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 天井は高い。装飾は全て白で、少しの光でも目に眩しい。身廊を挟んで両サイドには長椅子がならび、白のサテンリボンと白い花で飾られていた。荘厳で神秘的な、挙式の会場だ。お互いを慈しみ、愛し、支え合う恋人たちが、将来への誓いを立てる場所。
 そこに一組の男女がいる。式場の下見を十全に、と急遽空いている時間帯を貸し切りにした思い切りのいいカップル――ということになっている。
 金髪翠眼の女は、最前列の長椅子に座っていた。足はそろえ、手は太ももの上で重ねている。淑女の顔に笑みはなく、とてもおめでたい行事を前にした様子ではない。
 "淑女の皮"を被った黒羽はなぜか、彼女でもない男性とそこにいた。
 黒羽は淑女然としたまま、祭壇に座り込む男を見やる。中肉中背の白人の男は黒羽から見てもハンサムで、祭壇に座り込むという品のない行動を相殺していた。
 黒羽が男と出会ったのは昨日のことだ。サミュエル・マルティネスと名乗る男は、隙のない立ち振る舞いと銃で黒羽を連れ出し、一晩ホテルに監禁し、女装を強制したものの、おおむね友好的だった。ホテルは一流だったし、十分なルームサービスが提供され、雑談にも付き合ってくれた。素性や誘拐背景は一切明かさず、脱走をほのめかせば別人と見まごう迫力で脅されたが、誘拐生活にしては快適だと言える。

「誰かを待ってるの」

 淑女の声のまま問いかける。
 誘拐当初こそ怪盗キッド関連、もしくは赤井から警告を受けていたオフリド関連かと思ったが、一流ホテルに泊まって女装を強いられるともう訳が分からない。夕食のローストビーフは美味しかった。
 黒羽は空腹を覚えながら、視界に入った金髪をつまむ。女装は金髪でグリーンアイ、と指定があり、ウィッグとカラーコンタクトと衣装にメイク道具までずらりと揃えてあった。偽名は"シャルロッテ"らしく、そう呼びかけられている。誰でもない女性ではなく、"誰か"の変装だ。男が、黒羽イコール怪盗キッドであると知っていることは確実である。

「うん。待ってる」

 黒羽を誘拐した目的や、教会にいる意味や、金髪の"シャルロッテ"が誰なのかは分からない。

「犯罪取引の待ち合わせ?悠長にしてると、貸し切り時間が終わるよ」
「大丈夫、きっと間に合うさ」
「『きっと』な時点で怪しいね。待ち合わせなら、ちゃんと連絡をとらなきゃ」
「……僕は、賭けをしてるんだ。だから連絡は取れないな」
「誰と、何を」

 踏み込んだ問いかけをしてみれば、口角を上げるだけで答えは帰ってこない。
 男が肩や首をゴキゴキと鳴らす。教会に響くほどのため息をついて、黒羽(シャルロッテ)に呼びかけた。

「ロッティ、化け物に会ったことはあるか?」
「化け物じみた人間は知ってるよ」
「それは結局人間だろう。そうじゃなくて、こいつとは違う生き物なんだろうなって」
「信念の話?それとも頭脳?身のこなし?」
「全部だ。絶対に理解し合えない、絶対に敵わないって」
「……ないわ。納得できなくても理解を示すことは出来るし、敵わないと決めつけたこともないよ」
「なら、覚悟しておくといい。人間じゃないほうが幸いだろうと思える存在は、案外身近にいるもんだよ」
「怖いの?」
「真正面からはやり合いたくないな。恨みも買っているし。だからこれはだたの嫌がらせで、僕の自己満足なんだ」
「……もしかして賭けの話?」
「そうだよ。聞いたじゃないか」
「遠回しすぎて分からなかった」

 化け物と賭けの最中だというなら、まさか賭けの対象は自分なのか。黒羽は、過った考えを自分で否定した。おそらく、黒羽が変装しているシャルロッテという女性がそれにあたるのだ。本人がこの場に来られないから、変装名人の怪盗キッドを連れ出したのだろうか。
 ただでさえ怪盗業という後ろ暗いことをしている立場で、オフリドという妙なチームに目を付けられ、加えて妙な誘拐だ。黒羽は金髪を指に巻きながら、乾いた笑みをこぼした。
 
「化け物が誰か知らないけど、わたしを巻き込んだのは間違いじゃない?わたし、結構危ない立場なの」
「分かってるよ。警護がついてたくらいだからね」
「何かあったら、あなたがわたしを守ってくれないと困るな」
「それは無理だけど、あえて危害を加えたりもしないから安心して」
「?……あなた、まさか」
「僕が君を選んだ理由は、変装技術だけじゃないってことさ」

 黒羽はローストビーフで緩んだ警戒を引き上げた。この男こそがオフリドの一員で、ガヴィの追手らしい。
 これで待ち合わせ相手が明白となった。オフリドが会おうとする人物などガヴィ以外にないだろう。化け物という評価とも一致する。この男は、ガヴィが教会に来るか来ないかを賭けているのだ。
 なるほど、と黒羽は嘆息する。ここにいるのが"魔女"ではないことにも、はっきりとした理由があったのだ。必要なのは変装の技術だけではなく、ガヴィとの関係性。
 
「ここに来るのは人間か、それとも化け物か。どっちだろうな」

 あの犯罪者が黒羽を助けるとは思えないので、男は何か別の要因をガヴィに提示しているに違いない。シャルロッテという女性が関わっている何かだ。
 黒羽はつばを飲み込んで、教会の入口を振り返った。

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