15.類は友を呼ぶ

「この時使っていた携帯電話は?」

タイミングよく安室さんが訊ねる。わたしは力なく首を振る。
わたしの記憶がなくなった(ということにしている)日が、最後のメッセージの二日後であると伝えた。その時にはもう、手元に携帯電話はなかった。そう言うと、安室さんは黙り、考えるそぶりを見せた。ふと彼が顔を上げて、綺麗に整った眉を少し下げる。

「すみません、不安にさせました」

顔色が悪いのだろう。自覚がある。

「もう少しこちらで調べることがあります。大丈夫、しっかり解決してみせますから」

わたしたちは店を出て、安室さんの車に乗った。本当はこのままコンビニで解散の予定だったけど、喫茶店に誘われて、ポアロにやって来た。

(安室さんはもうここで働いてるんだな)

ここに来たのは、毛利探偵に依頼した時だけだ。今回が二度目。奥のソファー席に案内される。安室さんは店長のような人と少し会話をしていた。

「何にしますか?」
「ホットココアにします。甘さ控えめって頼めますか?」
「ええ、大丈夫ですよ」

安室さんがカウンターまで歩いて注文を伝えてくれた。わたしはたった今しでかしたうっかりすぎるミスに気付いて、あーあ、とため息をついた。甘さ控えめを頼めるかどうか、安室さんに聞くのは不自然だった。わたしは彼がここで働いていることを知らないはずだ。店長と話していて、仲が良さそうな雰囲気から常連かと思ったということのしよう。こんな些細なことにビクビクしなければならないのは、嘘をついている身だから。肩身の狭い思いだ。可能であれば嘘はつかずに生きていきたいのにな。自分の首を自分で絞めているような気持ちになる。
安室さんが戻ってきて、椅子に座る。手にお水とお手拭きを持っていた。わたしの前に揃えてくれる。手慣れた様子だ。

「安室さん、常連なんですか?」

先手必勝とばかりに話しかけた。小さなことで怪しまれたくない。誤魔化しすぎても嘘っぽくなる。

「というよりも、ここでバイトしてるんです。上の毛利探偵に弟子入りしていて」
「そうなんですか。すごいですね」

そういえば、毛利小五郎の弟子になってることも知らないんだった。気付かぬうちにボロが出ていないか焦る。わたしは以前に毛利小五郎に依頼したことがあると話した。安室さんは納得したように頷いた。

「だからあなたが出した依頼料が高かったんですね」
「え!高かったんですか?」
「毛利先生のように有名な探偵に依頼する料金と、僕のように無名の探偵に依頼する料金が同じではいけませんよ」

だったらその時教えてくれよと思った。彼は、頂いた分の働きはしっかりしますので、と笑う。経歴を調べるだけの仕事にしては高く払いましたねとも言われた。そうなんだ。毛利小五郎にとってもわたしは良いお客さんだったのか。対応が丁寧だった理由も「若い女だから」ではなかったことがわかった。

「今更こんな事を言ってすみません。契約前にお話しすべきでしたね」
「安室さんも最後まで黙っていればいいのに。真面目な人ですね。嘘がつけないタイプですね」

発言してから、安室透という存在自体が嘘だったな、と思い出した。わたしも記憶喪失という嘘をついているけど、周りにいる人も嘘だらけだと気づいた。安室さんも沖矢さんも、存在から嘘なのだから。わたしの言葉に面食らったような顔を見せて、安室さんは不適に笑ってみせた。

「その言葉、そっくりそのま苗字さんにお返しします」

ちょうどココアとコーヒーが運ばれてきて、その話は流れた。しかし内心冷や汗まみれだった。わたしが嘘をつけない?嘘がバレているのではないかと焦った。鋭い人との会話は、些細なことでヒヤヒヤさせられる。
その日はしばらく適当に世間話をして、帰宅した。いつものコンビニまで安室さんに送ってもらって。気付けば、わたしを探す男について感じた恐怖や不安が少し和らいでいた。ポアロで何気ない話をしたことによって、気持ちが紛れたのだろう。それを見越して連れ出してくれたんだと思った。高いお金を払っただけあって、サービスも行き届いている。支払いに使ったお金は、この世界のわたしが怪しいバイトで体を犠牲にして稼いだものなのだけど。

家に帰ると、沖矢さんが夕食の支度をしていた。カレーのようだ。随分早い時間から作っている。お昼に外出するとは伝えてあったので、彼の昼食はインスタント麺になったようだ。

「お帰りなさい。すみませんが、少し火の様子を見ていてもらえますか?」
「え?はい、わかりました」

そう言って沖矢さんはタッパーにカレーを取り分けて、エプロンのまま外に出て行った。まだ全然煮込みが足りないし、お裾分けするような量でも無いように思うんだけど。こういうことはたまにある。沖矢さんは、無理やり隣人さんにお裾分けしたがる。隣人さんとは、あの阿笠博士である。一度挨拶に行ったが、同居しているはずの哀ちゃんとは会えなかった。
理由は忘れたけど、赤井さんは哀ちゃんを守っているんだっけ。お裾分けを理由に、頻繁に隣の家を訪問しているのもその一環なのかもしれない。パッと見は気楽な大学院生だけど、FBIのお仕事も大変なんだな。同居人のわたしに隠してお仕事するのも疲れるだろうな。