09.今夜は一人で眠れない

マスターも今日は店を閉めることを決意した。二階で発砲があったからだ。詳しい状況は全くわからないけど、今や店周辺は警察車両だらけだ。でもさっき窓からブルーシートが見えたから、誰か亡くなったのだろう。
今回は直接見てないけど、死体と遭遇するのは2度目だ。わたしが死んだ日、安室さんと出会った場所で一度。あの時は、もうすでに死んでいたからか、恐怖をじっくり味わう前に気絶したからか、今みたいな体の芯から冷えるような感覚はなかった。いや、普通に怖い。榎本さんも動揺してはいたけど、わたしの方がガタガタだったので、比較的落ち着いていた。申し訳ないです。
震えた足で立ち上がり、閉店準備を手伝おうとしたら、マスターに止められた。榎本さんにも休んでてと言われた。わたしはとても情けない。お言葉に甘えて、早めに退勤の時刻を打って、帰り支度をした。一刻も早く帰りたい気持ちと、一人になりたくない気持ちがある。誰でもいいからそばにいて欲しい。マスターと榎本さんがいるこの店内から出たくない。いい歳してめちゃくちゃワガママだ。わがまま言ってる場合じゃない。帰れ帰れ!動け!心の中で自分を叱咤して、店内に残る二人に挨拶して店を出る。一人はやだなあ…

「苗字さん?上がりですか?ああ、今日はもう閉めますよね。震えていますね。驚いたでしょう」

ちょうど毛利探偵事務所から降りてきた安室さんと遭遇。顔を見た瞬間にめちゃくちゃ安心して、ぽけ〜っと顔を見つめてしまった。安室さんここにいてくれてありがとう、ついでに家まで送って行ってくれませんか、そう言いたいところだけど、口からは「あ、」とか「うう…」とか、意味のない音しか出ない。動揺しすぎ。

「…今からとある人を送っていくんだけど、一緒に来ます?最後はちゃんと自宅に送りますので」

わたしの表情を見て要求を察してくれたようで、ありがたいお言葉を頂戴した。涙目でめちゃくちゃ頷いた。車内は誰か知らない人との相席(?)になるけど、それより一人で居たくない。お相手には我慢してもらおう。