きみと夏

kgm
「こういうのを風情があるって言うんだろうね」「そうですね、ここにしてよかったです」古民家を一棟借りて宿泊ができる場所を見つけた私たちは、久々の完全なオフをそこで過ごしていた。ちょっと贅沢な夜ご飯とお酒を嗜み、一緒にかけ流しのお風呂に入ってからの今は縁側で寛いでいる。夜風に揺れる風鈴の音が静かな庭にりんと響いた。「都心だとずっと蒸し暑いけどここは風も気持ちいいー。浴衣に風鈴に蚊取り線香って、ザ・夏って感じだし」「そうですね、今ではなかなか身近に感じることもなくなってしまいましたが。……改めて良さを感じます」「んね」目まぐるしく過ぎる毎日とはうらはらに、緩やかに時が流れるこの空間がずっと続けばいいのにとさえ思う。ちらりと横を見ればじっとこちらを見つめるハヤトの瞳に捕まった。それをきっかけに指の先から手の甲へ、撫でるように重ねられた大きな手に心臓が跳ねる。「浴衣、よく似合ってますよ」艶めく瞳でそう口にするハヤトから目が離せない。「ありがとう。ハヤトもかっこいい……っていうか色気が増しているというか……。待って自分で言っておいて恥ずかしい」「いいじゃないですか素直で。私も貴女に同じことを思ってましたから。……ここで脱がすのもまた一興、かもしれませんね」頬へ伸びた彼の手と同時にグラスの氷がからりと音を立てた。



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右手にりんご飴、左手に飲み物、右手首にはたこ焼きをぶら下げてお祭りもとい屋台を満喫していた。「花火までまだ時間がありますし、とりあえずどこかに座って食べましょうか」「賛成」刀也の後について行き、人の流れから外れた境内の近くのベンチへと腰をおろす。少し外れただけで意外と人が少ないところもあるのだと、この場所を知っていた刀也に感心した。「お祭りの音は聞こえるのに静かでいいね」「そうでしょう、こういうところ見つけるのは得意なので」「さすが」カップに入ったりんご飴を口に入れた横で、刀也はチョコバナナを頬張っている。私も買おうとして諦めたが、やっぱり食べたい。「とーや」「嫌です」「まだ何も言ってない!一口頂戴」「言わなくてもわかるから嫌だって言……っ!」「へへ、りんご飴食べたね。等価交換でーす」口を開けた刀也の口にりんご飴を突っ込み既成事実を作る。我ながらずる賢い。「というわけでもらいまーす」「ちょっと!」落ちる髪を耳に掛け、手に持っているチョコバナナにかじりつく。……あれ、文句言わないんだ?なんて彼を見上げれば、大きく目を見開く刀也と視線が合った。「健全なのにいいものを見せてもらいました。ありがとうチョコバナナ」ワンテンポ置いてその言葉を理解し、恥ずかしさのあまり残りも全部頬張った。



fw
「すごいねぇ!一回やってみたかったんだ海で花火するの」「めっちゃ綺麗やなぁ」最後の花火の導火線に火を点けると、今までのものより高く噴き出した光が波打ち際にも綺麗に映っている。これがエモいというやつか。「なぁ、袋の中に線香花火残ってたけどやらん?」「やる!もうこれで最後だと思ってた」「なんか得した気分やなぁ」「そうかも」湊と二人並んで線香花火に火をつけると、ちりちりと小さな音を立てて赤い丸を描いていく。「線香花火結構好きなんだよね」「俺も」数本ある線香花火の花咲くこの一瞬をただ静かに眺めていた。ぽとりと落ちる最後の線香花火。そろそろ帰らなければならない時間が近付いてきたことに、寂しさが込み上げる。「……ねぇ、また来年も一緒に来てくれる?」少しセンチメンタルな気分になってしまったが故にぽろりと出てしまった言葉。「や、ごめん、なんでもない」ホストで多忙な彼には先の話、ましてや来年も付き合っているとは限らないし重い発言かもとすぐに取り消した。「ええよ」「え?」「来年と言わず、再来年もその先も一緒に来たらええやん」躊躇いもなくそう笑みをこぼす湊を見て彼へと寄りかかる。「……好き」「どうしたん急に。可愛いすぎるでしょ」湊は私の髪を耳に掛け、顔を覗き込むように唇を重ねた。



kid
「晴、休憩しない?」夕方まで急ぎの仕事が入ったと自室に籠っている晴に、ドアの隙間を少し開けて声をかけた。「んー行き詰まってるからそうしたいと思ってたところ」「ほんと?じゃあちょっと縁側で待ってて」急いで台所へ行き、凍らせていたそれと機械を取り出しシャリシャリと削り出す。「じゃーん」「かき氷だ!」「何味にする?」「どうしようかな……僕はブルーハワイで」「じゃあ私はいちごにしよ」シロップをかけ、しゃくしゃくと混ぜて口へと運ぶ。縁側で食べるかき氷なんて最高でしかない。なんて思っていたら、晴は隣でピタリと食べる手を止め悶えていた。キーンとなっているであろう彼に「おでこに器当てるとおさまるよ」と伝えればすぐに実践。「ほんとだ、これすごい」「なんか冷たいのがいいらしいよ」「へー覚えとこ。……ね、見て」そう言って晴は青色に染まっている舌をぺろりと見せる。「あっは、めっちゃ青!ほら、私も真っ赤……っ」私も同じく舌を出したその一瞬の隙だった。晴はかぷりとそれを捕まえ、唇を塞ぐ。咥内へと侵入する舌がいつもと違いひんやりして変な感覚だ。持っていたかき氷は晴によって寄せられ、空いた手に指を絡めそのまま押し倒される。唇を離してくれない息苦しさに胸を叩けばようやく開放された。「……口の中、冷たいね」「……っ、熱いよ」じわりと身体が熱いのは、完全に彼のせいだ。



kne
「花火の時間が近いから流石に人が増えてきましたね」アナウンスが鳴る前に歩き始めたが、それでも人にぶつかりそうになるほどには多い。『19時より花火が始まります。足元に―…』「しっかり手掴んでてください」「大丈……いたっ」「え、待っ……」横から思い切りぶつかられ、驚いた拍子に手を離してしまった。やばい、と思った時にはもう遅く叶くんの姿は流されて見えない。連絡を取りたいけれどここで足を止めるわけにもいかず、迷惑にならない程度に周りを見渡した。……どれくらい経った?人が多すぎてわからない、もう会場に着いちゃったかな。花火まで会えなかったらどうしよう、流石に心細い。「……掴まえた」手首を掴まれ後ろへと引き寄せられる。聞き慣れた声に上を向けば探していた彼がそこにいた。「もう……びっくりしましたよ言ったそばから」「ごめんぶつかっちゃって……」「もうはぐれないようにしないと」叶くんは私の横に立って腰に腕を回し、身体が密着する。「これで離れませんね」そう口にした叶くんを見上げれば、いつも飄々としている彼の首筋に伝う汗にどきりとした。慌てて探してくれたのかなとか、なんかちょっとえっちだなとか。「……あ、今えっちなこと考えたでしょう」「そんなこと……ほんの少し思ったけど」「あはは、すごい正直。……じゃあ帰ったら楽しみにしててくださいね」そう意地悪く笑う彼にじわりと顔が熱くなるのを感じた。



kzh
「あっちー!なんでエアコン壊れてんだよ」「急に壊れたんだもん私だって勘弁してほしいよ」暑くなってきたと思ったら急にうんともすんとも言わなくなったエアコンが憎い。今の時期がやはり多いようですぐに修理はできないと順番待ちだ。急遽冷風扇を買ってきてその前に座り直接風を浴びる。「てかあっちいからくっつくなよ」「いや近くにいないと私にも風来ないよね!?」「俺の後ろにいたっていい」「なんで風遮る方向になるのよ」テーブルに乗っているお茶のグラスも、この暑さで水滴が溜まっている。氷が溶けきる前にと手を伸ばせば、葛葉は「俺にも」と口にして動く様子はない。彼の飲み物を取って渡すと、彼が受け取った際に私の腕へと水滴が落ちた。「冷たっ……まぁ、今は気持ちいいまであるか」「……」「……っ、痛っ!?え、は?葛葉なにしてんの」お茶を飲もうとした手を止め、痛みの先に視線を移せばしっかりとした噛み跡が腕にあった。この吸血鬼は何してくれてんの。「何か美味そうに見えた。しょっぱい」「ちょ、やめてよ恥ずかしい!汗かいてるんだからせめてシャワー浴びた直後とかにしてよ」「ふうん、風呂入ってからならいいんだ」その言葉を耳にして、逃げようとした瞬間に手首を掴まれる。「ちょっとちょっとお客さん、水浴びでも如何っすか?いいっすよね?」なんて、にたりと浮かべる彼の笑みに嫌な予感しかしない。