きみと素敵な一日を5
***
こっそり教室に入り、そっとしゃがむ。つむじは両手で守りを固め、今日も眠たそうな凪くんを見上げた。
「凪くん、おはよう」
「おはよ。頭痛いの?」
「つむじ防衛団」
「弱点なの?」
ふうん、と凪くんは人差し指をわたしにアピールする。いつでも突けるという意思表示だ。わたしの心臓に悪いので、いかに軽度なスキンシップであれ事前予告してほしい。
わたしは凪くんの人差し指を睨みながら、昨日璃乃に提案された問いをぶつけることにした。
「凪くんは、好きな女子のタイプってある? 服装とか髪型とか」
「考えたこともない」
「つい目で追っちゃうな、とかもない?」
「空山さんのこと?」
凪くんは人差し指を仕舞いながら何と無しに言った。
「……わたしが何か?」
「目で追っちゃうって。クラス違うし、そんなに見かけるわけじゃないけど。廊下通るときとかは見てるよ」
「ヒッ」
「それでいくと、俺の好みは空山さんってことになる」
「ヒェ……」
それでわたしを好きとなるのは中々短絡的だが、わたしを気にかけてくれているのは事実なのだろう。自分のストーカーを監視してやろう、という敵意に満ちたものでもない。なんとなく見ている、それだけ。
脈アリ、というやつだろうか。
硬直するわたしをよそに、凪くんが珍しく饒舌に続ける。
「恋愛とか好きとかよく分かんないけど、空山さんがいるなあと思って見てる。俺が教室の横通ったときも見てるから、たまに玲王と喋ってるのも知ってる。喋ってるなあと思って見てる」
「……すごく、見てない?」
「見てるかも」
「生態観察的な?」
「ああ、そんな感じ。生きてるなあと思って見てる」
凪くんはわたしの手の上からつむじを押した。
「これは、好きってことになる?」
わたしの左手の甲に凪くんの指先の感触がある。つむじと手なら、手のほうが敏感に決まっている。ぎゅ、と押す力が思いの外強いことや、指先からでも温かさが伝わり、凪くんがわたしに触れているという事実が叩きつけられる。
スッと短く息を吸ってヒュッと吐き、肺のしなやかさとは無縁の深呼吸をしてから返答した。
「わたしに、それ、聞く?」
「だって、空山さんは俺のこと好きなんでしょ」
「泣きそう」
「えっなんで」
凪くんが脈アリだとか、わたしを気にしてくれているとか、手の甲に触れているだとか。いっぱいいっぱいのところに真面目な恋バナを求められて、そろそろキャパシティをオーバーしそうだった。
わたしはつむじを守ったまま後ずさりし、座っている凪くんの手が届かない距離で立ち上がる。凪くんのことを直視できないまま崩れそうな敬礼をした。
「緊急事態につき撤退します。良い一日をお過ごしください」
「空山さんも」
わたしが凪くんを口説いているはずなのに、口説かれているように錯覚する。恋愛がよく分からない故の純粋な疑問に返せるほど、わたしは恋愛マスターではないのだった。
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