56.反抗期

私と安室さんは客間に荷物を運んだ。同室に案内されて驚いた。こんなに広いお屋敷なんだから、もう一部屋くらい貸してくれてもいいじゃん。わたしたちは同居、というか同棲?しているけど寝室は別だ。一緒の部屋で寝るときは、そういうときしかない。
本当は今日、屋敷の裏の山にある蔵を見に行く予定だったらしい。大雨のため断念したとか。高田家の人々は、どうやらその蔵が怪しいと思っているようで、何度も足を運んでいるとのことだった。しかし何の手がかりも見つけられなかったそうだ。そんなに難しい隠し場所なのだろうか。私は遺言書を読んでいなくて何もわからない。

「もう一部屋もらえるように頼んでこようか?」

できればそうしたけど、奈々未さんの話からすると彼女と智義さん以外は良い顔をしなさそうだ。いやいやでも貸してもらえたら嬉しいけど、先ほどの公雄さんみたいに怒られても嫌だ。あの人はかつての父に似ている。何か些細な出来事でもプッツンして怒鳴り散らすタイプだ。あまり関わりたくないし、刺激したくない。私の複雑な心情を察してくれたのか、ひとまず今日は二人で同じ部屋を使うことにした。

「安室さん、苗字さん。夕食ができあがりました」

智義さんが呼びに来てくれたので、案内されるままついて行く。大雨はまだ続いているようで、音が響いている。

「上の三人は難しい性格をしているので、お二人に不快な思いをさせるかもしれません。申し訳ない」
「浩三さんと佳代子さんからはそんな感じしませんけどねえ」
「公雄は裏表のない性格と言うか、我慢ができない人なんです。浩三と佳代子は…そうですね、厄介な人たちです」

長い廊下を歩きながらの会話。身内とはいえ、智義さんも参っている様子だ。じめっとした空気が漂っている。雨のせいじゃない。冷え切った家族に漂う独特な雰囲気だ。

「普段ここに住んでいらっしゃるのは?」
「公雄と浩三と佳代子です。僕はここから少し離れた場所で税理士をしています。奈々未は東京で働いています」
「失礼ですが、公雄さんたちは何のお仕事を?」
「恥ずかしながら、なにも」

いままで親の脛を齧って生活していたらしいが、死んだとなっては父の金を勝手に使うこともできない。壺さえ見つけてしまえば遺産はすべて手に入ると言うことから、あの三人は血眼になって懸命に探しているそうだ。

「僕としては三人のだれかの者になるよりは、奈々未が全部持って行ってくれると嬉しいんですが」
「智義さんが見つけた場合はどうされるんですか?」
「時期を見て奈々未に分けますね。あの子はいらないというかもしれませんが」

智義さんは奈々未さんのことを随分気にかけているようだ。広間に着いて、中を見る。見事に男性と女性の席が離れている。入り口側に女性だ。男性側に誰も座っていない座布団が二つ、女性側に一つ。安室さんと並んで食事をすることはできなさそうだ。

「苗字さん、すみません」

食事中、奈々未さんが言った。席のことだ。本来なら安室さんの隣の席に座るべきなのにとつぶやくと、黙って食事を勧めていた佳代子さんが口をはさむ。

「男の中に混じろうなんて、はしたない。だから東京の女は」
「ちょっと」

奈々未さんが佳代子さんを睨む。驚いた。こんな直接的に嫌味を言われるとは。しょっぱいお味噌汁を飲む。私があまりに無反応だったので、二人はそれ以上何か言うわけでもなく、食事の時間を終えた。

「ということがありました」

奈々未さんに案内されて入浴を済ませた後に、食事の時間の出来事を安室さんに話した。

「智義さんが言ってた通りだったね。難しい性格のようだ」
「浩三さんはどんな方でしたか?」
「あまり話さないね。笑うこともない。公雄さんは食事のときはよく笑っていたよ」

確かに公雄さんはアルコールをガブガブ飲んで、顔を真っ赤にしてゲラゲラ笑っていた。遠くで見て、ほぼアル中だった父に重なって嫌だった。彼はせめてヤク中ではないことを祈る。

「今日は疲れただろ?もう寝よう」

わたしがぽけっと座っている間に安室さんがてきぱきとお布団を敷いてくれた。わたしがやりましょうかと一応声をかけたけど、断られてしまった。彼が敷いてくれたお布団の上に寝転がる。

「この家は空気が合わないよ」

かれはそう言って私を抱きしめた。智義さんの人当たりの良さからは想像もつかないお家事情だ。こんな時代遅れの集まる家だったとは。安室さんは私を残してしばらく東都から離れるよりも連れて行った方が安心だと考えたらしいけど、今は後悔していそうだ。

「安室さんが壺を見つけた場合、誰のものになるんですか?」
「僕を雇ったのは智義さんだから、彼の者になる。でもあの三人が他人の介入を簡単に許すとは思えないから、きっとあの三人にもかなりの分け前は行くのだろうね」

安室さんがあくびをする。つられてわたしもあくびが出た。

「もう寝よう。明日は蔵に行く。君も一緒に来れるよう頼んでおいたから」
「わかりました」

目をつぶる。雨の音と安室さんの心臓の音、彼の呼吸音しか聞こえない。この家のんかでは警戒していたけど、安室さんの腕の中だと何も怖くないと思えるのだから、不思議だ。わたしたちが住むマンションに居る時と同じような安心感がある。やっぱり私の帰りたい場所はあの部屋じゃなくてこの人の側なんだと思い知った。二人で寝る夜は毎回服を着ていないときだったから、服が邪魔だ。ぴっとりと彼の肌にくっつくことができたらいいのに。
翌朝、身支度を整えた頃に浩三さんが部屋に来た。なんと、おはようございますと声をかけて、返事も待たぬままふすまを開けられた。びっくりした。非常識すぎる。これにはさすがに安室さんが注意してくれた。浩三さんは悪びれる様子もなく、うわべだけの謝罪をした。この男…

「毛利さんが依頼を引き受けなくてよかった」

蔵に向かう道中、安室さんにこっそり話しかけた。蘭さんがこの家に来ることになっていたらと思うと恐ろしい。高校生だ。多感な時期にこんなカスみたいな家にいてはならない。安室さんは苦笑いを浮かべた。