素敵な一日のための日課


デフォルト空山世治



 休日は好きだった。理由は単純、休日だからだ。過去形なのは、休日だと凪くんに会えないからである。
 晴れて恋人同士となり連絡先も交換したので、メッセージや電話で連絡がとれる状態ではある。しかしあの面倒くさがりの凪くんがマメに連絡するのは想像出来ないし、わたしから連絡して「めんどくさい」と言われるのも堪えるので控えていた。これが長期の休みなら話は違ってくるが、週末だけだ。休みが明けたらまた会える。
 学校が休みで部活もない朝。普段より寝たいのは山々だが、先輩(※サモエド)が起こしにくるのでそうもいかない。顔を洗い、着替えて、朝食を摂る。朝食の食器を片付けていると、気の早い先輩はリードを咥えて玄関で待機している。先輩の朝散歩は、平日は父、休日はわたしの仕事だ。夜は行けるひとが行く。

「せんぱーい、散歩行こうか」

 散歩という単語をしっかり認識している先輩は、お尻ごと尻尾を振って早くも興奮状態だ。
 靴を履き替えてリードを繋ぎ、先輩と外へ繰り出す。近所の川に沿って歩くのがいつもの散歩コースだ。
 凪くんに会えない休日、先輩に凪くんの面影を見て寂しさを紛らわせている。凪くんはウキウキで外を歩かないし、興奮が行き過ぎてその場で回ったりもしないが、白くて大きいところは確かに同じだ。
 川沿いはご近所お馴染みの散歩コースなので、おじいちゃんおばあちゃんや他の飼い犬散歩とすれ違いながら歩く。先輩は大きいので他の犬に怯えられがちだが、決まった時間の散歩はほぼ見知った犬ばかりなので、軽く交流も出来る。よく見かける柴犬と男性のペアによたよた歩きの子どもを加えたパーティとすれ違うと、おそらく先輩を初めて見た子どもが「もふもふー!」と目を輝かせてわたしも嬉しくなった。先輩は、わたし含め「もふもふ」と言われて撫でられることが多いせいで「もふもふ」を褒め言葉ととらえており、子どもに褒められてご機嫌だ。
 散歩も中盤に差し掛かったところで、上着のポケットに入れている携帯が震えた。家族からのメッセージかと思いきやバイブレーションパターンが着信を知らせており、こころもち急いで携帯を取り出す。見上げてくる先輩に待てを命じて画面を見た。
 <凪誠士郎>

 「嘘でしょ」

 思わずそうこぼして応答をタップする。一度深呼吸を挟めばよかったと思ったが、電話を待たせるのも悪いので良しとする。

「は、はい」
『おはよ』

 膝から崩れ落ちた。耳元で凪くんの声がする破壊力たるや。小っ恥ずかしく、おりこうに座っている先輩を抱きしめた。

「おはよう、凪くん」
『ん、じゃあまたね』
「エッ待ってなにごと」

 挨拶から間髪入れず電話を切る素振りをされ、思わず引き止める。
 凪くんは『んー』と何やら思案していた。短い間だったが、その『んー』が耳元で行われていることにわたしはむず痒さで体がよじれるかと思った。先輩が「姉ちゃんどうしたの」と言いたげに顔を舐めてくるので口元が当たらないよう顔を背ける。動物との安易なキスは死にかねない。

『空山さんの声を聞きたいなと思って』

 凪くんがわたしの心臓を鷲掴みにしてくる。
 わたしは瀕死になりながら携帯を握りしめた。

「わたしも、凪くんの声が聞きたかった。だから驚いたけどとても嬉しい」
『そっか』
「うん。前は見かけるだけで嬉しかったのに、欲が深くなっていけないなあ」
『いけなくないよ。そっちのほうが俺もなんか嬉しいから』
「泣きそう」
『こらえて』
 
 感情の吐き出し先に困り、片手で先輩を撫で繰り回すことで心を落ち着ける。しかし、先輩に凪くんの面影を見ていた影響で、凪くんを撫でくり回しているような錯覚をして目を閉じた。恋愛で脳がバグり始めている。
 冷静さをかき集めて凪くんに話しかける。

「今日は部活?」
『うん。面倒くさいけど、空山さんの声も聞けたし頑張る』
「わたしは泣きそう」
『俺の声、そんなに好きなの?』

 凪くんが笑みを含んだ声で言う。本当に、恋人に対するような優しい声に歯を食いしばった。わたしが彼女なので間違っていないが、ぽやぽや系の凪くんからこんな声を聞く日がくるとは。電話じゃなければ腰が抜けていた。
 わたしは内心で理不尽にキレた。凪くんが素敵すぎてわたしの心臓がもたない。

「凪くんが好きだから、凪くんのなんでも好きに決まってるじゃん……」
『……』
「引いたらごめん」
『や、なんか……照れた』
「……」

 凪くんの後ろから「凪ー!」と大きな声がした。聞き覚えがある、御影くんだ。サッカー部の練習があるのならば、御影くんが近くにいるのも当然だ。部活中にのんびり電話をしている凪くんが自由なのだろう。

『あー呼ばれてるから練習行ってくる』
「いってらっしゃい」
『それ新婚さんみたい。じゃあ、また学校で』

 凪くんは最後に爆弾を落とした。
 わたしは通話の切れた携帯の画面を数秒眺め、握りしめたまま先輩に抱き着いた。
 電話をくれて嬉しい、声が聞けて嬉しい、そもそも休みの日にわたしの存在を思い出してくれて嬉しい。凪くんは、短い電話にわたしがここまで舞い上がっていることを知っているだろうか。
 学校で会ったら、この嬉しさを改めてちゃんと伝えたい。そしてなんとか凪くんにもこのむず痒さを味わってほしいのだが、わたしのほうが惚れているので無理な気がしている。

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