01.宵闇に静かに響く足音を


気付いたら新しい人生が始まっていた。顔も名前も違うわたしが、いわゆる過去?前世?のような記憶を思い出したのは幼い頃だった。前の人生、歳とって死んだ記憶もないけど。家族も友達も、以前のわたしが大切に思っていた人はもう誰も居ないんだと知り、途方に暮れた。過ぎたことだと割り切って、この人生の家族や友人を大事に生きていこう…と思ったんだけど、この人生の家族はとにかく最悪だった。
暴力を振るう父親、ヒステリックでメンヘラな母親、祖父母や叔父叔母とは会ったこともないから縁が切れているのだろう。幼い体により、ちょっとでも失敗すれば父親に叩かれる。始めは痛過ぎて泣いたけど、泣けば泣くほど殴られることに気付いたので、逆に泣かないで居たら被害妄想の激しいヒステリックな母親が詰め寄ってくる。もう地獄だ。わたしが人生2回目でよかったな。このわたしが本当にただの子供だったらストレスと暴力で死んでるよ。最低だよ。
高校生になった頃、母親は不倫して家を出て行った。暴力を振るう父親は、時々泥酔して家に帰ってきては眠る私を叩き起こし、怒鳴り散らして暴れ倒していった。当然だけどこんな生活耐えられるわけもなく、どうにか高校卒業と同時に実家を出た。
学費があまりかからない、地方の国立大学に進学して、奨学金を使った。社会に出た瞬間から借金か。あーあ。

とにかく必死で生きてきたけど、親から離れてみてようやく色々と見えてきた。何がというと、この人生はわたしが以前歩んだ世界とは少しばかり異なっているということ。東京都を「東都」と略す。ベストセラーに選ばれた推理小説の作家の名前が工藤優作。有名アイドル沖野ヨーコ。地方に住むわたしが触れた情報はこれくらいだけど、お察し状態だ。以前の人生の漫画で見たことある名前だな。そういうことね。
しかし実際わたしが住んでいるのは東京都から離れた地方。東京都に遊びに行くことはあっても漫画の登場人物たちが生活するような地区には行かないし、すでに誰かと繋がりがあるとか、そんなこともない。結局何も変わらない。ひとまず、この人生をできるだけ幸せに歩みたい。今のところ不幸続きだけど。

大学を卒業して就職した会社がクソクソクソクソブラックだった。またハズレを引いた。この人生あまりにもめちゃくちゃハードだな。
クソクソクソクソブラック企業を辞めるために転職活動を始めた。クソブラック企業は本当にクソブラックで、説明会では「残業時間はほぼありません!」と言っていたのに、実際は「(記録に残る)残業時間はほぼありません!(全員サービス残業してます!)」というカス会社だった。仕事量おかしい。新卒にやらせる仕事じゃない。人生2回目ということで、変な責任感だけ微妙にあったので、うっかりそのま数年クソブラック弊社に勤めてしまったけど、案の定身体を壊したので退職。いい加減やってらんね〜!!!とようやく思えたので、退職できた。次の勤務先を得るべく面接に向かう。

今日の面接はなんと東都で。わたしが希望したのは地元にある支社の事務だけど、最終面接は本社で行うということで、リクルートスタイルで向かった。まあまあの手応えだと思う。最終面接まで行けたってところでもう受かったと思ってしまうのが悪い癖かもしれないけど、お陰で心の余裕を持って面接を受けることができた。
地元までは新幹線で帰るので、ちょっとくらい東都で遊んで帰ろうと思った。一人だけど、せっかくの機会だ。なかなか来ないしね。交通費も会社持ちだったし。お買い物して、美味しいご飯を食べて帰ろう。最悪終電に間に合えば良い。現在無職なので。
もちろん好奇心に負けて米花町なんてところに近付いたりはしない。そんな恐ろしいことはできない。学生時代の友人がインスタに載せてたカフェに行こうと思った。ちょっと駅から離れていて、人通りの少ない場所にあるようだったけど、味はとても良かった。夜ご飯をどうしようかと考えていたら、近くに個人経営の小さなバルがあるのを見つけたので、そこでワインと肉をペロリと食べた。お値段は少々張ったけど、たまには贅沢してもいい。そう思う。
ほろ酔いで最高の気分のまま駅に向かおうと地図アプリを開いたけど、それなりに歩く距離だ。携帯の充電が少なかったので、道順を覚えて電源を落とそう。直進、3つ目の信号で左折、細い道を道なりに進んで、公園を抜けて、大通りに出る。よし、多分覚えた。

記憶の通りに歩いている。もともと人通りの少ない場所だったけど、歩けば歩くほど人影が少なくなる。本当に駅に向かってるのかな。この地図アプリは時々近道です!って教えてくる道がめちゃくちゃ細かったり、こうやって人通りが少なかったりする。初めての土地だと地図を見ただけではその判断ができないから困る。とにかく進むしかない。まあ、どうにかなる。
このあと、わたしが道を間違えた理由は、酔っていたからだ。公園を抜けて大通りに出るはずが、公園を抜けても大通りがない。公園の出入口は1つじゃなかった。そのことに気付いて引き返せば良かったのに、不思議だなあと思いながら大通りを探してそのまま歩いた。なんでだ。本当にわたしってアホ。お酒もう飲まない。絶対。

さて、そのまま酔っ払いのわたしが辿り着いた場所は、海が近いみたいだった。なぜ?不思議だなあと思いつつ、人を探した。完全に迷子だと自覚したから、駅の方向を教えてもらいたかった。でも人が少ない。歩いている人がいない。あー、どうしよう。ゆっくり進むと、風に乗って微かに誰かの話し声が聞こえてきた。人がいる!嬉しくなって、声の方に歩く。ビルの狭間の細い道の奥に、どうやら人がいるようだった。なんでこんな変な場所に?と思ったけど、酔っ払いの頭からその疑問はすぐに飛んでいった。人影が見えたからだ。
「すみませーん」
わたしが声をかけて近付くと、暗闇に居た人影が動いた。早足で近付いてくる。え?おかしい。なんだかとっても悪い予感がする。外灯が当たる場所に出てきたその人は男性で、綺麗な金髪で、目の色は透き通るような青。両手にレザーの手袋、右手に銃。真剣な表情のその人は、左手でわたしの口を塞ぎ、壁に追いやった。音もなく、そっと「しずかに」と伝えられた。静かにどころか、恐怖で声も出ない。

「ええ、大丈夫です、片付けますから」

金髪の男性が、わたしには見えない奥の場所にいる誰かに向かって言った。片付けるって、わたしを?そういうこと?あーあ、人生終わった。ふと奥を見ると、倒れている人がいる。血も流れている。そういうことね。あの人も終わったのね。次は目撃者のわたしね。金髪の男性は、躊躇なく銃口をわたしに向けて、引き金を引いた。