4-2


 黒羽いわく。海外旅行から帰国し、街頭テレビの前でガヴィを発見した。狙撃から逃れた後、どこに行くでもなくじっと立ちすくむガヴィを見かねて、家に連れてきたらしい。
 ガヴィの存在だけでも衝撃的だというのに、さらりと狙撃事件を追加され、新一は車内で頭を抱えた。
 それでも、黒羽のたちの悪い冗談だと心のどこかで期待していたのだ。

「な、本物だろ?」
「そうだな……」

 黒羽家のリビングにて、壁を背にして立つ女性は、どこからどうみてもガヴィだった。
 家主の黒羽を確認していたが、あとは床に視線を落としている。足を肩幅に開き、腕を後ろで組んでいる様子は、所在なさげに立っているのではなく、控えている印象を受ける。

「コーヒーくらいは入れるぜ」
「微塵も心休まらねーんだけど」
「爬虫類だと思えって」
「有毒のな」

 黒羽に促され、恐る恐るソファに座った。壁際の爬虫類は反応を示さない。
 黒羽は慣れてしまっているらしく、鼻歌交じりでキッチンに入っていく。新一の協力がとりつけられることになり、一安心しているらしい。
 微動だにしないガヴィを注視して、黒羽を待つ。

「はいよ。名探偵はブラック?」
「ああ、サンキュ」

 新一は、黒羽のコーヒーカップに投入される砂糖を眺めながら、自分のカップに口をつける。
 黒羽の要請通り、降谷には連絡済みだ。電話は繋がらなかったため、緊急事態なので連絡してほしい旨をメールしている。赤井はアメリカにいることもあり、まだ連絡はしていない。
 予想よりずっと静かな犯罪者に、少しだけ力を抜いた。殺意や敵意がない上、一言も話さず、身動きもしない。どう考えても普通ではなかった。
 
「……コミュニケーションはとれるのか」
「食事とかトイレは好きなときにしていいって言ってる。風呂も入れって言ったら入る」
「そんなレベルなのか?」
「おう。何もないときは、ああしてじっとしてる」
「銃器は?」
「持ってるぜ。手放す気はないらしいし……無闇に奪おうとするのも、身の危険を感じるだろ?」

 ガヴィは、どこにでもある黒いシャツとハーフパンツ、素足にスリッパという出で立ちだ。
 新一はガヴィを目で示し、首を傾けた。黒羽が自身の腰を指差した後に、指で銃の形を作る。
 ヒップホルスターに仕込んであるということらしい。

「ちなみに、服は俺がコンビニで買いました」
「おう、どうでもいいわ――――あ、電話」

 表示された名前は降谷零だ。緊急事態という文言に反応して、手の空いたタイミングで折り返してくれたのだろう。
 新一はスマートフォンをスピーカーにして、テーブルに置く。
 スマートフォンから聞こえる降谷の声は元気そうだった。新一はただでさえ過労死しそうな降谷へ追い打ちをかけることに心を痛めながらも、静かな爬虫類を一瞥した。

「忙しいのにごめん。どうしても、降谷さんの協力が必要というか……とても手に負えなくて」
『……嫌な予感がする』
「今、黒羽もいるんだけど」
「こんにちはー」
『ああ、快斗君、久しぶり』
「お久しぶりです!あの、俺ん家に今ガヴィがいるんで、引き取ってもらえないかなーって」
『……はあ?』

 降谷が、自身も気にしている童顔を歪めて、到底安室とは結びつかない表情を浮かべていると、容易に想像できた。
 新一は成り行きの説明を黒羽に任せ、コーヒーを飲み進める。降谷の相槌の声は徐々に小さくなり、新一の同情を誘った。
 長くはない説明を終え、沈黙。スマートフォンから、空気をすべて吐き出すようなため息が聞こえる。
 新一も黒羽も、なんとなく姿勢を正してスマートフォンから目をそらした。

『…………とりあえず』
「ハイ」
『君たちに、危険はないんだね?』
「ハイ」
『あらゆる案件より最優先だな。何人か連れてすぐに行くよ』
「お待ちしております」

 通話が終了すると、黒羽はコーヒーを一気に飲み干して脱力した。黒羽は降谷に爆殺されかけたことがあり――真実は異なるのだが――苦手意識がいまだ消えないのである。
 新一は、黒羽とボートゲームに興じながら降谷一行を待つことにした。ガヴィの前で何を呑気にというところだが、黒羽のペースに新一もつられてしまっていた。有毒だがおとなしい爬虫類だと思えばいいのだと。




 黒羽家のインターホンが鳴ったのは夕飯時だった。家主は出前でも取ろうとピザ屋に電話をかけていたので、新一が出迎える。

「ようこそ、降谷さん」
「快斗君の家から新一君が出てきても、なんの違和感もないな……」
「ハハ、不思議と同じ顔だからな」

 降谷がリビングに入ると同時、目を見開いて硬直するので、新一は分かる分かると頷きながらソファに座った。白熱した末に勝負のつかなかったチェス盤を片付ける。
 電話を終えた黒羽が、降谷に軽く頭を下げる。
 降谷はガヴィを睨みつけたまま、黒羽に問いかけた。

「電話で聞いてはいたが、ずっとああして?」
「あ、はい。返事も一切ないっすよ」
「通じてはいる、と」
「色々話しかけてみたんですけど、どれが通じてるのかは分かりません。最低限、日本語は通じてるみたいです」

 黒羽家に上がったのは降谷のみだ。他は車内で待機、ドアの前で待機、玄関で待機、と黒羽家を包囲している。
 降谷は、床に視線を落としたままのガヴィにゆっくりを歩み寄る。睨みつけながら徐々に距離を詰め、手が届く距離まで来ると、ガヴィが前髪の間から降谷に視線を向けた。
 以前、病室で見たときよりも意思が感じられない。それよりも前、バーで出会った時よりも人間味が薄い。
 そういうシステムのような、機械的な印象を受ける。
 もう一歩近寄ろうとすると、黒羽の焦った声がかけられた。

「あ、敵意むき出しであんまり近寄らない方がいいですよ」
「これ以上はまずい?」
「多分。前、俺の幼馴染が色々と誤解して詰め寄った時……こう、ピリッと」
「その幼馴染さんは?」
「大丈夫です。止めろって言ったら止めてくれたので」
「へえ……過剰防衛システムとしては優秀だな」
「まあまあ、コーヒーでも飲みます?」
「いや、いいよ。部下もいるし、長居するつもりはない。コレを引き取って病院に放り込むつもりだ。……が、大人しく来るのかコイツ」
「来るんじゃないですか?」

 降谷は、元上司でもあるガヴィを上から下まで眺める。ガヴィは視線こそ降谷に向けているものの、体は少しも動いていない。
 降谷は腕を組み、あくまで上の立場から話しかけた。

「お前がどういう状態なのかはこれからきっちり聞いてやる。大人しく連行される気はあるか?」
「……」
「日本語が分からないとは言わせんぞ。声が出ないというなら、頷くなりなんなりしてみろ」
「……」
「首の動かし方も分からないと?」
「……」
「チッ飼い主!」
「え、もしかして俺?」
 
 ヤダヤダと顔を歪める黒羽に、降谷がガヴィを顎で示す。
 黒羽は渋々腰を上げ、ガヴィの隣に立った。
 どうしても降谷には弱いのだ。同じ顔と声の男がいますけど、と口答えする気もおきない。
 黒羽はガヴィ肩を軽く叩く。ガヴィが視線だけを黒羽に寄越す。

「この人……この人たちについて行ってくれ。俺は別に、あんたの主人じゃないからさ」
「……」
「いつも返事とかないんでこれ以上俺に出来ることはないんですけど……」
「そうか、ありがとう。じゃあ、きっちり拘束させてもらおうか」

 降谷は手錠を取り出した。ガヴィが無言で顔をしかめていたが、逃げる様子はない。黒羽の言葉と降谷の行動の意味を理解はしているらしく、大人しく手錠をかけられていた。
 新一はソファから一連の様子を眺め、とてつもない違和感に苦いものがこみ上げていた。
 出会ったら逃げるべきであると言われる凶悪犯。多数の死傷者を出して捕縛したものの、軽やかに脱走した強者。それが、こうも簡単に手錠をかけられている。一般家庭で爬虫類に徹しているのも、おかしな話だ。
 降谷も新一と同じ心境なのだろう、表情は複雑だった。

「……なあ、降谷さん。入院することになるのか?」
「検査の結果次第だけど……VIP待遇での入院もあり得る。ガッチガチに監視してやるよ」
「その、気を付けてくれよ」
「もちろん」

 降谷が話しながら、ガヴィのズボンに手を突っ込み、コンシールドキャリーを没収している。あまりに遠慮の無い動作に、新一と黒羽はやや視線をそらしていた。
 ガヴィ本人は、降谷が近づいたことに目元をひくつかせたものの、銃の回収については特に反応を示さない。
 新一にはそれが、銃などなくても敵は殺せると言っているように思えた。

「じゃあ、俺たちはこれで。ああ、狙撃の件も担当の奴に伝えたよ」
「了解でっす」
「遅くまでお疲れ様」
「そうだ、ガヴィの当初の持ち物は?」
「まとめてあります!」

 降谷がガヴィの頭に銃を突きつけ、物騒な体勢でリビングを出ていった。それを袋を持った黒羽が追いかける。
 ガチャガチャと玄関のドアが開閉する音の後、黒羽がリビングへ戻る。長いため息をついて、ソファに倒れ込んだ。

「っはー疲れた!あの人苦手だ俺」
「知ってっけど。ガヴィと同じ屋根の下で過ごすことの方が圧倒的にヤバイからな」
「そうだけどさ……そう……そうだな……俺すげえ……」
「確かに調子狂うけどな、アレ。降谷さん一発くらい殴るかと思った」

 降谷が手を挙げなかったのは、返り討ちのリスクを考えたのか。今の状態のガヴィを殴っても意味がないと思ったのか。
 新一は、しっくりこないな、と何もない壁を眺める。降谷は温厚に見えて直情型なのだ。ガヴィほど因縁のある相手を前に制御できるとは、失礼ながら思えない。
 それらしい理由をつけるとすれば、殴る気にもならなかった、と言った所だろうか。過剰防衛システムというのは中々的確な喩えだ。

「俺ん家でバトられても困るから良かったわ。これで平和にピザが食える」
「おごれよ」
「わーってるよ」
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