67.あなたがくれたもの

分かってたけど、四本目を飲み切ったころ、私はつぶれた。よく頑張ったたほうだ。ソファーでぐでぐでになった私の髪を、安室さんが優しく触る。ベッドに行く?と聞かれたけど、今日はまだお風呂にも入ってないし、ダメ。首を横に振る。ソファーでこのままちょっとだけ寝てからお風呂に入ろう。今日のところはもう優しくしないでほしい。世話を焼かないでほしい。今日の私はかつてないほどにわがままだ。このままだとうっかり心の内を話してしまいそうだから、これでお開きにしたい。瞼がとろりと溶けるように重たい。ほぼ半目であろう私に、安室さんがつまらなそうに言う。

「僕はまだ一本半だ。もう少し起きてて欲しいんだけどな」
「だって、もう眠くって」
「そっか」

彼はするりと立ち上がりどこかへ消えてしまう。世話をやかないで欲しいとか思っていたのに実際離れられると悲しくなる。めちゃくちゃ面倒な話だ。どうして人ってこんなにややこしんだろう。放っておいて欲しいのは本心なのに、行かないで欲しいのも本心だ。目を閉じる。寝ちゃおう。忘れちゃおう。いつかまた同じような悩みを抱えるまで先延ばしにしておこう。

「名前、起きて。ほら、これを見て」

ソファーの後ろから声がして、ぱっちりと瞼を開く。言われた通り起き上がり、彼の方を見た。そこにはずらりと並んだ箱や紙袋。わたしがこの8日間毎日もやもやしながら見送っていたブランド品たちだ。どうして突然お披露目会なんてするのだろう。貢がれたから欲しかったら使っていいよとか、そういうのだったらあまりにも無理過ぎる。すぐに売り飛ばしてしまうだろう。

「なんだかわからないけど、元気無さそうだから。元々今日全部渡すつもりだったけど」
「これを?渡す?私に?」
「そう。ここ一週間毎日買いに行ったよ。気に入ってくれたら嬉しいんだけどね」

開けてみてよと言うのでふらりと立ちあがり歩み寄る。アルコールで足元がおぼつかない。情けない姿だ。床にぺたりと座り込んで、一つずつ開けていく。鞄に靴、お財布、カードケース、スマホケース、バングル、バレッタ、マフラー。全部ブランドがバラバラだから統一感はないけれど、どことなく私の好みに近いもので、全部が全部可愛い。

本当に私のために全部買ってくれたんだ。貢がれたとかじゃないんだ。依頼のためでもなく、私に選んでくれたんだ。普通に思い過ごしと言うか勘違いで死ぬほど悩んでいたのがばかみたい。恥ずかしい。じわりと涙がにじむ。純粋に嬉しい。わたしは面倒なうえに単純な人間だ。

「泣いてる?」
「見ないでください。嬉しくて、情けなくて、気持ちがぐちゃぐちゃなんです」
「情けないって、どうして」

聞かないで欲しいことを聞いてくる。口にした私が悪いんだけどさ。私は素直に思い違いをしていたことを告白すると、彼は黙り込んでしまった。あきれられたかもしれない。でもわたしは実際にこういう人間だ。隠そうと思えば隠し通すこともできたけど、素直に口にした。自己紹介みたいなものだと思えばいい。
涙を拭って安室さんを見上げると、心なしか嬉しそうな顔をしていた。なに?どういう心境?

「笑ってます?」
「ごめん、君がそういう風に思ってたなんて。嬉しいよ」
「は?」

嬉しいって、どうして。心底理解できないという気持ちがそのまま表情に出てしまう。彼は私の目の前に座り、視線を合わせた。

「僕も面倒な男なんだ。君が僕のことで困ったり、気持ちを動かされているのが嬉しい。申し訳ないけど、この一週間はまさにそれを狙ってた」
「は、、、はあ〜〜〜〜〜???」

思わず声が出た。私はまんまとこの人の思惑通り手のひらで踊らされていただけなの?彼曰く、私が動揺しているそぶりを見せなかったから、それは落ち込んだらしい。一週間無反応だったことにより、自分の動きを反省して、今日買ってきたバーバリーのマフラーは完全にお詫びの品(?)らしい。ただの遊びにしては質が悪いし、お金をかけすぎている。私がブランド品が好きだということもわかってやっている。悪質だ。結果すべて私の物になったので、私しか得していないけれど。

「情けないのでやめてください」

心の底からお願いする。

「情けないって、僕が?」
「いいえ、わたしが。もう本当にいろいろと面倒なことを考えたりして、大変でした。そんな自分が情けなくてそれも嫌でした」
「情けなくない。全部言ってほしい。もし僕が逆の立場だったら、君が嫌と言うほど問い詰めていただろうね」

そんな暴露されても困る。困る反面嬉しがっている自分が居る。気持ち悪いかもしれない。

「とにかく、プレゼントは、ありがとうございます。大切に使います。いつかちゃんとわたしも安室さんに何か返せるように頑張ります」
「そんなこと気にしないで良い。僕は君の大切なものを貰っている」

はて、何かあげたっけ。そんな大切なものをあげた覚えはない。わからない?と聞かれて、頷く。

「君の人生を貰ったよ」