番外編:俺は彼氏でしょ?

『ごめん○○、今日委員会で集まれって言われたの忘れてた。何時に終わるかわかんないから先に帰ってて』
「え、そうなの。私は大丈夫だよ」
『せっかく二口さんの話聞こうと思ってたのに』
「そっち!?」
『いや聞きたいでしょ! じゃあまた今度根掘り葉掘り聞くからね』

時間が迫っていたのかリュックを掴み友達は足早に教室を出て行った。今日は学校全体で部活が休みの日だから委員会の招集にでも当てたのだろう。
友達とゲーセンとかカラオケ行こう、なんて話していたのに予定が消えて暇になってしまった。仕方ない帰ってゲームでもするかと廊下に出れば、スマホから通知音が鳴る。

『今日何か用事ある』

そう一言だけ二口さんからのメッセージが届いていて『まさに今予定が消滅しました』と悲しみに溶けているウサギのスタンプを送った。壁に寄りかかりながら、もしかして放課後デートができるってこと!?なんて少し期待して画面を見ていたのも束の間で。すぐに既読はつくも返事が返ってこない。
……何かあるかもって期待しちゃったじゃん!
溜め息をついて鳴らないスマホをポケットに戻そうとしたが、ちゃんと見ていなくて入れ損ねる。あ、やばい。と思い手元を見るとオレンジの髪が揺れ「セーフ!」という声とともに翔陽がキャッチしてくれた。

「翔陽ナイスタイミングだよー」
「危なかったな、割れてない?大丈夫そう?」
「大丈夫、キャッチしてくれたから。たまにやるんだよね……ポケットに入れたつもりが入ってなかったみたいな」
「わかるー」

翔陽からスマホを受け取り無事を確認してほっとした。
そういえば今日は部活がないはずなのに、彼ははジャージを着ている。もしかしてまた走りにいくのだろうか。私なんか寒くて一歩も外に出たくないというのに。

「私はもう帰るけど翔陽は?」
「俺は校門抜けたらランニング行ってくる!ほらなんだっけ、毎日やったら力になるみたいな」
「え? ……うーん、継続は力なりかな」
「そうそれ!」

彼と話しながら玄関へと向かえば下駄箱のところでちょうど月島くんが靴を履き替えていた。翔陽の方をちらりと見て、すぐに目を逸らし月島くんは噴き出すように笑う。

「もう少しお勉強もした方がいいんじゃないんですか」
「なっ、月島おま……聞き耳立ててんじゃねーぞ!」
「そんだけでかい声出してたら聞きたくなくても聞こえるよ」

面白いくらいに水と油。こんな短時間でよくもまあ言い争いに発展するなと感動さえ覚える。決して煽っているわけではない。
そんな二人を宥めながら自分も靴を履き替え玄関を出た。
月島くんは先程までしていたヘッドフォンを取って首にかけているところからさりげない優しさがにじみ出ている。

「あれ?そう言えば月島くん今日は山口くんと一緒じゃないんだね」
「別にいつも一緒なわけじゃないけど。今日は委員会だって」
「あー友達とおんなじだ。月島くんも部活休みの日は翔陽みたいに走ったりするの?」
「こんな体力おばけと一緒にしないでくれる?適度に休むのも大事だから」
「またバカにしたろ月島!」

何でもかんでも火種になるなこの人たち!
校庭を歩きながら月島くんに食ってかかりそうな翔陽の鞄を引っ張って止める。まばらに歩いている人のなかに、バレー部はいないだろうかと見渡すが、そう都合よくいるわけがなかった。
子供っぽく言い争う二人を止めながらなんとか校門のすぐ手前まで辿り着いた。
月島くんは大人っぽくてちょっと口が悪い人だと思っていたが、翔陽や影山くんと一緒にいるところを見かけるようになってからは印象が変わった。想像以上に年相応。

「……なんかきみ、失礼なこと考えてたよね」
「いや、滅相もございません」

なんでバレたんだと心の中でうろたえながらもそれを否定すべく首を横に振った。このジト目は多分バレている。目は口程に物を言うというのは本当のようだ。

「あ、えっと、あれ、翔陽はもう行くの?」

校門手前でそんなやり取りをしている横で翔陽が準備体操をしている。話題を逸らすように彼の方を向いて話しかけた。
屈伸したりぴょんぴょん飛んだりそれだけで身軽なのが窺える。羨ましいなと思ったと同時に自分のお腹に一瞬視線を送ったが、何も知らない振りをしてすぐに明後日の方を向いた。
その視線の先にいた月島くんはあからさまに目を逸らしたあと、口から「ふっ」と空気を漏らしている。失礼だと思いながらもさっきのことがあったのでおあいこだ。
「私は月島くんより大人だから広い心で許してあげる」と言えば「別に、きみに許してもらうようなことはしてないけど。日向と一緒に走ったら?」なんてにっこりと笑った。本当にこの人、一言多い!
月島くんと言葉の攻防を繰り返しているうちに、翔陽の準備体操は終わったようだった。

「じゃあお前も気を付けて帰れよ」
「うん、翔陽もちゃんと前見て走るんだよ」
「子供と母親みたい」

その翔陽の言葉を皮切りに、各々口にしながら校庭から一歩踏み出せば良く見知った人物が校門へと寄りかかっていた。

「げっ」
「うわっ」
「んだよその反応、失礼だな」
「二口さん!?」

一般的に見て高身長であり他校の制服を纏っている彼はそこに立っているだけで目立つ。校門の外で足を止めている女子がちらほらといるのには気付いていた。でもまさか、二口さんがいるなんて思わないじゃないか。

「わざわざこんなところまで、先輩たちに何か用ですか?」

心底嫌そうな顔をしたあとに取り繕った笑顔を貼り付け月島くんは二口さんへ尋ねた。翔陽は何故か臨戦態勢を取っている。ライバル校とはいえ仲が悪いのだろうかこの人たちは。
双方へ視線をいったりきたりさせていると、不意に腕を引かれバランスを崩した私は二口さんの胸へぶつかるように飛び込んだ。

「こいつ迎えに来ただけだから」

一連の行動とその言葉を聞いた二人はぴたりと止まった。口をきけばケンカする二人だけれど、こういう時は息ぴったりなんだ。日向は顔を赤くしてソワソワしながら月島くんと私を交互に見るし、月島くんは信じられないとでもいうような顔でこちらを見ている。
……でも、ちょっとこれはさすがの私も恥ずかしい。

「これはその、」
「……へぇ〜、じゃ、僕はこれで」
「え、月島!? あ、あれだ、その、ごゆっくり?」

ちゃんと言っとくかと口を開いた直後、察した二人は各々そう言ってそそくさとこの場をあとにした。なんと、散るときも息ぴったり。
二人の背中を見送って改めて二口さんへと向き直る。

「っていうか、びっくりしたじゃないですか!」

彼を見上げてそう告げれば「びっくりさせようとしたからな」と口にした。……心なしかツンとした表情に見えるのは気のせいだろうか。もしかしてなんか機嫌悪い?

「今日は用ないんでしょ」
「あ、はい」
「帰ろ」

ぶっきらぼうにそう口にした二口さんは私の家の方向へと歩き出す。いつもなら繋いでくれる手も繋がず、空いた片手がなんだか寂しい。素直に伝えてみようかどうしようかと彼を覗き込めば「なに?」と尋ねられた。
もらったきっかけを逃すまいと、手を繋ぎたい旨を伝えてみる。

「……いいけど、今日手冷たいから」
「いいです、私があっためるんで」
「なにそれ」
「せっかく二口さんと帰れるのに繋げない方が嫌です」
「……そ」

ポケットから出した二口さんの左手を握ると思っていたよりもヒヤリとしていた。
私たちが口喧嘩をしながら歩いてきている間、結構待っていてくれたのだろうか。そう考えるとなんだか申し訳なくなる。両手で二口さんの手を挟んでも面積が足りない。手の小ささが悔やまれる。

「でも二口さん、昔から言うじゃないですか。手が冷たい人は心があったかいって」
「こういう時の常套句」
「そうですけど!でも最初から優しかったじゃないですか、私には。もちろん他の人にも内なる優しさが滲みでてると思いますけど」
「……気のせいじゃない? その理論でいけばお前は心が冷たいってことになるけど」
「ウッ……はっきりと否定できない」
「そう?」

私の答えを否定するわけでも肯定するわけでもなく二口さんはもう片方の手も取り出し私の手に添えた。もう片方の手はしばらくポケットに入れていたのか、少しだけ温かかった。

「子供体温の熱もらいまーす」
「いうほど子供じゃないですけどね」

そう口にすれば「身長はちっさいのにな」なんて意地の悪い顔で目を細めた。いじわるだ、いつもの二口さんだと少し安心する。いじわるだから安心するというのもどうかと思うけれど。

「これでも伸びる努力はしましたーこれから伸びて翔陽だって追い越すかもしれませんー」
「ふぅん」

……って言っても、翔陽の身長まで十センチ近く差はあるけれど。
二口さんは握っている手をするり抜け、逆に私の手を包みこむ。これじゃあ私があっためられているみたいだ。せっかく温かくなってきた手がまた冷えてしまうと彼を見上げれば、少しむっとした表情で視線を落としていた。

「行こ」
「え、あ、はい」

二口さんは手を繋ぎ直すとそのまま正面を向き手を引いて歩き出した。
怒ってる……ような、そうでもないような。気のせいであれば失礼だし、怒ってるのであれば私が何かしてしまった可能性もある。ちなみに心当たりはない。
でも手を繋いでくれるし、一緒に帰ってくれてるし自分が原因でないと願いたいけれど。遠まわしに……は、言葉が思い浮かばないから直球で聞いてみるしかないかな。

「二口さん、あの……」

そう呟きながら腕へぴったりと寄り添えば、彼は小さく「えっ」と声をもらした。私は敵ではありません、心配していますの意思表示になるかと思ってだったけど驚かせてしまっただろうか。

「なんか怒ってたりしますか? 私の気のせいだったらいいんですけど……」
「……や、その、別に怒っては……ないけど、」

二口さんは私と反対側に視線を逸らし、珍しく口籠っている。
怒ってはないけど……けどってなに。え、私が知らないうちに何かをしてしまったのだろうか。二口さんに嫌われるとか無理無理、いやだよ。

「……けど、なんですか。私二口さんが嫌がるようなことしちゃいましたか?」
「そうじゃ……まあ、うん」
「うん!?」

今までのことを思い返すも、やはり思い当たる節がない。聞くのも怖いけれど。二口さんが嫌がってたことがあったのに気付かないだなんて……彼女として最低じゃないか。

「い、言ってくださいよ。なおしますから……」

嫌われたくないという気持ちから話す唇が小さく震える。それに驚いた二口さんが「え、泣いてる?」なんて覗き込んできたが、別に泣いているわけではない。何をしてしまったのだろうという気持ちがぐるぐると渦巻いているだけだ。

「違う、俺に嫌なことしたわけじゃなくて……。モヤモヤすることには変わりねーんだけど」
「それはどういう……」

空いている手で二口さんの袖を掴み顔を覗き込むとわずかながらに頬が赤くなっている。
な、なにその反応。もしかして私が思っているより深刻なことではないのだろうか。

「……二口さん?」
「あーもー、俺の名前知ってる!?」
「へ!? 二口さん……」
「名字じゃなくて、名前」
「もちろん知ってますよ! 堅治さんですよね、当たり前じゃないですか」
「じゃあ、なんで名前で呼ばないの」
「え?」
「……彼氏じゃん」

少し口をへの字に曲げ、目を逸らしたままそう呟く二口さんの言葉を聞いてもう一度「え」と声がもれた。

「あいつのことは名前で呼んでんのに」

そう口にする二口さんの耳がじわじわと赤くなってきている。なに、その可愛い理由は。こんなに身長が高くてかっこいいのに、急に可愛いこと言いだすのは心臓に悪い。
名前で呼んでるあいつって……。

「……あいつって翔陽のことですか?」
「共通の知り合いで他に誰がいるの」
「や、え、あのなんか…………えへへへへ」
「なーに笑ってんだよ」

それを自覚したら私までつられて顔が熱くなってきて、思わず変な笑いが出てしまった。ちょっと待って、色々頭の中の整理がつかない。もしかしなくても、翔陽を名前で呼んでるのに二口さんを名前で呼んでなかったから少し拗ねてたってこと? 嫉妬ってやつですか?

「二口さんが可愛すぎて、私の心臓に大ダメージです」
「は?」

二口さんは先ほどとは打って変わって、まるで意味がわからないという表情をしている。
自分から告白して一度は断られた身だったから、付き合うことができても自惚れないようにと心のどこかでそう思ってきた。
……でも私が想像するよりも二口さんは好きでいてくれてるって、少しは自惚れてもいいのだろうか。そして二口さんの名前呼びに便乗し、私のわがままも聞いてくれたらなんて思ったりして。
一度手を離し彼の前へと回り込み、改めて両手を握り視線を絡めた。

「……堅治さんだって、私のこと名前で呼んでくれてないじゃないですか」
「はっ!? それは、あれだろ……」
「えー、私も名前で呼んでほしいです」
「…………言ったな」
「え、」

その表情は先ほどまで言葉を詰まらせていたとは思えない。何か悪いことを思いついたような、そんな顔で笑う彼に思わず後ずさりをした。
私が掴んでいたはずの手はいつの間にかすり抜け、逆に腕を掴まれ引き寄せられる。まるで逃がさないとでも言うように。
徐々に縮まる距離が正常な思考を奪って、脳内を焦りで埋め尽くした。

「二口さ……こ、ここ普通の道ですよ! 誰かに見られたら」
「堅治、でしょ」
「け、堅治さ……っじゃなくって!」

あと数センチのところでもう避ける術もないと覚悟をしてまぶたを閉じる。
……しかしそれは自分の予想とは違っていて、その直後に耳を押さえ目を見開くことになった。

「な、なん……っ」
「キスでもされると思った?」
「ぐ……っ」

そう口端をあげる彼はいやに楽しそうだ。
私はと言えば耳にかかる吐息と頬を掠った彼の髪に、自分の名前を呼ぶ声が鮮明に残っていて。そこを中心に身体中の熱が集まっていると言っても過言ではない。
思いもよらなかった彼の行動と、勘違いした恥ずかしさでどうにかなりそうだ。誰か今すぐ私を世界から隠してほしい。

「仕返し」
「なんのですか!」
「なんのだろーね?」

いたずらに笑う彼の耳も赤くなっていて、恥ずかしいのはお互い様なのかもしれない。でも私が二口さんの前でキス待ちみたいなことをしてしまったのが帳消しになるわけではないから。過去に戻ってやり直せないかとさえ思う。

「……仕返しとか言いながら照れてるくせに」
「はあ? お前だって真っ赤じゃん」
「それは……け、堅治さんのせいじゃないですか。勘違いするようなことを……」
「じゃあした方が良かった?」
「え、いや、さすがにここでは」
「ふーん、なら他の場所ならいいってことだ」
「それは揚げ足取りって言うんですー」

ムキになって言い返せば「なに、やなの?」なんて顔を覗き込んでくる彼に一瞬怯む。私の彼氏はそのあざとい表情をわかって使いこなしているのだろうか。もし無意識だったら……末恐ろしい人だ。

「そうは言ってないじゃないですか」
「ははっ、えっち」
「んもー!」
「うおっ」

ああ言えばこう言う彼に上手く言い返すこともできず勢いをつけて正面から抱き着いた。驚いたのか二口さんは微動だにしない。埋めている顔を彼の方へ向け「これでおあいこですね」と笑えばくちを尖らせ「まあ……」なんて視線を逸らした。

「翔陽が特別だからとかじゃなくて、昔からの友達だからです。特別好きなのは堅治さんなので!」
「……っ、わかってるし」

「ぎゃっ」と可愛くもない声が出たのは、不意打ちで頭をぐしゃぐしゃにして私の腕をすり抜けていったから。それも照れ隠しなのかもしれないと思えば、髪を直しながら自然と顔が緩む。そういうとこですよ、堅治さん。

「……ふっ、髪ぼさぼさ」
「誰のせいだと……」
「〇〇、行くぞ」

自分から言い始めたのにも関わらず、私の名前を呼んだ彼はやっぱりまだどこか照れているようだった。