59.一世一代の告白

安室さんは元から何もかもわかっていたのか、そのまま奈々未さんの部屋に向かい、壺をお持ちですねと言った。私は話していませんと首を横に振る。奈々未さんは壺を出して力なく笑った。

「もう智義に見つけさせることはできませんね」
「私が見つけたことにしちゃだめですか?」

安室さんが見つけたら智義さんの者になると言うなら、私が見つけてもそうなるはずだ。私は安室さんのものであるし。それに、おそらく他の三人はこの後逮捕されるような人たちだ。もう二人しか居なくなる。
私の考えたシナリオは、蔵で浩三さんに突き飛ばされ、あわや三途の川を渡りかけたところで、天の導きがあり、目覚めたときに蔵で壺を発見した。そういうことにしたい。

「天の導きって」
「亡くなったお父さんの幽霊とか言っておけば信じそうですよ。浩三さんはどうやらお父さんが亡くなったあの蔵にたいそう怯えているようでしたし」

私が生きているかどうかも確認せずに出ていくほどだ。

「さあ行きましょう。みなさんを広間に集めていただけますか?」

奈々未さんがあわてて部屋を出ていき、全員を集めるために屋敷を駆け回る。私は警察に通報する係。しばらくしてパトカーが到着し、安室さんと共に広間に入った。浩三さんをはじめ、佳代子さんと公雄さんも驚いた顔で私を見る。てめーらやっぱりグルか!と思ったけど、黙って微笑んでおく。
智義さんだけがほっとしたような顔で私を迎えてくれた。

「お帰りになったと聞いていたんですが、おひとりで帰られるだなんて心配していました。戻られたんですね」
「いいえ、彼女はもともとこの土地を離れてはいませんでした」

安室さんが答える。浩三さんに連れられ、蔵で突き飛ばされ、気絶していたことを説明する。わたしは頷くだけだ。

「浩三さんはそれを隠した。帰っただなんてすぐにばれる嘘をついて。名前が目覚めたらとは考えなかったんでしょうね。かつて同じことをして、一人殺していますから」

奈々未さんと智義さんが驚いた顔で浩三さんを見る。

「死んだと思って靴まで燃やしたのに、残念でしたね。幽霊じゃなくてごめんなさい」

安室さんに寄り添いながら浩三さんに文句を言う。私は絶対にこの男を許さないと誓っているのだ。


*


私の靴を燃やしたのは佳代子さんだった。お父さんが頭をぶつけたと思われる木箱をひっくり返して証拠を隠していたのは公雄さんだった。色々と証拠が固まっていないので、任意同行というかたちで三人は警察に連行されていった。残された奈々未さんと智義さんは呆然と立っている。奈々未さんは、私が話したときからなんとなくこの結末を察していたと思う。智義さんは混乱している様子だった。わたしの「天の導き」がというふざけた話はお披露目する機会も無く流れてしまった。そんな茶番は無くても、もうあの三人は見ていないのだから、壺の所有権は二人が好きいすればいいのだ。
現場を見てもいないのに、安室さんのスピード解決は恐ろしい。

「初めから奈々未さんが壺の在処を知っていると思っていましたよ」

全員血眼になって壺を探していると言うのに、奈々未さんは興味ないという様子だったこと。亡くなったお父さんの遺影を見て、奈々未さんだけ血のつながりがあること。ほかにも、わたしが居残りを命じられた屋敷内捜索の時間にも彼女にだけ余裕があったと安室さんは言った。

「わたしは東都でなんのしがらみもなく順調に仕事ができるけど、浩三たちの目の届く場所にいる智義は違う。お父さんが亡くなってからは智義に金をせびっていたじゃない。それをどうにかしたくて、壺をあげようと思ったんだけど」
「お金をせびる人たちが消えましたね」

ちょっと無神経な発言だったかと思うけど、私はあの三人にしっかり恨みがあるので、言葉に棘があるのは仕方ないことだ。許さん。


その後高田家に残された二人がどうなったかは分からない。浩三さんたち三人が逮捕されたとニュースで見たのは数日後。私の事情聴取は安室さんがなんらかの操作をして無くなったようだ。

ニュースを消す。もうあの事件のことは考えたくない。とっても不愉快な思い出しかないから。安室さんも同じようで、私たちの間であの日の事件の話が出ることは今までなかった。

「ごめん」

突然寄こされた謝罪に戸惑う。安室さんの表情を伺うと、眉間にしわができてる。あまり見たことのない顔だ。思わず頬に触れる。安室さんの方が体温が高いので、温かい。

「僕のせいで怖い思いをさせている」

珍しく彼は悩んでいる様子だった。おいて行っても心配だ足連れて行っても巻き込まれる。この事件遭遇率はもはや安室さん云々ではなくて、私の運が悪いのではないだろうかと思うほどだ。ちなみに高田家からの帰りにそのまま病院に突っ込まれて検査をしたけどなんの異常もなかった。その点は幸運だ。

「今更手放そうとか、考えてませんよね?」

手に力を込めて、彼の顔をぐいっと私の方に向ける。

「いつものように言ってください。何か要望は?って聞いてください」
「どうして?」
「要望があるからです」

安室さんは困ったように微笑んで、口を開いた。

「何か要望は?」

何度この問いかけをされただろう。いつも特にありませんと言って終わっていた。この人にこれ以上の要望を言える立場ではないと思っていたし、十分に贅沢な暮らしをさせてもらっていたからだ。だけどわたしは求めたい。私のたった一つの願いをかなえて欲しい。他になんのわがままも言わない。改めて口にしようと思うと緊張する。言葉を発しようとして、口から心臓がでたらどうしよう。目をそらさない。しっかりと彼の瞳を見つめて言葉にしたい。

「どんなことがあっても、わたしを離さないでください。わたしがあなたから離れることはありません」

一世一代の告白のようなものだ。こんな情熱的な言葉が自分の口から出るだなんて思ってもみなかった。わたしは心からこの人を手離したくないし、手離されたくないと思っている。

「それが君の要望?」
「そうです」
「プロポーズされてるみたいだ」

されてるみたいなのではなくて、しているんだけど。私の一世一代の告白は響かなかったのだろうか。彼が私にくれる言葉よりずっと簡素でつまらないものだったからだろうか。拗ねそうだ。私だけが恥ずかしくって馬鹿らしい。彼の表情は、いつもと変わらない。優し気な笑みを浮かべているだけの表情だ。だけど、わたしはその表情の意味を知っている。なにかを、例えば本当の気持ちを隠すときの顔だ。
綺麗な金髪を耳にかけると、彼の耳がほんの少し赤く染まっているような気がした。

「もしかして、照れてる?」
「言ってくれるな」

私は満足げに頷いた。