ずっと待っていた、手を握られたあの日から。
自分の恋愛体質もよくわかっているつもり。それが叶わない恋が多いってこともよくわかっている。でも恋に移り変わるそれを諦められなかったのはしかたないよね。
卒業式が終わって胸に花を飾り付けたまま主任を探すと、門の外で待っているのが見えた。
くるりと後ろを振り向けば、あく太たちは他の人と話していたりでこちらに気付いていない。言うなら今のうちだとそっと彼女の方へと駆け寄った。
「主任」
「……あれ、七基くん? もうみんなとお別れしたの?」
「まだ、だけど……ってなんか目赤くない?」
「あはは、こうして迎えに来ただけなのにね……ここからみんなの姿見てたらなんか感極まっちゃって」
「涙もろいんですね」
涙を流している時にハンカチを差し出せたらよかったのに、なんてできないことを後悔したりなんかして。
……でも泣いてくれるくらいには大事に思ってくれてるってことでいいんだよね。と、そこは嬉しく思う。まあその対象が俺だけではないっていうのが少し不服だけど。
「私はみんなが帰るの待ってるから大丈夫だよ。最後だし、ゆっくりしてきて」
「や……大事な話がある、っていうか……」
気付かない振りをしていたけど、心臓がやばいかも。でも完全に好きを自覚した時より少しはマシ……になってると思ったのに。
いざ伝えようと思ったらこんなにも言葉に詰まってしまう。主任の前ではもっとかっこよくいたいのにそれがなかなか難しい。
「七基くん? どうしたの」
「〇〇さんって、呼んでもいい? 最初さみんなの前で主任……って呼ぶことにしたの、ちょっと後悔してたんだよね。名前で呼んでる人もいるのに」
「いいよ、七基くんの好きなように呼んでくれたら。大事な話ってこれのこと?」
「いえ、もう一つ……」
呼び方に対して、彼女は間髪なく笑顔で了承してくれた。ずるい、可愛い。
一番の本題はこれからなのに心臓はどくどくと大きく脈打っている。……主任に聞こえませんようにと、次の言葉を伝えるべく口を開いた。
「俺……今日卒業したから、〇〇さんに堂々と好きってこと伝えていくので。よろしくお願いします」
「……え!?」
「ははっ、〇〇さんでも照れるんだ」
「あ、そういうことか、なんだもう揶揄わないでよ。でも、私も好きだよ七基くんのこと」
一瞬驚いてみるみる頬が赤くなったが、彼女の中で何か考えが完結したのかすぐ元に戻ってしまった。でもこれは完全に脈なしではないかも……と思えば少し心が軽くなる。お陰でさっきまでしどろもどろだった言葉も今は落ち着いて言えそうだ。
「……あなたが俺を好きだと、大切にしてくれているのはわかってます。でも別の面でも振り向いてもらえるようにがんばるので、どうぞよろしく」
「ど、どうしたの七基くん」
ああ、今の言葉を聞いて彼女は何を思い浮かべたのだろうか。わかりやすく動揺していて可愛い。
「だって俺も大人になって、あなたとの間に気にしないといけない壁はなくなりましたから」
そう伝えれば「か、壁……?」と少し難しい表情をして頭に疑問符を浮かべている。
考えていることが全部表情に出ていて手に取るようにわかる……そんなところも好きだなと改めて思わされた。
「あとひとつ、卒業祝いでお願いが……あるんだけど」
「ん?なにかな」
卒業という特別な行事に乗じて何か簡単なことをしてもらえないかと考えていた。
おめでとうのハグも考えたが、それはちょっと……俺がまだ無理かも。ハグされた瞬間爆発する。なんて悩んでいたけれど、彼女に撫でられているしゅうまいを見て思いついた。
「卒業おめでとうって、頭撫でてくれます?」
そう伝えた瞬間少しぽかんとしていたので、もしかして引かれた? と不安が過る。しかし次の瞬間「いいよ」と笑ってくれたことに安堵した。
「もっと大層なお願いかと思ったから、拍子抜けしちゃった。それでいいの?」
「それがいいんです」
「わかった、届かないから少し屈んでくれる?」
言われた通り彼女の手が届く位置まで屈むと必然的に距離が近くなる。ああ、可愛い。
ふわりと鼻腔をくすぐる彼女の香りに心臓が大きく動く。意思に反してじわりと熱くなる顔に、赤くならないでくれなんて無茶なことを祈った。
「七基くん、卒業おめでとう」
彼女はそう言って目を細め、俺の頭へと手を滑らせた。優しく撫でるその手が心地いい。彼女の頬に触れようと思えば触れられる、その距離僅か十数センチ。……心臓の音が耳に響く。
もう少しだけ、いや本当はもっと長くこのままでいたいなんて。そんなことを思いながら伏せていた視線を上げればぱちりと絡み合う。
「ふふ、これからもよろしくね」
「あ、や、俺こそ……」
「なになに七基ずりー先生オレも褒めてよ!」
「わ、っぶな……ちょっとあく太、驚かせないでよ」
「うーわ、あからさま」
「……なにか?」
「それならば僕もお願いしたい」
「……えっと……」
「あはは、いいよ。みんな卒業おめでとう!」
あく太が後ろから飛びついてきたのを筆頭に、ぞろぞろとみんな集まってきた。彼女の右手はあく太、左手には宗氏の頭に乗せられている。ちゃっかりしてるなと思う反面、なんていうか……そうやって無邪気にお願いできるところが羨ましい。控えめに待機している季肋と、一歩引いてそれを眺めている潮にもくすりと笑ってしまう。
賑やかだなぁ。あっという間に二人きりの時間は終わってしまい、ほんの少し……物足りなくはあるけれど。
……でもこの雰囲気も嫌いじゃない。
「〇〇さん」
「ん?」
「これからもどうぞ、末永くよろしくお願いします」
「もちろん、こちらこそよろしくね!」
屈託のない笑顔を向けてくれる彼女を見ていつかそういう風に意識してくれたらいいのにと、願わずにはいられなかった。