純黒2


 ガヴィは埠頭の倉庫の前で、腕を組んで目を閉じていた。倉庫内にはジンとウォッカとキールがおり、なにやら言い争う声が扉越しに聞こえている。
 なにもすることはない。ネズミ取りに興味はないのだ。ジンもそれを承知しているから、ガヴィが尋問に加わらずとも気にしない。
 ジンは、入り込んだネズミを徹底的に駆除する。対してガヴィは、ネズミに気付いていても放置する。ジンからはよく「お前が大層大事に抱えこんでいるから駆除が面倒だ」という旨の愚痴をこぼされるが、いつもまともに取り合っていない。
 しばらくして、独特のエンジン音が聞こえてきた。ジンのポルシェと並んで、白のRX7が停まる。運転席からはバーボン、助手席からベルモットがおりた。
 ガヴィは倉庫の扉を開けて、二人と共に中に入る。紫煙に顔をしかめて、ジンの名を呼んだ。

「嫌煙家が……」
「どうも」

 ジンが煙草を吐き捨てて、靴で消す。
 手錠で拘束されているキールが目に入り、バーボンが身を固くしたのがわかった。ガヴィは適当な木箱に腰かけ、ウォッカによって拘束されるバーボンを眺める。

「……っそうそうたる、顔ぶれですね」

 吐き捨てるバーボンの表情にはあまり余裕がなかった。バーボンの言いたいことはガヴィにも分かる。
 ジン、ベルモット、ガヴィ。この三人が揃うことなど、まずあり得ない。
 ノック疑惑のかかったバーボンとキールを、ジンが銃口を向けて問い詰める。バーボンとキールは緊張しているのが見て分かるが、屈する様子は微塵もない。
 さっさと白状しろ、というジンに対し、自分はノックなどではないと言う二人。捕まっている現状で、二人はわめくしか術がない。

「こうして殺さずに連れてきたのは、情報が正確ではなかったから。違いますか?」

 バーボンの言葉に、ベルモットが一連の事情を明かす。ノックリストを盗んだまではよかったものの、盗んだ本人が事故で記憶喪失となり、途中送信されたメールでは白黒つけがたかったのだと。
 我関せずと聞き流していたガヴィは、ふと難しい顔で腕を組んだ。
 キュラソーのスマホも、ガヴィと同じく随時全データ削除仕様のはずだ。情報を多く持つのだから、それらを一切残さないようにすべきだと言ったのは、ガヴィ自身である。しかし、データが削除されるまではどうしてもタイムラグが生じてしまう。
 そして、キュラソーのスマホは回収できていない、という。
 記憶喪失のきっかけとなったと思われる事故が起きたのは、メールが送信されてから何分後だろうか。スマホが無事に事故を生き延びていれば、送信履歴もきれいさっぱり消え去っているだろうが、キュラソー自身に相当な衝撃がかかった事故ということは、そのスマホも無事ではない確率の方が高い。
 もしも。メールを送信してから履歴が削除されるまでの間に事故が起き、スマホも壊れてしまっていたら。壊れたスマホには、キュラソーからラムに宛てたメールのデータが残ってしまう。
 そのスマホを誰かに拾われでもすれば。いっそのこと、大破している方が良い。きっちり履歴が削除されていたとしても、組織幹部の持ち物が人の手に渡るのは避けたい。

「だったら、私たちが本当にノックか、それを確かめてからでも遅くはないはずよ!」
「……だ、そうだが?ガヴィ、こいつらはお前の飼いネズミか?」

 バーボンとキールが、音がしそうなほどの勢いでガヴィを見る。ガヴィは動揺も困惑も浮かべずに、くいっと口角を上げた。

「そういうジョークは、ぼくが黒服"じゃないとき"にすべきだ」
「面白ぇこと言うじゃねぇか」
「ジンは頭吹っ飛んでも笑えるのか、モンスターだな」
「お前ほどじゃねえな」
「確かに、ぼくはあなたのように優しくない」

 ジンからのかまかけを適当に流し、木箱から飛び降りる。重いブーツがコンクリートを叩く音は、不吉なほど響いた。
 
「外にいる」

 とやかく言われる前に告げ、外から扉をきっちり閉める。取り出したスマホの画面を見ずに十一桁をタップしながら、耳へ当てた。
 相手も緊急事態とあって、連絡には気を使っているのだろう。ツーコールで応答があった。

「ああ、ラム。ガヴィだけど」

 "鋭い視線を感じた"。やはり気のせいではなかったのだ。ささいな違和感でも見過ごせないくらい、ガヴィは平穏な生活と遠い位置にいた。

「なぜって、そっちだとキュラソーから連絡があるかもしれないから。……うん、そう。よろしく」

 何気ない動作でヒップホルスターに手をやり、銃を握る。グロッグ26の銃口は、ある一点をひたと見据えた。

「二人なら、今ジンと遊んでる。……しないよ、そんなこと。もったいないとは思うけど」

 倉庫の中から、銃声が一発。

「……は、メール?分かった。……これはぼくの案件じゃない、口は挟まない」

 グロッグはそのまま、スマホを持つ手で扉を開ける。

「ジン、ラムから」
「何……?」
「出て」

 スマホをジンに投げ渡す。ガヴィは倉庫に入らないまま、捕らわれた二人と"もう一人"に向けて口を開いた。

「安心しなよ、すぐには殺さないらしい」

 ガヴィは、視線が自分から外れたのを感じて、グロッグをホルスターに戻した。のぞきを殺すのは簡単だが、今殺す必要もない。キュラソー奪還がメイン任務である今、某組織を相手取る暇はないのだ。
 ラムから指示を受けたジンが、スマホを投げ返してくる。
 ラム曰く。キュラソーから「バーボンとキールはノックではなかった」というメールが入ったのだという。しかし本人が送ったという確証がないため、バーボンとキールの処分は保留とし、キュラソー奪還を優先させる。
 十中八九本人ではないだろうな、というのがガヴィの予想だ。実際の文面を見たわけではないが、キュラソーならば、自分のおかれている状況について何らかのメッセージを添えているはずだ。自分のスマホから、自分の意思で、メールを打てる環境にあるのならば尚更。
 その考えを共有したところで行動は変わらないし、ガヴィとしては何も困らないので、やはり口出しはしない。
 ジンが、今度は自分のスマホからキャンティとコルンに連絡を取る。警察病院に張り込んでいた二人には水族館へ向かうように告げた。

「ジン、貴方まさか、こうなることを読んで"あの仕掛け"を?」

 ジンはベルモットの言葉に不敵に笑い、これからの行動を指示した。
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