60.信頼度

最近、テレビのニュースは”はくちょう”と”サミット”のふたつばかりが報道される。特にサミットに合わせて新しく建設される施設の開設は何日も続いている。サミット後に観光施設として集客を図るためだろうか。普通なら一度は行ってみたいと思うかもしれない。普通なら。新しく作られた水族館の観覧車が破壊されたことは記憶に新しい。基本的に新しく作られて注目されがちなものは何らかの事件などに巻き込まれて壊される。わたしはそう思う。せっかくこんなにお金をかけて開発した土地だと言うのに、おそらく遠くない未来に丸ごとぶち壊されるような気がする。予感だ。実際に見る機会は無いのだろうと、せめてニュースで新施設の姿を見納めておこうと今日も熱心に特集を見る。
サミット会場の紹介だ。各国のお偉いさんが集まるサミットの日に事件が起きてこの会場がおじゃんになるのだろうか。それをこの世界の主人公ことコナンくんたちが阻止すると言うことになるのだろうか。各国の重鎮の命が掛かってるとなると大規模な話だ。

洗濯が終わった音がする。立ち上がって洗濯物を干しに行った。今日はいい天気だ。

部屋に戻り、テレビをもう一度見ると、先ほどとは打って変わって深刻な雰囲気になっていた。短時間で何があった?
報道によると、先ほど紹介されていた施設が爆発したらしい。早くない?速報で流れた映像には確かに爆発する施設が映し出されていた。そしてほんの一瞬人影が写った。見間違いでなければあれは、

(本職のお仕事中だったんだろうか。映像に残っちゃったけど大丈夫なのだろうか)

ぐるぐると不安が渦巻く。これをきっかけにまた何か彼の命にかかわるような事件が起きたらどうしよう。もう以前のように取り乱したりはしないけど、不安なものは不安だ。明日はポアロのシフトも入っているし、休むなら私にヘルプに入ってほしいと連絡が来るはず。大丈夫。

しかし連絡は来ないまま、翌日になってしまった。安室さんが連絡を忘れることなんてあるのだろうか?本職で忙しい中ポアロに出勤するのだろうか?なんとなく気になって、夕方からポアロに向かった。安室さんが居ればそれでいいし、居なかったら代わりに働けばいい。
入店すると、梓さんが迎えてくれた。奥に安室さんの後ろ姿が見える。なんだ、出勤してたんだ。勝手に安心する。するりと私の横に立った梓さんは、小さな声で私に話しかける。

「喧嘩したんですか?」
「えっ」
「違うんですか?頬に怪我してたので、怒った名前さんがバチーンとやったのかと」
「違います」

振り返った安室さんの頬にはけがした形跡がある。治療されている。もしかしてあの爆発の時に顔に何か当たったのだろうか。痛むのかな。私が注文したチョコレートケーキとカフェモカを運ぶ安室さんに聞いてみた。

「痛みますか?」
「全然」

ふと彼はポアロの入り口の方に視線をやって、口元だけで笑った。そのままトレイをキッチンに戻し、外の掃き掃除に出た。この時間にするなんて珍しい。なんとなく気になって入り口の方を覗いていると、再び梓さんが近づいてきた。

「実は毛利探偵事務所にたくさん警察の人が入って行ったんですよ。しかも二度も!何か聞いてます?」
「ええ〜〜〜何も知りません…確かに警察の車多いなと思ったんですけど」

またか毛利探偵事務所。

窓から夕陽が差し込む。掃き掃除を終えて戻ってきた安室さんを見る。なんだかお疲れの様子だ。当然か、昨日の今日だし。昨夜もそうだったし、もしかしたらしばらく帰ってこられないのかも。安室さんを呼んで、小さな声で話しかけた。

「着替えとか必要ですか?持ってきましょうか」
「はは、助かるよ。悪いけど家の宅配ボックスに入れといてくれるかい?あと、明日以降のシフトを代わってほしい」
「はい」

結局そうなんだ。すっごく忙しいんだろうな。そんな中でどうしてポアロに出勤したのだろうか。どうしても必要だったのだろうか。まさか、掃き掃除がしたかったわけでもないだろうに。


*


家に帰って、彼の着替えを用意した。大きめの紙袋に入れて、宅配ボックスに詰め込んだ。
いらないかなとは思いつつ、今夜食べようと思って作ったおかずも少しタッパーに詰めて入れておいた。一応そのことも連絡しておく。食べる時間が無かったら、悪くなっちゃうので遠慮なく廃棄してくださいとも書いた。
既読だけすぐについた。返信はない。既読があるだけで安心するものだ。

(明日はフルタイムか)

安室さんが休めば休むほど、私の給与が増える。ふと思い出して、初めに彼から支給された通帳を確認する。私が死ぬほどズボラなので、全く記帳されていない役立たずだ。ネットで口座を確認した。結構貯まった。ちょうど欲しいと思っていたブランドバッグを買ってもいくらか余裕がある。オフの日にお買い物に行こう。
翌朝、安室さんの代わりに出勤した私にマスターが衝撃の一言をぶちかました。

「毛利さん、逮捕されたって」

はあ?

曰く、先日のサミット会場爆発の容疑が毛利さんにかかっているらしい。まだ起訴されてないけど、毛利さんのパソコンから資料が出たこと、現場に毛利さんの指紋が残されていたことにより、強く疑われているらしい。そんな馬鹿な話があるだろうか。毛利さんが犯人になるなんてことは絶対にありえない。と言うことは、毛利さんを犯人に仕立て上げた人が居るということだ。そんなに恨まれていたのだろうか。元刑事だし、職業柄恨みを買いやすいのかもしれない。

(毛利さんの疑いを晴らすために奔走してるんだろうな)

コナンくんのことを考えた。あの子の手にかかれば真犯人がすぐに見つかるだろうし。お世話になっている毛利さんを見捨てるなんてことはあり得ないだろう。
こんな時に安室さんは何をしているんだろう。あの人は一応毛利さんの一番弟子という役ではなかっただろうか。師匠のピンチを助けなくて信頼関係にヒビが入ったらどうするんだろう。コナンくんなんて未だに安室さんのこと少し警戒しているようだから、余計印象が悪くなるのでは?私が口を挟むようなことでもないけど。
蘭さんも大変だろうな。お父さんが逮捕されてショックだろうに。こういうときは何も知らないふりをしていたほうがいいだろう。下手な同情はかえって気を遣わせるだけだ。

(早く解決すればいいなあ)

毛利さんのことを考えながらコーヒーを淹れていた。少しだけこぼしてしまった。