47.いつもの朝

7時半にアラームが鳴る。そこから10分刻みで何度もアラームが鳴って、8時になって飛び起きる。安室さんが居る日は、私よりもうんと早起きの彼が朝食を作ってくれる。いない日は、朝食を用意する時間なんて無い。顔を洗って化粧して、髪もセットして、服を着替える。どんなに急いでもこの時点で8時半は超える。家を出るのは8時45分だ。持ち物を確認する。こんなのは前日の夜にやっておけばいいのに、どうしても当日の朝に先送りしてしまう。だらしない。玄関の鏡の前で身なりを確認する。髪よし、顔よし、服装よし!忘れ物は無いと思うし、指輪も嵌めてある。
エレベーターで1階に向かう間に、スマホで今朝のニュースをチェックする。トップニュースは首都高の事故だ。炎上して大騒ぎだったらしい。何台も巻き込んだけど死者はいない。昨夜の私はバイト終わりに借りてきた海外ドラマのDVDを見ていた。夕飯を作るのは面倒で、安室さんもいなかったのでコンビニで買ったポテチでカロリー摂取していた。

最近の安室さんは本職で忙しいようで、あまり姿を見ていない。あの一件が一応解決したことから、電車で通勤する許可を得た。携帯を肌身離さず持っていることが条件だ。以前トラックの荷台に閉じ込められた時のように充電切れなんて失態はもう許されない。携帯用のバッテリーも買って、いつも持っている。
今日の出勤はお昼までだ。午後の予定はなにもない。ポアロに到着して、エプロンを着る。お店の前を掃き掃除していると、目の前に黄色の可愛い車が停まった。窓が開き、そこから見知った子供たちが顔を出した。

「名前さんだー!」

運転手は阿笠博士。挨拶をすると、みんな笑顔で返してくれた。毛利探偵事務所からコナンくんが出てきて、階段を駆け下りる。あんまり急ぐと危ないよ。

「今日はみんなでおでかけなの?」
「うん。東都水族館に行くんだ。遊園地と一緒にリニューアルされたからね」

今日オープンなんだよと歩美ちゃんが教えてくれる。楽しそうだ。わたしは絶叫系が大好きだし、水族館も好き。涼しいから。車に乗り込むコナンくんを見届けて、楽しんできてねと手を振る。窓から顔を覗かせた歩美ちゃんが、名前さんもいっしょに行こうと言い出した。

「行きたいけどな〜。今日はお昼までポアロでお仕事なの」
「じゃあお仕事終わったら来てくれる?」
「行けなくもないけど、私が居ても邪魔じゃない?」
「ぜーんぜん!ぼくたちも名前さんと遊びたいんです」

歩美ちゃんと光彦くんは、意外と押しが強い。確かに退勤後の予定はないし、今後一人で行くのも寂しいし、安室さんを連れまわすわけにもいかないし。子供の付き添いでというのは行くのに十分な理由だ。いい機会だし、行くことにした。

「じゃあお昼から向かうね。電車で行くから、着く時間が分かったら連絡するよ。コナンくんの番号でいいかな?」
「うん!大丈夫!」

コナンくんと連絡先を交換して、出発する彼らを見送った。楽しみになってきた。退勤まで3時間ほど。気合入れて頑張っちゃう。
そういうわけで、午後は子供たちと東都水族館に行くという話を梓さんにすると、安室さんはいいんですか?と聞かれた。連絡しておけば大丈夫と答えると、そうじゃなくて!と詰め寄られた。

「東都水族館と言えば定番デートスポットですよ。初めては安室さんと行かなくていいんですか?」
「そんなの気にしてられませんて」

わははと笑い飛ばしてしまう。わたしたちは、そんな甘い関係とは程遠いのだ。デートなんて機会はない。
安室さんとは時々同じベッドで寝る。私から彼の部屋に行くことはない。安室さんが私の部屋に来るのが合図だった。彼に抱かれるのは昇天しそうなほど幸せで、夜を重ねるほどにこの人を愛してしまう自分が恐ろしかった。安室さんがどういう気持ちで私を抱くのかはわからない。でも、婚約者がいると周囲に知らしめたのに、婚約者以外の女と寝るのもおかしい。そういうことなんじゃないかと思う。私が同居する安室さんが小汚いおじさんじゃなくて良かったと思ったのと同じように、彼も婚約者役にした女が小汚いおばさんじゃなくて良かったと思っているのかも。言い方は悪いけど、婚約者役兼性処理役なんだろう。それでもいい。安室さんからの愛がなくてもいい。わたしからの愛があればいい。どんな事情であれ、好きな人に抱かれるって、めちゃくちゃ幸せなんだよ。

話がとんでもないところまで飛んでしまった。とにかく、私が安室さんとデートで東都水族館に行くなんてことは基本的に起こり得ない出来事だ。探偵の依頼があればそうなることもあるかもしれない。実際、彼の言う通りに探偵の依頼に同行したこともある。浮気調査で、一人だと目立ちそうな場所へ私が同行した。行方不明になった犬探しも一緒に行った。私が役に立ったかはわからないけど、彼の事情で私が必要だったようだ。深くは聞いていない。
基本的に安室さんの行動にはなにかしらの事情や理由があって、わたしはそれを知らなくてもいい。あの人が求めるままに動くことができていれば百点満点なのだ。