新名DomSub

「今日別店舗のヘルプ頼まれて、帰るの遅くなるかも」
「そうか。俺も今日は遅くなるかもしれない」

ちりっと、胸の奥に不安が募る。有は危険な仕事をしているらしく、返り血を浴びて帰宅することもしばしばあって。
彼が怪我をしたと勘違いして悲鳴を上げてからは、開口一番に「怪我はしていない」と言ってくれるようになったけれど心配なことには変わりない。

「……今日は危ない仕事? 怪我、しないでね」
「内容は言えないが善処する」
「うん」
「……Come」

コマンドに反応し彼の目の前に立って見上げると、私の髪を柔らかく梳いた。不安に思った気持ちが伝わったのだろうか。「いい子だ」と撫でるその手が心地好くて、不安もじわりと溶けていく。

「終わったら連絡を入れておけ。俺の方が先に終われば迎えに行く」
「うん、ありがと」

*

初めてきた店舗である見慣れない廊下をとぼとぼと歩く。

「うわ……迷ったかも」

私が働いているDomSub専門のカフェはどの店舗もプレイが可能で、全て個室になっている。……だからこそ、初めて来た場所は覚えるまで多少なりとも時間がかかってしまう。
休憩時間になったが、個室を覚えるのに集中していてスタッフルームの場所を忘れてしまった。お客さんのフロアとは別の階にあるって言われたのは覚えているんだけど。
スタッフオンリーや関係者以外立ち入り禁止の文字を探して歩いているが、なかなか見つからない。自分たちのお店より上は別のお店が入ってるし、多分ここら辺のはず。

「も一、休憩時間なくな……ここだ」

ようやくそれらしき場所を見つけ、休憩できることにほっとした。ただでさえ今日はスタッフが少なく動きっぱなしだったから早く座りたい。そう思いながら「失礼しまーす」と扉を開けた。

「あ、えっ……と?」

扉の先はスタッフルームには似つかわしくない空間が広がっていて。集まる視線に思考が追い付かず、その場に立ちすくむ。
『おい』と声をかけられたことで我に返り。慌てて「失礼しました!」とすぐに踵を返したが、手首を掴まれその空間へと引き戻される。無情にも私が出ていくはずだった扉は、金属のぶつかる音を立てて静かになった。

『新しいSubの子?』
「いえ……私は上の階のスタッフで」
『なんだ迷子か』

得体の知れない不安が湧いてくる。逆らうことのできないこの雰囲気、奥の人も含めてここにいる男性はほとんどがDomのようだ。
そして嫌でも目に入る女性は、きっと、Sub。横たわっている人もいれば、目隠しをされてる人もいて。普通じゃないこの状況に肩を震わせる。

「あの、休憩室と間違えて……だから、」
『だったらここで少し休憩していきなよ。Subなんだろ』
「いや、」
『Kneel』
「…………っ」

気持ちに反して、私の足は床へぺたりと貼りついた。嫌な汗が伝って、不快感が纏わりつく。今の私に目の前のDomに抗う術は、ない。

『ははっ、いいねその表情』

独りよがりなコマンドに体が震える。逃げたいのに、金縛りにでもあったように自由がきかない。拒否反応から溢れる涙はぽろぽろと無抵抗に零れるばかりだ。

『Come』

……従いたくなんてないのに、どうして。
依然として体は逆らうことができず、座ったまま見知らぬ男性の目の前までぺたぺたと這って行く。恐怖を感じながらもコマンドには忠実だからか、男は満足そうな笑みをつくった。
――怖い、気持ち悪い。そう思ってもSubのこの体はDomの前では抗うことなんてできない。まるで誰かに体を操られているみたいだ。

『Strip』

それだけはと思っても、私の指は自身の意志を聞いてくれない。後ろで結んでるリポン結びを解いてエプロンを外し、制服のポタンへと手をかける。キャミソールは着ているものの、それもきっと時間の問題だ。
……頭がグラグラする。視界が狭くなって冷や汗が止まらない。このまま、どうなるんだろう。

「Stay」

耳慣れたその声と今までとは違う重い気配に、ぴたりと手が止まる。それと同時に男たちの呻き声が聞こえてきた。

『ゔぁっ』
『んだよお前ら……っ』

ぴりぴりとこちらにまで伝わるその圧と、不意に殴られたことで目の前の男たちは床に倒れている。今までの雰囲気がまるでなかったかのように、彼の出すグレアに怯えていた。

「有、それ以上やると彼女にも影響が出るんじゃないか」
「……そうか」

冷静な足取りで有は私のところへと来て、自分の上着を肩へかけてくれる。嬉しいはずなのに、依然として体の震えは止まらない。

「目を瞑っていろ」

私の瞼を覆うように、彼は優しく手を滑らせた。しかし先ほどの緊張からか、相手は有だというのに体が強張る。

「……ご、ごめん」
「お前は悪くない。すぐに終わる」