きみと素敵な一日をオマケ


おともだち×2視点



 クラスが変われば自己紹介、部活に入って自己紹介、顔を合わせれば自己紹介。学校とはそういうものだ。なれば、入学して早々に自己紹介タイムが設けられるのも当然のこと。
 神木璃乃は、この自己紹介タイムが好きだった。話すのではなく、聞くのが好きだ。話す内容はもちろん、声の調子や言葉遣い、ボディランゲージでその人となりが見えてくる。興味をそそるひとがいれば真っ先にそのひとに絡みに行くし、絡むまでいかなくとも、新たな視点を得るきっかけにもなる。
 白宝高校という超一流進学校ともなれば、さぞハイレベルで濃い内容の自己紹介が聞けるのだろうと楽しみにしていた。
 神木の期待は裏切られなかった。名前、入りたい部活、趣味、将来の夢。一分という制限時間の中で、自分の色をこれでもかと詰め込んでいる。もちろん、自分のことを話すのが苦手で流す生徒もいるが、語る生徒のほうが多かった。
 その女子生徒は、クラスで一番輝いていた。

「空山世治、天体観測部所属希望、趣味は空を眺めること、将来の夢は宇宙人の痕跡を見つけることです」

 突飛な夢を口にする空山世治を、笑う生徒はひとりもいなかった。それらしい生活をしていれば、ひとの夢や意見をいたずらに否定することが命取りになりかねないと知っている。会社の重役の身内がごろごろいるからだ。後で知ったことだが、事実、彼女の父親は宇宙論の著名な学者だった。

「地球誕生から今までを二四時間とすると、人類が宇宙を観測し始めたのは午後十一時五九分です。わたしが生きているのなんてほんの一瞬です。この一瞬が、別の星の誰かの一瞬と交われるように、宇宙をもっと知りたいです」

 神木は自己紹介後の休み時間、真っ先に彼女に声を掛けた。興味をそそられたからだ。会話のテンポや気も合い、良い友人としての関係を築いていった。
 神木からみて、彼女は比較的考えこむタイプだった。考えこんだ後、驚くほど強くアクセルを踏む。中々の暴走車だが、面白くて飽きなかった。
 勉強はそこそここなすが、勉強より流星群。恋愛より惑星。自分から切り出すことは少ないが、突いてみれば熱が溢れてくる様子も好きだった。
 そんな彼女が、<凪誠士郎>という宇宙人に惹かれ始めた。一部の生徒からパワースポット扱いされている、万年寝太郎の宇宙人。楽しそうにする彼女が見たいという気持ちで背中を押した。やはりアクセルの踏み方はきつかったが、宇宙人は驚くほど穏やかに彼女のもとへ降りてきた。
 昼休みの公開告白から、朝のSHR直前の公開告白。ふたりはしっかり恋人同士になった。
 毎朝お互いの教室を行き来して、他愛ない話をしている。相変わらず、彼女は他クラスに出入りしているという負い目があるらしく、しゃがんで話している。内容は聞こえないが、彼女が赤面しながら嬉しそうなことが分かるので、それで十分だ。
 神木は横目で逢引を見ながら、クラスメイトとの雑談に興じる。
――ああ、あたしが先に好きだったのになあ!
 
***

 御影玲王がその才能に惚れ込んでいる凪誠士郎に、なんと彼女が出来た。
 「めんどくさい」「めんどい」「働きたくない」が口癖の、あの凪誠士郎が。今までも告白されて断った例があることを知っていたので――目撃ではなく、雑談の流れで本人から聞いた――面倒くさがりの性格が多少なりとも矯正されない限りは恋人など作らないと思っていた。
 人通りのある昼休みの食堂近くでの堂々とした告白。熟したリンゴに負けず劣らずの赤面から、いかに彼女が緊張しているかが伝わった。宣戦布告後に何もないところでつんのめって転んでいたことからも、彼女が自らを奮い立たせて公開告白したのだと分かる。他人を見下しがちな御影ですら、その行動に好感を持った。居合わせた御影でさえそうなのだから、直接それを受けた凪にも響いたのは納得だが、良い友人ではなく恋人という関係にまでなるとは少々予想外だった。
 しかし、凪が自分を受け入れてくれている現状も鑑みれば、予想出来た展開なのかもしれない。面倒くさいといいつつもサッカー部に入部して練習に来てくれているのは、サッカーを少なからず楽しんでいるということもあるのだろうが、御影からの好意を無下に出来ないからではないかと思っている。御影は、凪の才能を手放しでほめ、全力でサポートしている。凪は、おそらく、直球ストレート感情表現に弱いのだ。面倒くさがり故に、言葉になっていない行動や曖昧な表現をくみとる気がなく、届いたものを素直に受け止めている。告白に関しては、告白だけではなく後から<口説き>がきたのも良かったのだろう。玲王のサッカー部入部口説きを同じ攻略法だ。
 裏を読まなさ過ぎて怪しい壺を買わされそうではあるが、そこは御影がカバーしたいところだ。


 御影はよく、凪を引っ張って食堂に行く。同じクラスだろうが違うクラスだろうがそうする。生きることにさえ無気力な凪は、目を離すと食事をゼリー飲料で済ませるため、アスリートとして活躍してもらうためにもバランスの取れた食事を摂取させるのは御影の任務だった。
 凪の彼女こと空山世治は弁当持参組だが、時々食堂を使用しているらしい。食堂ではクラスメイトと一緒のときもあれば、神木璃乃という別クラスの生徒と一緒のときもある。食堂で見かけても挨拶程度で同席することはない。ただ、あえて同席しない理由もない。空山と神木が二人で食事を摂っている席周辺がたまたま空席で、かつ、凪と空山がお互いに気付いて軽く手を振っていたら、御影も「あそこ行くか」くらいの提案はする。
 空山と神木が向かい合って座っているので、空山の隣に凪が座り、御影は神木の隣に座った。空山と仲が良いということで認識はしているが、さほど関わりのない女子生徒である。
 御影は、凪に赤面しながらも嬉しそうな空山に少し笑って、神木に話しかけた。

「談笑中に悪いな」
「いいわよ、世治が嬉しそうだから」

 神木は悪戯っぽく笑っていた。
 御影は、自分への好意が感じられないことに密かに驚く。己の人気具合は自覚しているので、緊張を見せるか嬉しそうにするかと思っていたが、神木は楽しそうにこそすれ照れたような様子はなかった。全女子生徒が自分に好意的だとも思っていないので、神木はその部類なのだろうと納得する。凪と空山繋がりで顔を合わせる可能性のある相手が自分に執着されると大変面倒なので、ちょうどよくもあった。
 授業や部活の話をして食事を終え、食器返却のために席を立つ。すると、雑談のテンションのまま、神木に呼び止められた。

「御影くん、ちょっと」
「ん?」

 あくまでさりげなく。返却口に向かうバカップルにゆっくりついて行く形になった。

「御影くんって、そう簡単に手に入らないものが欲しいって聞いた」
「ああ、まあ。手に入るもんはつまんねぇだろ」
「その条件って彼女にも適用される?」
「は?」

 神木はトレイを両手で持ったまま、器用に前方のバカップルを指さした。

「<手に入らないもの>」
「……さすがに、大事な親友の彼女をどうこうしようとは思わねぇよ」

 照れた顔が可愛いなと思ったことは事実だが、友情を破綻させる気はない。

「なら良かった」
「心配性だな」
「あたしは世治の幸せを願ってるの」

 御影を見上げていた目が空山にうつる。温かく見守る母のような表情だが、それにしては憂いが多い。御影は幼い頃から大人に囲まれて育ち、ひとの顔色には人一倍敏感なため、神木のそれが友に向けるにしては違和感のあるものだと気づいた。
 御影は素直に感心した。

「失恋しても見守ってるのか。心が広いな」
「……なんでバレたの。御影くんってサイコメトリとか出来るタイプ?」
「そうだったら色々楽なんだけどな」
「あたしが言うのもなんだけど、御影くんも恋愛では得しなさそうだよね」
「俺モテるぞ」
「知ってる。でもさっき言ってたじゃん、<手に入らないもの>が欲しいって。それ、手に入ったらどうするの?」

 神木は軽い調子で言いながら、一足先に食器返却の波に乗る。食器の返却を終えた凪と空山が、人の流れを避けて御影と神木を待っているのも見えた。
 御影は一拍立ち尽くしたものの、すぐ神木に並んだ。何人かの前に割り込んだが、睨まれはしなかった。

「俺は、手に入れた達成感だけを噛み締めて、トロフィーを捨てるような真似はしない。難しければ難しいほど燃えるのは否定しないけどな」
「それは素晴らしいこと」
「神木さん、俺のことどう思ってんの」
「憧れの御影玲王くん」
「嘘くさ……」

 壁と空山にもたれかかりながら待っている凪と、もたれかかられて赤面している空山に合流する。神木が凪を押しのけるだろうかと思ったが、まったくそんな様子は見せずに、赤面する空山にけらけら笑っていた。
 スキンシップ妨害するくらいなら告白段階で邪魔をしているはずなので、自分の恋心より友人を優先しているらしい。健気なことだなと思う。

「玲王、どうかした?」

 空山から体を離して移動する意思を見せている凪が、小さく首を傾ける。

「いや、バカップルしてんなって思っただけ」

 御影が肩をすくめていうと、凪はぱちりと瞬きをした後「まあね」と彼氏の顔をした。彼女が出来る前は一切見たことの無かった表情に、御影もなぜかむずむずする。
 せいぜい大事にしろ、ライバルはすぐそこにいるぞ。そんな気持ちを込めて、呑気な猫背をばしばし叩いた。


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