07.n回目の初めまして

「電話番号は?」
「メールアドレス」
「出身学校入学年と卒業年」
「職務経歴」
「生年月日は?」

彼が運転する車の助手席に乗り、彼から出されるクイズに答えていく。先ほど渡された苗字名前の履歴書に書いてあったことをしっかり覚えれているか、元の人生の時の経歴がぽろっとでも出ないか、テストみたいな雰囲気だった。無事全問正解したのでよかった。

「君は11時から面接を受ける。場所は喫茶店。雇用形態はアルバイトで、シフトは毎日何時間でも入れると言っておいて」
「社会復帰ですか?」
「そんなところかな」
「面接に落ちたら?」
「落ちないから大丈夫」

そんなことあるか。こちとら学生時代就活で何件もお祈りされた経験がある。という気持ちが顔に出ていたのか、彼は笑った。

「実はその喫茶店で僕も働いているんだ。僕の紹介だからね、君が本当に滅多なことをしない限り落ちないんだよ」
「あなたと一緒に働くんですか?」
「そういうこと」

たしかに行動を見張るために効率はいいかもしれない。しかし今のわたしを見張る価値なんてあるだろうかと考える。わからないから考えない。辞めた。
彼が働いている喫茶店というのは、ポアロ だろうな。彼の紹介でわたしはそこで働くことになるようだけど、わたしと安室さんの関係性は何なのだろう。

「わたしはあなたを何と呼べばいいですか?」
「何って、そりゃ」

一つしかないだろう、という顔をしたあとに、考える素振りを見せた。実を言うと彼に運命的な殺人現場で出会ってから、一度も彼を名前で呼んだことはない。理由は一つ、彼の口から名前を聞いていないからだ。わたしは彼の名前を知っていたけど、教わっていない名前を呼ぶのはおかしいと思って、一度も呼んでいない。毎日顔を合わせるわけでもないし、わたしとこの人が話す空間には私たち以外誰もいなかったので、今までは不都合なく過ごしていた。今日からは違う。彼の名前を彼の口から聞かなければならない。

「やられたなあ。あまりにも自然で気付かなかったよ。つまり君は名前も知らない男の言われるがまま軟禁されてたってことだ。よく信じたな、色々と」
「疑ったところで何か変わりましたか?」
「変わらないけどね。僕が言うのも変だけど、されるがままになってる君が心配だよ」

心底呆れた、と顔に書いてある。わたしはてっきり彼がわざと名乗らないものかと思っていたので、余計に聞く気は無かったんだけど。

「安室透。今から向かう喫茶店でバイトしながら毛利探偵に弟子入りしている。君は前職を辞める際に上司と人間関係のトラブルに巻き込まれて、僕に解決を依頼したことがある。退職後に働き口を探していたので、僕が紹介した」 
「安室さん」
「わかってるとは思うけど、本職じゃない。君の身の上も、本来知っていること以外も、決して口外しないように」
「はい」

あとこれね。と渡されたカバンには新しいお財布やパスケース、キーケースなどが入っていた。お財布の中にはお金と、新しい身分証とキャッシュカード、印鑑。知らない口座だな。

「少しだけど入れてある。生活のために使ってくれ。給料の振込先もその口座にしてもらうように」 
「ありがとうございます」

色々と支度してくれたんだ。わたしの社会復帰のために。この人はどうしてここまで手を尽くしてくれるんだろう。ただでさえ忙しい人なのに。わたしのことなんて他の人に任せて、遠くに放っておけばいいのに。一度関わったからには、最後まで責任を持つってことなのかな。律儀な人だ。