10-3


 午後三時五五分、ガヴィは両開きの扉の前にいた。
 手首には手錠、ポケットには発信機と盗聴器、耳にはインカム、ついでに防弾チョッキも着用し、重装備で挙式会場を前にしていた。
 風見から何やら細かい注意をされた気もするが、気にしていない。『ある程度は好きにしていい』という言葉だけはしっかり覚えている。

「今から入る」

 そう短く告げ、挙式場に体を滑り込ませた。
 中は白だった。床も天井も壁も全てが白。控えめな間接照明だけにも関わらず眩しく感じてしまう。
 ガヴィはさっと視線を走らせた。身廊を進んだ先に一人、白人の男が立っている他、長椅子に見知らぬ女が腰かけている。他に人間はいないようなので、彼女が黒羽なのだろう。 
 ガヴィの背後で扉が閉まる。

「元気そうだね」

 白人の男、サミュエル・マルティネスが銃を弄びながら問いかけてくる。ガヴィに銃は通用しないと分かっていて、ただポーズのために持っているのだろう。黒羽に向かって銃を構えないのは、流れるように殺す自信があるからだ。
 ガヴィは身廊の端に立ったまま、つま先で床を叩いた。

「お陰様で」
「ブレスレットもお似合いだ」
「だろう?」

 一歩、足を進める。黒羽が息を飲んだ気配はしたものの、マルティネスがガヴィを制止することはなかった。さらに歩みを進め、マルティネスと三メートルほど間を空けて立ち止まる。
 マルティネスは満足そうだった。何がおかしいのか、ガヴィを見てからというもの笑みを深めている。
 ガヴィは、圧倒的に不利な態勢にも関わらず冷静だった。インカムの向こう側から緊張が伝わってきているものの、伝染することはない。
 黒羽を殺させず自身も害されずにマルティネスを確保する自信があるから、ではない。ガヴィは死んでもいいと考えて、今この場に立っていた。

「ロロを殺した復讐なら、遂げさせてやってもいい」
「待て待て、気が早いなあ。久しぶりなんだ、少しくらい話そうよ」
「黒羽快斗がいなければ、そうしてやってもいいんだけどさ」
「ああ、インカムがうるさい?我慢してよ、彼がいないと突入されて終わりでしょう。それに、どう?ガヴィのためにシャルロッテ仕様にしたんだけど」
「似てるかもね。ロロがこんなに美人に成長したら、世の男たちは放っておかないな」

 黒羽に「似合ってるよ」と声をかける。黒羽はぎょっとしていた。こっちに話を振る余裕があるのか、と言いたげだが、長椅子に座ってガヴィとマルティネスのやりとりを静観している彼こそ、人質にしては呑気なものだった。首を突っ込まず息を潜める、という点では正解である。
 ガヴィからマルティネスに話すことはない。肩をすくめると、マルティネスは思い出を語るように話し始めた。

「一年半前、ある取引が中止になった。運悪く抗争に巻き込まれたんだと考えていたんだけど……そこに、その界隈では有名な悪党の姿があったものだから、きっと彼女が手を引いたんだろうと、僕らのボスは彼女の調査を命じた。今までは手を出さなかった人物だ。けれど、その大きな後ろ盾が倒れたことは誰もが知っていたから、良い機会だから殺そうと……僕からすれば、ハイリスクローリターンな方針が固まってしまった」
「『固めさせた』の間違いだろう」
「ははは、そうだよ。なにせ、昔の知り合いにそっくりだったんだから」

 ストーカーが始まったのは、ちょうどその時期からだった。ガヴィはすぐにストーカーに気づき、原因を突き止め、相手を探るべくアメリカに飛んだのだ。ゲストの仕業だと分かっていながら放置するほど、ガヴィは彼らを甘く見ていなかった。今後の仕事に支障が出ると判断を下すのは早かった。
 インカムから赤井の声がする。『まさか、ボウヤを助けたときのことか』「そうだよ」隠す意味も無いので、すぐに肯定する。
 マルティネスが感慨深げにガヴィを眺める。ガヴィもまた、まじまじをマルティネスを見た。

「ガヴィ、変わってないな。痩せすぎじゃないか」
「誰かさんのせいでね。そっちこそ、頬が少しこけている」
「これは"役作り"の影響が少し残ってるんだ。愛妻を失ったから」

 ガヴィの脳裏に、宮野明美の姿がよぎる。なるほど、毛利探偵事務所に現れたオリヴァー・トムソンもサミュエル・マルティネスの変装だったわけだ。トムソンの写真を見ていればすぐに気づけただろうが、日本警察はそれをガヴィに示していなかった。入手していなかったのかもしれない。マルティネスはゲストのリーダー的存在だ、街の監視カメラを把握していて当然だろう。
 敵ながら、仕事の華麗さに感動すらする。マルティネスが何でもかんでもこなしているのは、自身への執着からだろうか。

「僕と会うために、随分ご苦労なことだな」
「本当だよ、大変だった」
「狙撃で殺せていたら早かっただろうにね」
「あれは腑抜けたガヴィを試しただけだ。案の定、狙撃で死んではくれなかった。本当に嬉しかったんだよ」
「こうして一対一で会って、ようやく満足した?殴り合いの喧嘩でもする?無抵抗で殺されてやるって言ってるのに、きみはその銃を使わないんだろ」
「そりゃ当然さ、だって――――僕は、賭けに勝ったんだからな!」

 突如、マルティネスが腹を抱えて笑い出す。銃を落とし、身体を丸めて、声を立てて笑う。妙な毒でも盛られたのかと疑う勢いに、さすがのガヴィも呆気にとられた。
 それにしても、賭け、とは。
 ガヴィは思考を巡らせる。自分は体よく利用されただけで、マルティネスには別の目的があったのだろうか。日本警察とFBIと国際指名手配犯をここまで翻弄しておきながら、目的が別などありうるのだろうか。アメリカマフィア関係で、なにかきな臭いことはあっただろうか。いや、ここしばらくはガヴィといえども情報を集められていない。まだ後手に回っているのだろうか。
 難しい顔をするガヴィに、目に涙をためたマルティネスが叫ぶように言う。

「ほら、全然思いつかないんだろ!全く、自分が惨めになってくるよ!それでも僕は勝ったんだ!こうして、ここに、お前がいるんだからな!」
「まさか……」

 ガヴィは、一連の出来事を幼い頃の復讐だと思っていた。原因は過去を思わせる行動や電話である。
 蛇の指輪。蛇の名で呼ばれていた子ども兵時代を思い出すのは容易だった。
 花言葉に"復讐"を持つ、"オレンジ"色のマリーゴールド。花嫁を夢見ていたシャルロッテと、彼女を殺したことを連想した。
 ドイツ語での電話。シャルロッテの出身で、彼女から教わった"ドイツ語"という言語はガヴィにとって特別な言葉だ。
 そして、過去を強く意識したまま行動した挙げ句の"幼児退行"だ。ロサンゼルスのモーテルで銃撃戦があった際、白いシーツとグリーンアイの赤井秀一に強く記憶が揺さぶられ、来日して目にしたエメラルドにとどめをさされたのである。心底認めたくはないが、ガヴィ自身そう判断していた。
 それらが全て勘違いだとしたら。
 
「凄腕でも化け物でもない、過去に縛られる人間だったんだよ、ガヴィ!」

 自分自身で口にした言葉が蘇る――『随分、物騒な方向に成長したんだな』と。戦場で生き延び、紆余曲折あってアメリカマフィアに所属するに至ったのだと、特に疑問も抱かず考えていた。なぜなら、自分がこうして生きているからだ。あの戦場から生き延びた子どもという例がある以上、ガヴィはもう一人の幼馴染の生存を否定しなかった。
 しかし、何度も疑問には思えたはずだ。"ただの兵士あがりの人間が、ここまで巧妙な手は使えない"と。ガヴィの思考を想定し先回りするほどなのだ、相当の執念と、"自身と同じ教育"を受けていなかれば出来る芸当ではない。
 つまり、彼は。

「お前、ココじゃどころか、あそこの……!」
「ほうら、そうやってすぐに口を滑らせる。スパイらしさはどうしたよ」
「Scheisse!」

 悪態をつくと、マルティネスはまた笑う。

「過去に囚われたただの人間がここにくるか、冷静を取り戻した化け物が僕の行動を読むか、賭けていたんだ。嬉しいよ、お前はただの人間だった!死に場所を求めて来たんだろ、残念だったな!」

 ガヴィは拳を握った。インカムがうるさい。黒羽からの視線も鬱陶しい。
 幼馴染の復讐なら、死んでもいいと思ったのは事実だ。あの戦場で間違って生き延びてしまった自分は、もう十分生きただろうと。胸糞悪い約束が呪いになって、自分の無意識に絡みついていたけれど、もう一人の幼馴染に殺されるのならば、きっとシャルロッテも許してくれるだろうと。
 ガヴィは床を蹴った。容易くマルティネスを引き倒し、馬乗りになる。
 マルティネスは笑顔を崩さない。ガヴィが冷たく見下ろしても、楽しげにするだけだった。

「最高の気分だ。お前を化け物の座から引きずり下ろせたんだから。……僕からのプレゼントも、楽しんでくれ」

 マルティネスは笑顔のまま、奥歯で何かを噛み砕いた。

 
 
 ガヴィはマルティネスの首に指先を当て、脈を確認する。

「おい、何があった……?」
『何をしている、説明しろ』

 黒羽とインカムから同様の問いかけがあり、ガヴィは顔をしかめる。マルティネスの懐を探って針金を見つけると、あっという間に手錠を外した。軽く手首をストレッチしてから、マルティネスが落とした銃をとる。弾が入っていることを確認し、ズボンに突っ込んだ。

『説明しろと言っている』
「マルティネスは死んだ。歯に毒物を仕込んでいたんだ、よくあることだろ。もう入っていいぞ」
『さっきの会話の意味は』
「あとで説明する。おい、黒羽」
「えっはい!」

 なだれ込んできた捜査官を避け、ガヴィは黒羽の背後に回った。赤井という厄介人物が来る前に済ませなければと、早口で問いかける。降谷もいれば厄介さは倍増だが、幸い彼は今現場にいない。

「マルティネスは、他になにか言ってた?」
「他にって……俺には、今までのやりとりの半分も分かってないのに」
「マルティネスが言っていただろ、僕がここにくるか、行動を読むか賭けていたと。この場所以外にも、何か手を回しているはずだ」
「そう言われてもな……ガヴィに対する嫌がらせをしてるってことくらいしか」
「……分かった」

 ここまで先回りをしてみせたマルティネスのことだ、何か準備をしているに違いない。結婚式場周辺の様子を思い起こし、ふと気づく。式場の前の道路に、トラックが止まっていたはずだ。
 ガヴィは、近づいてきた捜査官に黒羽を押し付ける。
 手錠をしていないことがバレるも、さしたる問題ではない。向かってくる警官を避け、投げ、殴る。FBI捜査官も、味方が多くとてもじゃないが発砲できないようだ。ガヴィは自身の倍ほどある屈強な男ですら簡単にいなし、挙式会場から脱出した。

「待てガヴィ!」
「待たない」

 最警戒していた赤井の登場には口を引き結んだが、戦うのではなく逃げることに専念すれば対応はそう難しくない。時間を取られて包囲されるのは御免だと、威嚇射撃をはさんで速やかに突破した。『何をする気だ!』インカムから風見の声がする。ガヴィはインカムをむしり取って捨てた。
 結婚式会場から出た途端発砲されるが、難なくかわす。そのまま目星をつけていたトラックに走り、鍵のかかっていない荷台を開いた。
 一台のバイクが、鍵をさしたまま放置されていた。

「至れり尽くせりだ」

 ガヴィはフルフェイスのヘルメットをしてバイクにまたがると、トラックの荷台から飛び出した。


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