10-2


 赤井は朝から、ガヴィが狙撃されたという交差点に足を運んでいた。大した手がかりが残されていないことは分かっているが、狙撃手の自分が立てば、何か見えてくるかもしれないと。
 分かっているのは、使用した弾と、弾道から割り出された狙撃ポイント。現時点では銃の入手ルートは不明、狙撃ポイントに残留物は皆無だった。プロらしい見事な犯行だ。相手がガヴィでなければ、仕留めていたに違いない。
 あとは、ガヴィが呆然と見上げていたという街頭テレビの映像も判明している。狙撃時刻に取り上げられていたのは、怪盗キッドの報道だった。道理で黒羽がいたわけだ、と小さく笑ったのは秘密である。
 赤井は、ガヴィが突っ立っていたという場所に立って街頭テレビを見上げたり、黒羽が歩いたルートをたどったり、狙撃ポイントのビルに入ってみたりと不審な行動をとったが、新しい発見はなかった。
 無駄足かとやや気落ちしつつ、コンビニでコーヒーを購入する。駐車場の隅にある灰皿が目にとまり、一服もしていくかとタバコをくわえたところで着信があった。
 キャメルからだ。

「そろそろ彼の警護時間じゃないのか?」
『赤井さん、緊急事態です。昨晩からの警護担当者が昏倒、対象が行方不明です』

 赤井はタバコを仕舞って、駐車場へ向かった。

 
 黒羽家では、キャメルが要請した応援が慌ただしく動き回っていた。侵入経路や人数、黒羽が何か残してはいないかと躍起になっている。
 リビングに入ると、ソファに横になった美女が目を引く。あくまでも目立つという意味のみで、下心は一切ない。世間一般には美貌の大女優でも、赤井にとっては元犯罪者の厄介人物である。

「きっと連れて行かれたわ」

 ベルモットは、昨晩からの警護担当の一人だ。日本警察側が出した人材である。黒羽と面識があるという心遣いからの配置だった。警護は他に二名、黒羽家を監視できる位置につめている。
 昨晩からその任についていた三名全てが、何者かに襲われ、つい先程まで気を失っていたという。ガヴィの居場所は風見が追っていると報告があがっているので、十中八九オフリドの仕業だ。
 頭を抱える赤井に、キャメルが早口で説明した。

「定時連絡が無かったので、交代には早い時間ですが様子を見に来たところ、警護についていた全員の気絶を確認しました」
「薬品をかがされて無様に気絶、このザマよ。まだ頭が痛いわ。あとで病院に行かせて」
「そうすべきだろうな。何をされたか分からん」

 腕の立つ三人が三人ともなす術なく気絶という事態に、赤井の頭も痛くなる。とんだ大失態だ。おまけに警護対象は誘拐。まんまとオフリドにしてやられた。
 昨日、警告と警護を知らせたところだというのに。赤井は震える息を吐く。
 襲撃があった割には、部屋の中は昨日と変わらず整っていた。ベルモットの様子を見るに、ろくな抵抗は出来なかったに違いない。変わった点は、一つだけだ。

「あれは、ベルモットが彼に持ってきたものか?」

 赤井は、捜査官が囲むダイニングテーブルを顎で示す。
 オレンジ色のマリーゴールドを束ねたものがリボンで丁寧に飾られていた。小ぶりなブーケは、捜査官らに睨みつけられて居心地が悪そうだ。リボンは青系統で、妙にオレンジ色とかみ合わずちぐはぐした印象を受ける。
 
「違うわ」
「奴らが快斗君の代わりに花を?」
「そうみたいよ。マリーゴールドの花言葉は"悲嘆"から"愛情"まで様々……どういう目的でそれを選んだのかしら」
「とても、ブーケ向きではない花だろう。意味があるはずだ」
「あの子を呼んだら?」
「ボウヤなら友人とお出かけさ」
「あら残念」

 軽口をたたくベルモットだが、その表情に笑みはない。己の不甲斐なさと、黒羽の安否を思って憤っているのは明らかだった。
 赤井は他の捜査官に混ざり、ブーケを観察する。爆発物はなく、毒物らしき様子もない。店名を示すものもなく、調達先も不明だ。店名シールはあったのかもしれないが、今は見当たらない。

「ガヴィに対する、挑戦状のようなものか?」

 ブルーリボンは、ガヴィも持っていたものだ。サムシング・フォーの一つ、純潔を示す青いもの。オフリドとガヴィの間には、単なる商売敵ではおさまらない因縁があるのだろうか。
 何と無しにスマホを確認しても、降谷からの着信はない。
 そのとき、黒羽家のインターホンが鳴った。複数の足音に赤井も玄関へ顔を向け、珍しく瞠目した。
 入って来たのは、すこしばかりくたびれたスーツを着た男たち。分かりやすく、日本警察側の人間だった。その中に、逃亡中のはずだったガヴィの姿がある。目隠しと手錠をされているが、間違えるはずがない。
 捜査官たちに動揺が走る。赤井はいち早く衝撃から立ち直ると、風見に話しかけた。

「風見君。無事確保したんだな」
「ええ。それにしてもこれは……どうしたんですか。黒羽快斗は」
「こちらも、ガヴィ確保に至った経緯と、ここにいる理由を聞きたい。情報共有といこうじゃないか」

 ガヴィが「赤井か。それにベルモットもいるんだ」と呟くが、誰も返答はしなかった。ベルモットがそっとソファから身を起こしたくらいだ。
 赤井は携帯電話をスピーカー状態にし、テーブルに置いた。通話先は事務所で、ジェイムズやジョディがいる。風見も同様に携帯電話を置き、降谷と繋ぐ。話すのは主に風見、キャメル、ベルモットの三人で、ガヴィ確保とその取引、黒羽の行方不明が改めて共有された。
 赤井はガヴィの同席に眉をひそめていたものの、取り引きのくだりを聞いて納得した。黒羽家に来たのがガヴィの希望だというのならば――タイミングよく黒羽快斗が誘拐された現場に行きたいと、ガヴィから申し出があったなら――同席させてみたいという風見の意見も分かる。取り引きの範囲というよりは、反応を見るためだ。
 しかし、と赤井は横目でガヴィを見る。まさか子ども兵という言葉が出てくるとは思わなかった。ガヴィの全てを許すなど到底できないが、悲惨な過去は同情に値する。どの国でも、退役軍人が日常に戻れないケースは多い。一度戦場に浸かってしまえば、命の重みなどなくなり、他人は敵となるからだ。ガヴィが一切の良心の呵責なく人を殺せるのも、幼年期の体験のせいなのだろう。
 報告が途切れたタイミングで、風見がガヴィの目隠しを外した。
 
「それで、お前はどう思う。役に立て」

 ガヴィがぐるりと室内を見回す。赤井、ベルモット、テーブルのブーケでそれぞれ数秒を消費した後、不思議なことに少し笑った。

「なんで皆して、そんなに緊張してるんだ。ベルモットは分からんでもないが」
「そういうことを言うからだろう」

 赤井自身も例にもれず警戒したまま、そう返す。

「何も殺害予告じゃない。ただ、裏切り者には流れ弾が当たりやすいってだけ」
「……信用できる訳ないじゃない」
「そこは自由にしろ。今となっては、積極的に殺す理由もない。組織にいたときはともかく、今はベルモットに限らずそんなすぐに殺さな……いこともないか」
「ほら、緊張が解けるわけないでしょ」
「疲れるだろ。僕の仕事上邪魔になったらやむなく殺すくらいだ」

 いつでも一般人然とした犯罪者が、首を振りながら言う。
 風見の携帯から、怒りを含んだ声がした。

『嘘つけ。ピクルス抜いておこう、くらいの気軽さで人を間引くだろ』
「そうかもな」
『ピクルス美味いのに。仲良くなれそうにないな、嬉しいよ』
「きみは非喫煙者だから、僕としては好ましいんだけど。残念だ。まあ、それはともかく」
 
 赤井はガヴィに視線をむけられた。ガヴィは挑戦的な目で、本当に分からないのか、と言いたげだ。ただでさえ高い嫌悪感に苛立ちを煽られ、静かに目を細める。大変しゃくだが握っている情報量が違うのだ、赤井から語れることはない。
 「僕にサムシング・フォーを語ったなら、知っているかと思ったんだけど」ガヴィはそんな風に前置きして話し始めた。

「オレンジのマリーゴールドの花言葉には"復讐"がある。つまり僕宛て。前もオレンジのマリーゴールドを使っていたから、これは確かだ」
「前?」
「それを聞きたいなら僕を逮捕してからだ。……で、"オレンジ"っていうのが洒落ている。オレンジ、ブーケ、ブルーリボン。分かりやすい、黒羽快斗の居場所はチャペルだ。ヘビのモチーフを使っている場所を探せ」
『なるほど、オレンジは色ではなくてフルーツね』
「よく知っていたな、スターリング」
『雑学程度よ。ヨーロッパのジンクスだったかしら。婚約したら男性が女性にオレンジの花を贈るって』
「そう、由来は古い。ギリシャ神話で、天帝ゼウスが女神ヘラに贈った花がオレンジの花とされている。つまりこのブーケは、僕への"復讐"と花嫁の幸せを願ってるんだろう。……その顔だと、きみらはヘビについても知らない?ヨーロッパでは"愛の象徴"なんだ。ヴィクトリア女王の婚約指輪もヘビのモチーフだった。ああ、ヴィクトリア女王は知ってる?」
「当たり前だ、馬鹿にするな」

 風見がたわむれを切り捨てる。
 赤井は納得しながら、ついと部屋に視線を走らせた。一人息子がほぼ一人暮らししている家にしては綺麗で、整理整頓されている。時折訪れるという幼馴染が片付けを手伝っているのかもしれないが、本人も乱雑な状態はあまり好かないのだろう。
 昨日と変わらない家に、ヘビの姿はない。

「ヘビは、どこにある」

 絵もメッセージも置物も実物も、ヘビに繋がるものはない。ガヴィは捜索する場所を"ヘビのモチーフを使用した"結婚式場に絞っていたのだから、どこかにヘビがあるはずだ。
 赤井の問いかけに、ガヴィが手錠をかけた両手を胸のあたりまで上げる。

「僕だ」
「酒なら分かるが、ヘビがお前?」
「兵士時代のあだ名。もしかしたら、そこから僕の出生も分かるかもしれないな。ずっと前に死んだことになってる人間を探っても、何も楽しくはないだろうけどね」
「……毒蛇か?」
「ブラックマンバ。世界最強と名高い、猛毒蛇だよ」
「は、ぴったりじゃないか」

 赤井は、乾いた笑みを浮かべながらもぞっとした。子ども兵の時の呼び名に"ブラックマンバ"が使われるということは、ガヴィの戦闘能力は近年始まったものではないらしい。小さなころから、殺人技術に長けていたのだ。そういう才能を持って生まれた人間が、その才能を生かす機会に恵まれすぎたのだ。
 そのまま戦場に居続ければどうなったのだろう、とふと思う。"白い死神"に並ぶ異名を与えられていたかもしれない。
 
「そうだとしても、ヘビが黒羽快斗の居場所を示す手がかりになるかは分からないのでは」

 もっともなことを言ったのはキャメルだった。ヘビに関しては、オフリド側が残したものではなく、ガヴィのかつての呼び名がそうだっただけ。
 懸念を示す赤井らに対して、ガヴィは確信をもって「なるよ」と言い切った。

「なぜなら、全て先回りされているからだ。僕の旧友は知らない間に相当厄介になったようだ。……赤井も知っているだろ、僕の逃走経路をつかんで廃モーテルで襲撃してきたことを。日本での狙撃だってそうだ。僕の行き先に予想を立てて待ち構えていた。ここ(黒羽家)へだって、僕が来ると分かってブーケを置いた。それになにより……最初から一枚上手だった。ただタイミングが良かっただけにしろ、オフリドは僕より先に日本に来ていたんだから」

 赤井は眉をしかめて口を挟む。

「それは、違うだろう。俺たちFBIは、ガヴィを追ったオフリドを追って来日したんだ。サミュエル・マルティネスを名乗る男が空港にいたからと」
「僕より先に来たのがマルティネスかどうかはまだ分からないけど、オフリドメンバーの誰かがいたのは確実だ」
「来日してからほぼ身柄を警察に拘束されていたのに、なぜそう言い切れる」
「降谷が教えてくれた。"宮野明美の捜索依頼があった"のだと」
『ああ。捜索依頼について知っていることはあるかと聞いて――――お前は、そうだ、言っていた。オリヴァー・トムソンは本当に宮野明美を探している訳じゃない、と』

 降谷が息を吐いたのが分かった。
 ガヴィの情報開示により、点と点が繋がっていく。

「宮野明美が写った写真を覚えているか。縦長だったな?どうせ、携帯で撮影したとでも言い訳されたんだろうが、あれは元々普通のL判横向きの写真のはずだよ。センターに写っていた人物を切り取ったから、あんな妙な縦長になっているだけだ。他の幹部が知らないだけで、基本的に一人行動の僕は、何度か宮野明美の監視任務にあたったことがある」
「じゃあ、あの写真に写っていたのはお前だと……それより、明美は一言もガヴィとの関係を」
「あれは純粋すぎるから、"良くしてくれる同性の組織幹部"である僕をFBIに売れなかったんだ。そもそも、僕のことだって単なる下っ端だと思っていた節がある。僕はあの写真の流出を知っていたから、降谷に切れ端を見せられた時点で分かったんだよ、後手後手だって」
「オフリドの誰かは、ガヴィの痕跡を辿る一つの手段として明美が出入りした毛利探偵事務所に足を運び、その後、ガヴィのカバーを突き止めてアメリカから去るように誘導し、逃亡手段を特定して待ち伏せし、逃亡先では狙撃を試みた。さらに、ガヴィが黒羽家へ来ることも予測していた、と?」
「ああ」

 ガヴィの言う「先回りされている」は、赤井らがこの騒動に気付く前から始まっていたらしい。
 赤井は深呼吸をしながら、時系列に物事を整理していく。後手に回っているということも認めざるを得ない。FBIや日本警察どころか、ガヴィまでもがオフリドの手の上だ。
 オフリドの能力の高さには驚愕を通り越して感嘆も混ざるが、ガヴィへの執念深さに気味の悪さを覚える。ガヴィは、幼い頃の復讐だと言う。これはアメリカマフィアの精鋭とFBIと日本警察を巻き込んだ、大掛かりな私闘だと。

「黒羽快斗が巻き込まれたのは?」
「僕の友人枠として、僕を助けた彼を採用したんだろう。あいつは僕に、自分と同じ思いをさせたいんじゃないかな」
「っなら危険じゃないか!」
「だからさっさと取引をして、ここに来るよう言ったんだけど」

 なあ、風見、と。ガヴィが肩をすくめる。
 赤井は思わずダイニングテーブルに八つ当たりしかけるが、先に風見の携帯から『ダンッ』と激しい音がした。以前は赤井が先に感情的になったが、今回は降谷が先だったようだ。何が犠牲になったのか、後ほど確認したい。

『あと三十分待て……式場を絞り込ませる……』

 噛みしめた歯の間から絞り出すような声だった。


 降谷からは、きっかり三十分でデータが送られてきた。ヘビのモチーフ、挙式場を貸し切りにしている客の有無で絞り込まれた、ある結婚式場だ。リゾートスタイルの邸宅と庭園が自慢の、ゲストハウスウエディング。黒羽快斗失踪から一夜が明けているので、黒羽家からの距離は判断材料にならず、降谷らはヘビをモチーフに使っている結婚式場を片っ端からあたったらしい。

『名義はサミュエル・マルティネスとシャルロッテ・ブラック。隠す気が微塵も感じられなくて腹が立つし、お前の友人とやらこそがグルームらしいな』

 早口の降谷にガヴィは「あいつがマルティネスっていうのは、僕も知らなかったよ。随分、物騒な方向に成長したんだな」そう、お前が言うな、と風見が口を挟みそうなコメントを返した。
 風見はまたガヴィとともにSUVに乗り込み、結婚式場へ向かった。高速道路を使って二時間と言った所だろう。後ろにはFBIの車が続いた。
 
「また"シャルロッテ"か」

 再び目隠しをしたガヴィに声をかける。
 シャルロッテという名前は、ガヴィのセーフハウスにあった青いリボンに刺繍されていたものだ。一時はガヴィの本名かと疑われたが、本人が否定している。
 それでもここまで情報が開示されれば、それが誰を指しているのかは風見も気づいていた。

「お前が殺した、友人の名だな」

 黒羽が"死んだ友人"と見立てられ、シャルロッテ・ブラックという役名ならば、それがガヴィの殺した友人だと考えるのは自然なことだ。グルームは、殺された友人/シャルロッテの復讐のためにガヴィの友人/黒羽快斗を人質に、ガヴィをおびき出そうとしているのである。
 風見の言葉をガヴィは否定しなかった。「ブラックは僕のことだろうけどな」とだけ補足してくる。
 それ以降、車内は無言。行き先と相手の目的がある程度判明した以上、ガヴィとの会話はむしろ避けたいことなのだ。
 道中は渋滞に見舞われることもなく、予定通り二時間弱で結婚式場に到着する。警察官らや捜査官らが車から放出され、式場を包囲し、慎重に建物内へ足を踏み入れた。
 風見はガヴィとともに車内で待機していたが、そう平和に全てが収束するわけもなかった。

『風見さん。挙式会場は二階で、標的は黒羽快斗とともに立てこもっていると見られます。我々の到着をかぎつけたのか、スタッフに伝言を』
「何と」
『式場に"待ち人"以外が入れば黒羽快斗を殺す、と』
「説得は?」

 風見の問いかけへの返事は、電話ではなく車内からあった。

「応じるわけがないだろう。一般人じゃあるまいし」
「お前は、口を、挟むな」
『……披露宴会場にいた別団体は避難中です。どうしますか』
「時間は」
『貸し切り時間が午後四時までだからか、四時までだと言っているそうで……あと十五分です』

 対応次第では、あと十五分で黒羽快斗が殺される。
 風見は電話口で舌打ちをした。

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