角名
同棲してから初めて倫太郎が合宿で家を空ける。私も仕事があるし、ついて行こうなんて考えはなかった。……けど、やっぱりがらんとした部屋は寂しいもので。「借りちゃお」それを紛らわすため、倫太郎が高校の頃着ていたジャージを着ることにした。ぶかぶかだけど、柔軟剤と倫太郎の匂いが染みついていてそれが私を安心させてくれる。 * カレンダーを見れば丁度明日の今頃帰ってくるようだ。こっそり借りていたジャージも今日で着おさめ。証拠隠滅のために洗濯しなければとそう思った矢先、玄関からドアの開く音がした。「ただいま。帰る日付わざと一日ずらして書いたんだけど、びっくりし……た」状況を把握する前に倫太郎が入ってきたため、一歩足を踏み出したままの姿で思わず固まった。そんな彼も私の姿を見て、その切れ長な目を見開いている。や、やばい。「おかえり! 洗濯回すから洗う物出してね!」勢いで誤魔化しその場を離れようとすれば「待って」と手首を掴まれ引き寄せられた。倫太郎は私を腕の中におさめ、少しかがんで肩に顔を埋めた。「……俺いない間ずっと着てたの」「ちが、違わないけど……その、ちょっと寂しくて」「ふうん、ちょっと、ね。それでこんな可愛いことするんだ」彼はそう口にするとジャージの金具に手を伸ばす。「じゃあもう帰ってきたからいいよね」と耳の奥に金属の擦れる音が響いた。
赤葦
「ない」京治の部屋に置いていた部屋着を捨てていたことを忘れ、さっきまで着ていた服は洗濯をしてしまった。大ピンチ。ひとまず持ってきた下着だけを身につけ、時間を確認すると京治が帰ってくるまであと二時間ほど。乾燥機で着れる程度まで乾くかな。それまで京治の部屋着を借りたくて引き出しを漁った。「……あった!」引っ張り出したそれは想像以上に大きかったので上だけ拝借する。ちょっと憧れていた彼スウェット、こんなにも京治の匂いに包まれていいのか。……いいよね、まだ帰ってこないし。言い表せない幸せを噛み締めて、服の中に頭を引っ込めラグの上で転げ回る。「……何してるんですか」ふと聞こえてきた声に驚いて、寝転がったままカメのようにひょっこり服から顔を出した。「お、おかえり」疲れ切った顔の彼は私をじっと見下ろしていて冷や汗が背中を伝う。あまりの気まずさから逃げるため上体を起こそうとすれば、彼は無言で覆い被さるように私へと跨った。「きみが俺の服を着てる……可愛い」私の右手に彼の左手が絡み床へ張りつけられる。「ちょと待っ、けいじ」彼は小さく呟いて頬にかかっている私の髪をもう片方の指先で寄せ、一気に距離を詰められる。「なるほど、これは泊まりがけで仕事した俺へのご褒美ですか。……はあ、いい眺めですね」慌てる私を他所に、彼は裾からするりと手を忍ばせた。
リエーフ
ふらりと寄った本屋でリエーフが彼女役のモデルに柔らかい表情で上着をかけている雑誌が目についた。それが頭の隅に残っていたからか、ソファーにかけられている彼の上着に無意識に引き寄せられる。私も同じように羽織ってみたが、何かいつもと違う気がする。「……香水?」彼の上着から香る甘さ。それはいつもつけている香水とは別のもので、あの姿が頭を過りすぐ上着をソファーへと戻した。 * 「疲れたぁー」「おかえ……わっ」彼は帰ってきてすぐ私を腕のなかにおさめる。「あ、いつもの匂いだ」「えっ俺臭いときあった!?」ぽろりと出てしまった言葉に、リエーフは焦って視線を合わせた。「あ、や、そうじゃなくて……そこのリエーフの上着きてみたら甘い感じの匂いがしたから」彼はソファーにある上着を手に取り匂いを嗅げば「ああ!」と笑った。「この香水、今度イメージモデルすることになって何個かもらったんだよ」「イメージ……モデル」その言葉を聞き一瞬でも勘違いしていた自分が恥ずかしい。「なぁ、それよりも俺の服着てみたの!?」「あっ勝手に着てごめ……」瞬間、ふわりと彼の香りに包まれる。「うん、やっぱ可愛い。この前撮影でこんな風にしてさ、お前がやったら絶対可愛いって思ったんだよな」彼が私の肩へ上着を羽織らせ、そう口にした表情はあの写真と同じで。じわりと顔に熱が集まった。
昼神
今日は久しぶりの泊まりなのに長袖の部屋着を忘れてきてしまった、寒い。買いに……でもまた着替えるのも面倒だ。布団にくるまってゴロゴロすれば、洗濯籠の中のパーカーが目に入る。「いいじゃん」にんまりとしながら半袖だけ脱いでそのパーカーに袖を通す。四十センチ近くの身長差だからかパーカーワンピのようだ。幸郎が帰ってくるまで返せばいいやと鼻歌を歌いながら玄関のドアを開けると、目の前は少し暗くて。顔を上げれば図ったかのように幸郎が立っていた。「びっくりしたー」「さ、幸郎」やばい、と思って動けずにいると、彼は視線を上から下へと滑らせそのあと小さく笑った。「その格好はなあに」「これは……へへ」「笑って誤魔化してもだーめ」半歩外に出た足も、半ば強引に玄関へ押し戻されドアを閉められる。「で、そんな無防備な格好で出ようとしたの?」「ちょ、ちょっとだけ」「へぇ」じりじりと近づく幸郎から逃げるように後ずさるがここは玄関。靴を履いたままでは逃げ場がなくなりそのまま段差に座り込んだ。にっこりとしているが怖い。幸郎は私の足の間に片膝をついて腿へ優しく触れた。「待……っ」「俺に見つかったら注意されるって、少しは予測できたんじゃない?」「そんなことは」「あるよね。……さ、これからどうしよっか」彼のその熱を帯びた視線から、もう目を逸らすことはできなかった。