57.最も悪い予感がする

蔵を案内してもらった。今回ばかりは安室さんにピッタリくっついて離れない。蔵というには広いところだ。電機は通っていないらしく、懐中電灯で中を照らす。浩三さんは私だけに向かって「蔵の中の者は触らないように」と言った。うざいな。安室さんのお仕事関連じゃなかったら絶対にブチ切れてた。危ないところだった。

「ここに何があったかわかりますか?」

安室さんが指さした場所は不自然に空いている。床は埃をかぶっているけれど、以前は何か置いてあったみたいだ。

「僕たちはそこに例の壺が置いてあったんじゃないかと思ったんだ」
「しかし無くなっていますね」
「親父が死ぬ7年前に一緒に蔵に入ったけど、そのときすでにここは空いていた」

7年前から無いのなら、ここに手がかりはないのではなかろうか。浩三さんはすでに蔵を散々漁ったことがあるらしく、入り口に立ってたばこを吸っているだけだった。安室さんと共に蔵の奥へ進む。ふと自然に手をつながれた。指と指を絡めている。安室さんの方を見ると優しく微笑んでいた。思わず流されそうになるけど、ぎりぎりのところでとどまった。わたしはえらい。

「職場ですよ。今はお仕事中です」

パッと手を離すと、彼は残念そうに顔をしかめた。あざとい表情だ。顔がきれいな人はどんな顔で綺麗だな。君はポアロでもしっかり距離を取ってくるよねと言われて、当然だと頷いた。

「仕事とプライベートは分ける主義です」
「僕もその筈なんだけどね」

きっと安室さんはこの依頼に対してやる気が起きないのだろう。私の知らぬ事情や理由があって、やる気ゼロなんだろうな。やーめよ!って辞められる仕事じゃないから大変だ。

「大丈夫。壺は然るべき人の手に渡るよ」

つまり、智義さんが見つけ出すということだろうか。そんな簡単な話なのだろうか。
適当に蔵の中で時間をつぶして、表に出る。浩三さんにも適当に「いろいろわかりました」とか言ってごまかしていた。教えてくれとすがる浩三さんには、確証が持てたらお話しますと返していた。上手な人だ。
佳代子さんに昼食の手伝いに呼ばれ、材料を切っている間に奈々未さんと話す。私を台所に呼びつけた張本人の佳代子さんはするりと姿を消してしまった。そんな馬鹿な話があるかと思ったけど、奈々未さんに八つ当たりはできない。一生懸命イラつきを抑えて大根を刻んだ。

「奈々未さんはどんなお仕事を?」

刻んだ野菜を鍋にぶち込んで火を通している間に雑談が始まった。奈々未さんは私に負けず劣らず嫌々料理をしていたので親近感が湧いてしまった。わたしにとっては他人で、この依頼さえ終えれば一緒う会うこともないモラハラクソ集団と奈々未さんは家族と言う縛りがあるので、なかなか離れることもできないのだろう。情だって少なからずあると思う。それに付け込んでクソモラハラ男尊女卑精神を押し付けてくる人たちだ。解放される日は来るのだろうか。

「小さいですけど、ITの会社を」

経営してるということ?めちゃくちゃバリキャリな人だ。かっこいい。逆に聞き返されてしまったので、普段は喫茶店のバイトですとありのままを答えた。

「助手さんかと思ったんですけど、違うみたいですね」
「まあ、そうですね。探偵の力になれる推理力は持ってません。経理と思ってください」

適当だ。お金の管理もすべて安室さんだ。ついてきた理由をうまく説明できないので、適当にごまかしただけだ。
おそらく佳代子さんは今、他の兄弟と情報交換の時間なのだろう。奈々未さんは参加しなくていいのだろうか。そう訊ねると、真っ赤な唇をきゅと引き締めてニッコリ笑った。

「私は良いの」


*


昼食の後、高田家の屋敷内を見て回ることになった。お約束のように公雄さんが私に突っかかる。

「よその女に家の中ジロジロ見られるのはな」

クソアホカス野郎!と思ったけど口にしなかった。私は一緒について行くとか一言も言っていないのに、何なんだ。あーあ、早く帰りたい。反論すると怒りが増すタイプなので、黙ってやり過ごす。私が非力で冷静な女だったことを感謝してほしい。私が父の性格をしっかり引き継いでいたとしたら、絶対に殴りかかってた。冷静で大人な人格者でよかったと自分をほめたたえてやり過ごす。
結局私は一人で広間に残ることにした。それはそれで公雄さんも佳代子さんも気にくわないらしく、じゃあどうしろってんだと腹を立てたが、浩三さんが広間に残ると言った。それで二人は満足なようだった。私は浩三さんと二人きりの空間が不安だ。安室さんもちょっとそれはと声を上げた。

「信頼できないと言いたいんですか。失礼な」
「私たちからしたら苗字さんの方が信頼できないのよ。わかるでしょ?」

険悪な雰囲気になってしまった。奈々未さんが自分も残ろうかと言ったが、この先調べようとしているのは奈々子さんの自室と彼女専用の物置だ。奈々子さんが居ない中で調べることはできないという話で、結局私は浩三さんと二人で広間に残された。
当然会話はない。私から話しかけるようなこともしない。気にくわない人に媚び諂うことがこの世で一番嫌いだ。しばらく無言の時間が続いたけど、突然浩三さんが口を開いた。

「蔵に行ったとき、何か見たか?」

蔵でのことを思い出す。何か特別なものはなかったように思う。めずらしくやる気のない安室さんを見たくらいだ。

「特に何も見ていません」
「本当か?」

浩三さんの声が思ったよりも鋭いことに気付き、顔をじっくり見る。なんだか焦っているように思える。

「あの探偵と壺を見つけたんじゃないのか?二人でくっついてぼそぼそと話してただろう」

安室さんが手をつないできたのでくっついてました、なんて言えるはずもなく。どうこたえようか迷っているうちに、しびれを切らしたらしい浩三さんが立ち上がった。短気すぎる。こわい。私に近づき、腕を引っ張り立ち上がらせた。抵抗するけど、男性の力には叶わず廊下へと連れ出される。

「やめてください!」
「うるさい!黙ってろ!」

バチン!と頬を強く叩かれた。何だこいつ!気が狂っている?ヤク中?驚いて声も出ない。頬が熱い。父に殴られていたころを思い出す。抵抗しなければと思うのに、体が動かない。暴力を振るう人に抵抗してはならないと脳に刷り込まれている。一瞬でおとなしくなった私を見て、気をよくした浩三さんはそのまま私の腕を引いて外に出た。蔵まで連れて行かれる。靴を履かせてもらえなかったので、足がドロドロだ。本当に最悪の展開になった。