黒尾
「俺にしたらいいでしょ」「……っ、そんな軽く言わないでよ」「別に、大真面目ですけど」今日は小学校の同窓会。二次会をどこにするか盛り上がっているほかの人には、少し離れたところで話している私と黒尾の声なんて聞こえていない。……婚約までしていた彼の浮気現場に直面したあの日。彼の顔面を鞄で殴り、一方的に別れを告げ立ち去ったところをたまたま彼は目撃していたらしい。そして今日久しぶりに話したらーーこの距離感になったわけだけれど。「……今はからかうタイミングじゃないから」「じゃあ、どうすれば真剣だってわかってくれんの」黒尾は肘から手までをひたりと壁につけ、ぐっと距離を縮めてくる。彼のその熱をもった瞳から目を逸らすことができずにいた。この速い鼓動はお酒のせいなのか彼のせいなのかはわからない。「くろ、お」少し距離をとってほしくて押し返そうと手を伸ばせば、あっさりと手首を捕まれて。もう逃げる術は、ない。「……悪いけど、俺にとってはまたとないチャンスだから。ずっと伝えたかった、好きだって」目を細め微かに震える声で彼はそう口にする。不意に『そういえば黒尾くん、ずっと片想いしてる人いるらしいよ。一途だよねぇ』なんて友達の言葉を思い出し、一層煩くなった胸の音が彼に届かないことを祈った。
孤爪
「なんでおれじゃダメなの」「……え?」いつもクロと三人で集まる個室の居酒屋で、先に研磨と合流した。クロが来るまでの間、マチアプが上手くいかないとぽろりと愚痴をこぼしただけだったのに。彼は予想外の言葉を口にした。「目の前にいるおれは、きみの彼氏にはなれないの」「ちょっと待っ」「……年下、だから?」研磨は私の返事を待たず、矢継ぎ早に疑問を口にした。……なんで、今更。『恋愛も結婚も興味ないよ。今のところはね』そう配信で言っていたことを私は忘れていない。それを見たからこそ彼のことを諦めるため、他に出会いを求めているわけで。まさか研磨の口から「彼氏にはなれないのか」なんて言葉が出てくるとは全く予測していなかった。「や、あの、待って。研磨が、私の彼氏にってことで合ってる? 聞き間違えとかじゃない?」「ここにはきみとおれしかいないでしょ」「そ……うだよね」だんだん理解が追い付いてくると同時に、身体の底から徐々に熱が込み上げる。研磨は慌てふためく私を見て「……脈なし、ってことではなさそうだね」と小さく口端をあげた。「研磨は恋愛も結婚も興味ないって」「……おれは好きでもない人のために、わざわざクロを巻き込んで外で会ったりしない」「っ、それって」「うん、だからさ、もうおれを選んでくれるよね」そう言って研磨は私の髪を掬い上げ目を細めた。
木葉
「俺をさ、選んでよ」「……」「あんな人じゃなくて」「あんな人って言わないで……っ」家に呼んでくれることはなくて、いい大人なのに泊まりもない。会えるのは決まって平日の夜。ある日気づいてしまった、あの人の左手の薬指にある跡に。「ごめん、でも、見てられないから。きみのそんな顔」「……っ」結構、本気で好きだった。結婚だってうっすら想像してた。……でも、それに気づいたら気持ちと一緒に世界が色褪せて。どうしていいかわからなくなった。「俺を利用してくれたっていい、だから」ぐっと引き寄せられ視界は彼の服で覆われる。私を包む木葉の香りに、温かさに、体中の力が抜けて堪えていたものが込み上げた。「一人で泣かないでよ」「ごめ……ごめん、このは」こんな後ろめたいこと誰にも言えなくて、でも一度口に出したら張り詰めていた糸がぷつりと切れた。「ずっと前から好きだったけど、幸せそうにしてんだもん。言えるわけねーじゃん。……でもさ、今は違う」顔を合わせ、私の涙を拭う彼の指先はひどく優しい。「俺を選んで。今すぐじゃなくてもいいから、こんな顔絶対にさせないから」「……うん」曖昧な声で頷く私の髪を梳くように撫でる木葉のその手のひらに、何故か安堵を覚える。……それでも今すぐこの手に縋るのはずるい気がした。
及川
「及川さんはきみ限定で彼女募集中!」「……考えておく」久しぶりの同窓会に顔を出した彼は、高校の時から変わらず私への好意を口にする。「なんでぇ彼女になってよぉ」本当かどうかわからないそれを毎回受け流してはいるが、実を言うと私も及川くんのことがいつしか好きになってしまっていた。ただ、最初からこのノリなので彼の本心をずっと図り兼ねている。そんな私の気持ちも知らずに、程よく酔っている及川くんはみんなの中心に引っ張られて行ってしまった。 * 「……わからない」少し夜風に当たりたくてお店の前の椅子に腰を掛ける。少ししてガラリと開いたお店のドアから顔を出し「見っけ」と笑ったのは及川くんだった。ごく自然に私の隣へ座ると「なになに、俺のことでも考えてたー?」なんていつもの調子で顔を覗き込んでくる。「……私の気も知らないで」周りに誰もいないからか、ぽろりと本音が出てしまった。やばいと思ったが、彼はぽかんとした後に顔をほころばせて。「俺はずっと、本気できみが好きだよ。ああして周りを牽制するくらいには」なんて今までとは正反対の落ち着いた雰囲気で言うものだから思わず目を見張る。「だって、え、本当に好き……なの」「そうだよ、嘘じゃない。だから俺をきみの彼氏にしてくれる?」つい出てしまった言葉に及川くんは目を細め、まるで大切なものを確かめるようにそう口にした。