派だから拓麻や千里とは付き合い長いの。枢様は知らないけど」

あたしの恋人である英は、喫茶店でパフェを待ちながら涙目。学園近くの喫茶店でお茶をしているのだが、空気は全く甘くない。

アイスブルーの目に涙がはると、キラキラしてて綺麗だな、なんて。

「そもそも夜間部に誘ったのは英でしょう。学園に入ったらあまり会えなくなるからって」
「そうだけど……!」

付け足すなら、あたしは夜間部に入りたくなかった。英がどうしてもと言うから、重い腰を上げたのだ。まあ、あたしだって英と会えるのは嬉しい。ただ当の英が、あたしが入ったら入ったでこんな調子。

「……やっぱりあたし、夜間部辞めようかな」
「え?!」
「なんで英が驚くかな……」
「いや、別に辞めなくてもいいだろ!」
「じゃあ我慢してくれる?」
「う……」

お待たせいたしましたーと店員がパフェを英の前に置く。私の前にはフルーツタルト。店員がちらちら英を見ているので、あたしは小さくため息をついた。あたしにも視線はつきまとっていて、英はーー自分のことは棚にあげてーーあたしのそういうのが嫌らしいけど、吸血鬼である以上仕方ない。

同じ吸血鬼相手からはそういう視線はない。ただ良い友達なだけで。英はそれも嫌らしいけど。

「世利が可愛いのが悪いんだ……」
「はいはいすみません」
「世利は僕がどうなってても嫉妬しないし……」
「まあ……」

曖昧に言うと、英はまた目をうるうるさせる。やばい、可愛いんだからこいつは。

「分かったから早く食べなよ」
「分かってないだろ……」

むくれたまま英はパフェを食べ始める。よくあんなの食べられるなあ。あたしはクリームが苦手だ。

フルーツタルトにフォークを刺す。タルト生地に刺さる時のサクッていうのが好き。この喫茶店はどのスイーツもかなり美味しい。ま、月の寮のシェフには敵わないかな。

「誤解のないように言っとくけど」
「……なんだ」
「あたしもさ、英が普通科の子と楽しそうなの、良い気はしないのよ」
「!」
「でも……英はあたしにベタ惚れだから。他の子を好きになるなんて心配してないから、気にしない」

あ、自分で言っておいて恥ずかしい。英の視線を感じながら、タルトを頬張る。

「僕だって……!世利が浮気するなんて思ってないぞ。思ってないけど……僕以外の奴が、世利を見てるだけでイライラするんだ」

もー今度は格好いい。

「……束縛は好きじゃない」
「分かってる。だからもう……!」

目がうるうるしてる。唸りながらパフェを食べ進める英は、捨てられた子犬みたいだった。あたしが悪いことしたみたいになってるけど、多分言ってることがおかしいのは英の方で。

ただこのまま微妙な空気で過ごせるほど、あたしは被虐的じゃない。結局折れるのはあたしなんだ。

「あたしに夜間部にいてほしい?」
「当然だ」
「他の人……男子と話すのは気に食わない?」
「……ああ」
「なら、常にあたしのそばにいていいよ」
「束縛は……」
「嫌い。だから束縛ってあたしが感じないくらい、あなたがあたしを愛してよ」

ん?出来ないの?なんて言いながらフォークを向ける。英はきょとんとしている。止めてよ、そうやって真っ直ぐ見るの。あたし今、相当恥ずかしいんだから。

「……僕は今プロポーズされたのか?」
「もうそれでいいわ。で、どうなのよ。それくらいあたしを愛せないなら、あたしは夜間部辞めーー」
「その必要はないな。僕の世利への愛は何にも劣らないから」
「……英、反則だわ」

あなたさっきまで泣きそうだったのに、何急に男気スイッチ入れてるのよ。そういうとこ困るのよ。でもあなたのそういうとこに、あたしはハマっちゃったのよね。

「これからはずっとそばにいる。世利を変な目で見るやつに見せつけよう、それがいい」
「変な目って……枢様は含まれてるの?」
「かなっ枢様……いや、たとえ枢様が世利に言い寄っても、僕は渡さないからな」
「言い寄られることはないだろうけど……すごい嬉しかった、今」

緩む頬を必死で引き締める。普段はあたしが優位なのに、こういう時は、いつの間にか英のペース。

「よし、じゃあさっさと店出て報告に行くぞ」
「へ?何のよ」
「世利がプロポーズしたんだからな」
「……あっ」


fin
ネタ思いついた時、絶対英さんだと思った
- 14 -

prevVshortnext
ALICE+