12.気がつく人と無神経な人

単独行動は凶、だけどこの部屋に留まるのはもっと凶、すなわち大凶。もうキャパシティオーバーだ。安室さんと毛利さんが死体について調べているのを見て、現場慣れってすごい、と思いつつ。浅い呼吸しかできなくなっている自分に気が付いた。さっきまでピンピンだった脚もガクガクだし、衝撃が強すぎて体全体が震える。怖いって言うより、衝撃だった。
壁伝いにヨロヨロと歩き、震える爪先で靴を履き、玄関の扉を開ける。外の空気を吸って、ようやく呼吸が整った。
腐敗した死体の匂いを知ってしまった。二度目の人生だけどこの経験はさすがに初めてだ。手が震えている。胸の前でギュッと握っても震えは止まらない。
あの日わたしに向けて発砲して気絶させてくれた安室さんってめちゃくちゃ優しかったんだな。銃声もそういえば静かだった。銃声を静かにさせるような、特殊な機器があるんだろう。こんな時に考える事じゃないけど、心から思った。正直ボコ殴りにしてくれてもいいから今すぐ気絶したい。そして明日目が覚めて「あー怖かった!」で終わりたい。
気温は低くないのに、体がガタガタ震える。早く落ち着きたい。震えるのも体力使う。今夜ちゃんと眠れるかが心配だ。目を閉じると、外に出たからもう死体の匂いはしないはずなのに、心なしか匂う気がする。ポアロで聞いた銃声が遠くで聞こえる気がする。怖すぎる。完全にトラウマでは?

「先に車に戻る?」

背後から突然声をかけられて、大袈裟に跳び上がった。心臓に悪い。もうわたしの心臓はヨワヨワだ。振り向くと、安室さんが車の鍵を差し出していた。

「僕らはもう少し中を調べたら車に行くよ。ここより落ち着くだろ?」

ぎゅっと握り締めたままの私の手を、安室さんがゆっくり解いていく。そこに鍵が乗せられた。確かにそう。ここにいるより絶対に車にいた方がいい。なんて気が効くのだろう。もしかしてお手洗い借りたいとか全部屋見せてくださいとかめちゃくちゃ似合わない発言の数々は元からこの家を怪しんでたのかなと今更ながら思う。こんなに気がつく人なんだから、無意味に人が嫌がりそうなことしないもんね。納得した。お言葉に甘えて先に車に戻らせてもらうことにした。去り際にぽんぽんとわたしの肩に触れていった。心配されていたのか。そうか。

駐車してある安室さんの白い車に乗る。助手席だ。どっと疲れた。力を抜いて背もたれにぺったり張り付く。こんなに濃い1日はなかなかないだろう。わたしが死んだあの夜よりも濃いような。でももう部屋から、毛利さん一家から離れたから、今日は終わったのではないだろうか。コナンくんもいることだし、彼らが部屋でパパッと解決だ。解決というか、もう犯人は樫塚さんしか居ないんだけど。いや、わたしの知らない人かもしれない。勝手に犯人にするのは悪いかもしれない。事情も何も知らないのでわたしが考えても意味がない。第一殺人事件があったあの毛利探偵事務所に居て、現在逮捕されておらずに帰宅できてるということは、犯人ではないということ?では?申し訳ないこと考えちゃったな。勝手に人殺しにしてすみませんでした。