16.思い通りの行動

ベッドに寝転がり、天井をぼーっと眺める。沖矢さんは外出中だ。安室さんは暫く別の案件で立て込んでいるようで、わたしが依頼した件についての進展はない。FBIも公安警察も大変だな。
とにかく、久しぶりに一人きりでゆっくり考えることができる。色々と真剣に向き合わなければならないことがあるのだ。

薄々勘付いてはいたけれど、怪しいアルバイトの大元は、"黒の組織"なのではないだろうか。

安室さんと製薬会社で会ったことがあって、尚且つ相談までしてたってことは、彼が潜入する犯罪組織と繋がりがあるのだろうと考えた。つまり、わたしはめちゃくちゃやばいところに首を突っ込んでいたということになる。

沖矢さんも安室さんも、わたしが本当に記憶がないのかを疑っているところがある。それは、わたしが記憶を失っていない場合、彼らに不都合があるということなのではないだろうか。わたしは沖矢さんと安室さんについて、何かしらの事情を知っていたのではないだろうか。あの人たちは、わたしがそれらを本当に忘れているかどうかを見極めようとしている?

安室さんは製薬会社に訪れていたということを隠さない。それ以外に隠したいことがあるはずだ。

(組織のこと?それとも、公安のこと?)

彼が犯罪組織の人間だと知っていたか、正体が公安警察と知っていたかのどちらだろう。どちらにしても、今のわたしは完全にそれを知っているのだけど。ボロが出ないように気を付けなければならない。

そうすると、沖矢さんは何を隠したいのだろう。わたしが彼について知っていることなんて、正体がFBIであるということだけだ。まさか、わたしはそれを知っていたのだろうか?赤井さんとも面識があった?

(そんなバカなことある?めちゃくちゃ関係者じゃん)

でも安室さんと違って、赤井さんはFBIであることが組織の人にバレているのではないだろうか。今更わたしが知っていたとしても、見張る必要はあるのだろうか。そもそも、わたしは沖矢さんの顔の下に赤井さんが存在する事を知らないはずだ。日記にも「隣人さん生きてるか心配〜」くらいしか書いてなかったし…

もしも以前のわたしが赤井さんと面識があったとして。沖矢さんの正体を知らないのに、木馬荘で彼の隣の部屋に住んでいたなんて偶然があるのだろうか。日記には「家賃安いところに引っ越した」としか書いてなかったし、他意があったかはわからない。最近は日記に書かれていなかった出来事が露わになってきているので、100%無かったとは言い切れない。

(頭が爆発しそう)

低く唸る。ゴロゴロとベッドの上で暴れた。難しすぎる。わたしに心理戦は無理だ。超危険な犯罪組織に潜入捜査するような人たちと渡り合えるわけがない。彼らの考えを少しでも理解したいと思って脳を一生懸命働かせているけれど、限界だ。パンクする。

気分転換に夕食の支度をしようと立ち上がった。階段を降りているとき、ちょうど沖矢さんが帰ってきた。お帰りなさいと声をかけると、沖矢さんの後ろからひょっこりと小さな影が動いた。

「あれ?コナンくん?」
「こんにちは」
「名前さんに用があるそうですよ」

沖矢さんに背中を押され、コナンくんが前に出る。彼は可愛らしい笑顔で、わたしに封筒を差し出した。

「おっちゃんが貰ってきたんだけど、誰も行く人いないから。名前さんそういうの好きかなって思って」

中から、大阪で開催されるコスメブランドのイベントの招待券が出てきた。えっこれ貰って良いの?この世界のテレビや雑誌でよく取り上げられる有名なメイクアップアーティストのトークショーもあるようで、ドキドキする。

「最近家に篭りきりですし、行ってきたらどうですか?」
「そ、そうですね。これ本当に貰っちゃって良いのかな?」
「もちろん!楽しんできてね」

コナンくんにお礼を言って、ついでに夕食も食べていってと引き止めた。素直にこの招待券はとても嬉しい。この子にどんな思惑があるのかはわからないけど、素直に感謝したい。後で毛利先生にもお礼の電話をしようと決めた。

夜になり、招待券を確認すると、開催されるのは夜だった。日帰りでも最終の新幹線には間に合うけど、沖矢さんに泊まりでゆっくりしてきたらと言われたので、ホテルを取った。善意であると信じたいけど、どうやらわたしをこの家から一日遠ざけたいというように感じたので、素直に従うことにした。

「じゃ、行ってきます」
「はい、気をつけて」

当日は沖矢さんが駅まで車で送ってくれた。わたしが一泊二日で大阪に行くことは安室さんにも連絡した。お気をつけてとの言葉を頂戴しただけだった。新幹線に乗る。わたしがいない間、あの家では何が起こるのだろう。少しだけ気になったけど、この世界での初めての小旅行に気分は弾んでいた。