『侑くんがバレーしてるところを見て好きになりました。付き合って……ほしいです』
『それ本当に俺じゃなきゃダメなん?』
『……え? あの、侑くんが好きなんだけど……それってどういう』
『バレー見て好き言うんなら俺やなくてもええやろ、サムなんか似とるし』
『違……っ、誰でもいいわけじゃなくて』
『興味ないねん』
苦すぎる過去の思い出を、どうしていまさら本人から掘り起こされないといけないのだろうか。
とうの昔に過ぎたことだというのに、いまだに小さくしこりが残って消えてくれない。彼への未練なのか、それだけ振られたことに深く傷ついたのか、はたまた両方なのか。今この場にいてもはっきりとはわからなかった。先程までお酒で火照っていた身体も、夜風に当たりすっと冷めていくと同時に頭もクリアになる。
「付き合うてほしいんやけど……かわええな思うてて」
「……私じゃなきゃダメなの?」
あの時のセリフをそのまま返すなんて、自分で言っておきながら本当に性格が悪いなと心の中で自身を嘲笑う。言われた本人はといえば、予想していなかった答えが返ってきたからなのかぽかんと口を開けていた。
侑くんは中学生の頃から既に人気があったため、視界の端にすら映っているかわからないようなクラスメイトの告白なんて覚えているわけがないだろう。ましてや振った相手なら尚のこと。
それがまさか何度目かの中学の同窓会で、今や世界的にも有名になった彼に告白されるとは夢にも思わなかった。飲み会の席だって隣になったこともあるが積極的に話したわけでもない。中学生の時にあんな振り方をしておいて何故今急に、というのが率直な感想だ。
「ダメや。あんたやないと」
「……なんで」
「○○さんやないとこうドキドキせえへん。それに隣におるんは俺がええ」
……これがあの時聞けたらどんなによかったことだろうか。別にあの頃から特別可愛くなったわけでもないのに、何年も経ってから逆に告白されるなんてこんなに皮肉なことはないだろう。そしてこの様子から私を振ったことを覚えていないと確信できた。
本来であれば自分なんか手の届かないような人で、しかも昔好きだった人からの告白は嬉しいはずなのに。今はなんだか虚しい気持ちになるのはおかしいだろうか。
「うーん、でもごめんね」
「……彼氏とか好きな人おるん?」
「いないよ」
「なら」
「侑くんにはもっといい人がいるよ」
振るときの定番のセリフをそのままぶつけた。我ながら冷たいと思う。でもあの日の侑くんよりは幾分か今の方が優しいのではないだろうか。
最初の同窓会で大人になった彼を見て驚いた。中学の時よりずっと身長も伸びて、顔も大人っぽくなっていたから。飲み会の中でプロになるためバレーを続けていると耳にして、やっぱり好きなことに夢中になっている彼はかっこいいと思ったのが正直なところだった。
その後侑くんは本当にプロ入りして、今ではテレビの中の人だ。大会で至極楽しそうにボールを触る姿は、自分が彼を好きだったあの頃を彷彿とさせる。でもそのたびに昔彼にもっていた好意的な気持ちと、突き放された時の惨めさとで気持ちを濁らせた。
あの日のことを自分の中でなかったことにはどうしてもできない。どうすればこのしこりが取れるのかもわからないけれど、時間と共に傷が薄れるのを待つしかないと思っていた。まさか今日根っこから掘り返されるとは思ってもみなかったが。
「おらん」
「え?」
「もっといい人なんておらん。いるかどうかは俺が決めるし、○○さんがええの」
どうしてそこまで言ってくれるのに、昔振ったことは覚えていないの。再会して特別侑くんと大きく関わったわけでもなければ、何か特別好かれることをした覚えも言った覚えもない。
振ったのにも関わらず食い下がる彼にどうしていいかわからなかった。昔のことを話してしまおうかとも考えたが、でもそれはできるなら自分で思い出してほしい。……私はどうしたいのか、どうしたらいいのだろう。
「ごめん、そう言われてもすぐはいとは言えない」
「ちなみに俺のこと嫌いなん?」
「嫌い……ではないけど、好きかと言われるとわからない」
「……なら諦めへんから」
「え?」
「生理的に無理とか嫌や言うんやったら、俺かて〇〇さんの嫌がることはしたないから諦める。せやけどそうやないなら諦める理由にはなれへんし」
「いや、だから……」
最大限傷つけないように言葉を選んだつもりが裏目に出た。嫌いではないけど好きでもないってはっきり言った方がよかったのだろうか。……いや、どちらにせよ同じ意味になってしまう。
「グループチャットにおるよな?後で連絡するから」
「いるけど、連絡って……」
『ねえー侑くんと〇〇は二次会行けへんのー?』
「おん、今行くわ。とりあえず行こか」
「あ、うん」
都合の悪いところで会話が断たれてしまった。よりによってこのタイミング……。
でも声をかけられた以上ここに留まって話すのも変な噂が立ちそうなので、彼の後に続いて輪の中に戻った。
*
「ごめん、ちょっと用事あって帰るね。盛り下げたくないしこっそり帰るから。これ二次会のお金渡しておく」
『え、二次会全然飲んどらんみたいやしお金ええよ。気いつけて帰りや』
「ほんと?ありがと。じゃあまた次回ね」
こそこそと二次会を抜け出し数分歩いたところで後ろを振り返る。誰もついてきていないことを確認し少し安心した。帰りまで一緒になってしまったら私が気まずい。
冬を感じさせる冷たい風が頬を撫で、思わずぶるりと震えた。
はあ、どうしてこんなことに。言ってしまえば共通点なんか同級生ってくらいじゃん。私はバレーに関わっているような仕事でもなければプロの世界に詳しいわけでもない。どうして……。
ふと顔を上げればおにぎり宮が目に入った。まだ営業しているかなと暖簾をくぐろうとすれば「お、びっくりした。いらっしゃい」と声をかけてくれた治くんとぶつかりそうになる。
「あえ、もしかしてもう閉店準備するとこだった?」
店内を覗けば、どう見てもお客さんはいない。タイミングが悪かった。
「今暖簾おろそ思うてたとこやけどええよ。しめのお茶漬けくらい出したるわ」
「え、嬉しいありがと」
「今日俺も行きたかってんけど、イベントでの注文がはいってな。中で待っといて」
「そうだったんだ残念。じゃあ失礼して」
治くんの横をするりと抜けてカウンター席へと座ると、外の寒さを忘れさせてくれる暖かさといい香りがする。
侑くんと双子である治くんのお店にくるようになったのは小さな偶然だった。
社会人になってから残業が続いたボロボロの身体で、ふらりと立ち寄ったのがおにぎり宮。まさか治くんのお店だとは思わず、顔を上げたときに驚いたのを覚えている。その時も閉店の十五分ほど前でちらほらとお客さんが少なくなっていたときだった。お茶漬けを出してもらい、他のお客さんが帰ったら暖簾をおろして昔話に花を咲かせたのがまた話すようになったきっかけでもある。
「で、おにぎりは何にする?今これらしかあらへんけど」
「んー……焼きおにぎりかなあ」
「これ飲んで待っとって」
「ありがとう」
出してもらったお茶を口にすればほっと一息つく。あれから変な気を張っていたんだなと改めて実感した。
お茶を半分ほど飲んだ頃に「どうぞ」とお茶漬け一式が乗せてあるお盆が目の前に置かれた。すぐにお礼を言ってお皿を見れば、多種多様な薬味の種類にどれから乗せようかなとわくわくする。
「いただきます」
「どーぞ」
「……沁みるー。あれ、いつもデザートってついてたっけ?」
「なんか疲れとる顔しとったからおまけ」
「なにそれ嬉しい、ありがとう」
「で、なんかあったんやろ。言える範囲で吐き出してもええよ」
……さすがに兄弟のことを話すのは気が引けるなあ。でもまあ名前を伏せれば誰のことかわからないだろうし、ちょっと気持ちの整理がてら話してみようかな。
治くんは色んなお客さんの話も聞いているだろうし、客観的な意見を言ってくれそうな気がする。
「ちょっと食べ終わるまで考えていい?」
「別に言いたないなら無理せんでも」
「うーん、ちょっと意見聞かせてほしいかも」
「わかった」
私はお茶漬けを口に運び、薬味を足して味を少しずつ変えながら全部食べた。当たり前だけどここのお茶漬けは最高のしめです。完食してからおまけしてくれたパンナコッタを口に含めば程よい甘さが広がる。あっという間にそちらも食べ終わり「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
前に話し込んでお会計を忘れてしまったことがあったので、話す前にお会計先でいいか聞くと治くんは「忘れても前みたいにあとでもええよ」と笑う。いやいやよくない。こんなに美味しいものいただいておいて、ツケはよくない。
一度レジの前に行きお会計を終わらせてまた椅子に座り直す。湯呑に残っていたお茶を一口飲んでから改めてその話を切り出した。
「……気持ち重い話になるんだけどさ」
「お、おう」
「例えば治くんがある人に告白したとき、別に私じゃなくてもいいでしょ。他の人にしたらって振られたとするでしょ。自分の目線で」
「おん」
「何年か経って、同じ人から逆に告白されたらどう思う。何事もなかったかのように」
「えぐう!ひとでなし……いやちゃう、ただのアホか」
「シンプルに全部悪口」
そう言って一歩後ずさる治くんに思わず笑ってしまった。それと同時に私がもやもやしていることはおかしいことではないと、そう肯定してもらえたようで少し安心する。
「……それが今日元気なかった理由?」
「うん、まあ。……学生の時のことだから覚えてないのも仕方ないのかなと思う反面、私は結構傷ついたのになって」
「んで、どうしたいん?」
「んーわかんないから治くんに話してみようかなって思った」
これで気持ちの整理がつくかと言えば難しいだろうけど。一人で悶々と考えるよりは、もしかしたら別の視点で考えられるかもしれないから。
「私が告白したことも振ったことも全く覚えてなくて正直むかついた。でも、あーやっぱりかっこいいんだなっても思ったよ」
「乙女心は複雑やんな」
「もう乙女とか言う歳でもないけど」
「確かに」
私の言葉にうんうんと頷く治くんに思わず「そこは否定してよ」なんてつっむと、彼はわざとらしくおどけていた。
「……どう足掻いても昔好きだなって思った部分は変わらないんだよね、悔しいけど」
「俺ならいっちゃん最初に『なーんも覚えてへんの?』って即言うてしまいそやけどな」
「やって、自分だけもやもやしとるの嫌やん」なんて治くんは口を尖らせる。
ただ思い出してはもらえなかったが、私も精一杯の嫌味を言い返したことを彼に話せば「やるやん、強ぉ」と噴き出して笑ってくれた。
「でも悩むってことは、まだ好きなんちゃう?」
「…………どうかな」
「その間は図星やん」
ストレートにそう言われ、一瞬言葉に詰まってしまった。すかさずそこに茶化すような治くんのツッコミが入る。
さっき答えた時も、今は好きではない、嫌いだという言葉が真っ先に出て来ないのが答えだろう。きっと心のどこかではまだ好きなんだと思う。悔しいけれど。
忘れようとする前に苦々しい記憶まで一緒に掘り起こされてしまったが、悲しい、虚しいという気持ちだけではないのも確かだった。……思いもよらない出来事に、なかなか認められなかっただけで。
「……あーあ、モヤモヤするね」
「そういう割にさっきよかすっきりした顔しとるけどな」
「あはは、そうかも。まだ完全にとは言わないけど、大分気持ちも落ち着いたよ」
「ならよかったわ」
「治くんのおかげだ。ありがとね」
「どういたしまして」
一息ついたところで後ろからガラリとドアの開く音がし、驚いて背筋が伸びた。もう暖簾はおろしているし閉店のスタンド看板も置いていたはず。だから安心して話していたのに。
後ろを振り向いて確認するのも不躾だと思いながら私は前を向いたまま治くんの様子を窺っていると、よく覚えのある声が店内に響いた。
「サムーなんかうまいもん食べさしてー」
「来るなら連絡くらい入れとけや」
「……って、あれ、〇〇さんやん!」
暖簾をおろしているところに入って来れる人なんて一握りじゃないか。まだ飲み会は続いてるだろうと思い勝手にその可能性を排除していた。
やばい、どうしよう。そう思った時にはもう遅くて、すぐ私に気が付いた侑くんは声を上げた。居たたまれなくなった私はあたかも用事があるような素振りで慌てて鞄を持ち立ち上がる。
「治くん、ごちそうさま。今日も美味しかった、ありがとね。じゃあこれから母親のところに行くから、侑くんもまたね」
「ちょお待っ」
よくもまあ、ありもしない予定が口からスラスラと出てくるなと自分に関心しながら侑くんの横をすり抜ける。治くんには申し訳ないけれど、一方的にお礼を言ってお店を出た。あとでごめんってメッセージを送っておこう。
ドアを閉めて足早におにぎり宮を離れるも侑くんが追ってくる様子はなさそうだ。
お礼を言った時に見た治くんの表情はあの大きい目をこれでもかとまん丸くしていて、私が相談したことの相手がわかってしまったのかもしれない。……それでもしかしたら引き止めてくれたのかも。
「……あー、申し訳ないことしたな。ごめん治くん」
まだ夜を楽しむ人たちの中、ぽつりと呟いた言葉は通りすがりの笑い声にかき消された。
*
あれから二週間、私は何故かまた閉店後のおにぎり宮に来ていた。今度はカウンターではなくテーブル席だけども。そしてもう一つ違うのは、目の前には治くんではなく侑くんがいるということだ。ここの店主である治くんはと言えば、奥で仕込みをしていると引っ込んでしまった。
なんとなく呼ばれた理由は察すれど、気まずいこの空気を私はどうしたらいいのかと考えあぐねている。なにか喋らないと先に進まないのになにも言葉が出て来なくて、私の口からは「えっと……」という声が漏れただけだった。
「ほんまにすんませんでした!」
侑くんは私の呟きに続き、机におでこをぶつける勢いで突然そう口にした。思わぬ謝罪とその声の大きさに肩が跳ね上がる。
今の言葉から治くんとの間でなにかあったのだろうと容易に想像できた。そうでなければあれだけ諦めないと啖呵切った後、こうして謝ることなんてないと思うから。
「あ、ごめん。なんか言いかけとったよな」
「ううん、大丈夫。何か言わなきゃと思ったけど何も出て来なかっただけだから」
「せやな……急に謝られてもわからんよな。それも悪い思うてる」
何についてなのかは大方想像はつくけれど。いつもは自信に満ち溢れてますーみたいな表情なのに、今目の前の彼は飼い主に怒られた犬のように小さくなっていてなんだかこちらまで居たたまれない。
カウンターの方をちらりと見ても治くんは出てくる様子はなく侑くんへと視線を戻した。
「いまさら謝っても無神経なことで傷つけたことには変わりないし、許してもらえるとも思うてへんけど」
「……うん」
「サムからアホみたいに怒られて、うっすらとやけど昔のこと思い出してん」
あの日侑くんが追いかけて来なかったからもしかしてと思ったけれど、やっぱり治くんが話をしてくれたんだ。
ぽつりぽつりと、侑くんが私に謝ったその理由を話し始めたので静かに耳を傾ける。
「正直サムに言われるまで昔のことはすっかり忘れとった。ほんまにごめん」
「……」
「大人になってからも傷つけてもうた」
「……うん。あの日侑くんから言われたこと私は全部覚えてるのに、忘れられてたのはさすがにショックだったけど」
そう伝えれば侑くんはまた「ごめん」と眉を下げた。
「でも、いまさらどうにかできるものでもないし。謝罪は受け取ったから、もう謝らなくて大丈夫だよ」
そう伝えると彼は少し複雑そうな顔をした。謝ってもらえたことでほんのちょっとは過去の自分が救われたのかもしれない。でもただ一方的に謝られてばかりだと正直居心地が悪くて、自分もこれ以上どうしていいか、どうしたいのかわからないのが本音だ。
「わかったならこれ以上近づかないで……って言いたいところなんだけど」
「……おん」
「そうはっきり突き放す気にもなれないんだよね」
その言葉を聞いてか、侑くんは少しだけ顔を上げる。その様子を見て私は続けた。
「もし思い出してたら、教えてほしいことがあるんだけど」
「おん、なんでも聞いて。嘘つかんから」
「あはは、疑ってないよ。……あの時、どうして俺じゃなきゃだめなのか、俺じゃなくてもいいって言ったのかなって」
「あー……」
侑くんはバツが悪そうな顔で声を漏らした。
まあ、自分から聞いといてだけどあまり掘り返したい内容ではないだろう。でもどうしてあの時その言葉を私に投げかけたのかどうしても気になった。侑くんは侑くんでしかないのに。
かといって本人が言いたくないことを無理矢理聞き出すつもりもない。
「無理にとは言わないよ。もし教えてもらえるなら、だから」
「いや言わして、こんなんで罪滅ぼしになるとは思うてへんし……大した理由やあらへんけど」
「うん」
「あの頃まあ恋愛なんか興味なかったいうのもあるけど、それよかいらついてたことあってん」
「……いらついてたこと?」
恋愛に興味がないというのは当時言っていたのを覚えている。だからまあそれはわかる。私が知りたいのはきっとそのもう一つのほう。彼がいらついていたという理由に隠されているのかもしれないと耳を傾けた。
「俺ら……サムもなんやけど、その頃から告白されることがぐっと増えてな。……やけど、間違う子が多かってん」
「間違う?」
「双子やろ、俺ら。告白ん時に間違える子も多かってん。ならどっちでもええやんて思うとったこともあったわ。多分、その時期やったんかなと思う」
「そっか……」
侑くんの話が本当なのであれば多感な年頃には酷な話だし、そういう理由なら当時の彼からあの言葉が出てきたのは納得できる。自分の好きな人なのに間違うって、結構……いやかなり失礼な話だと思うんだけど。
「だから、何も俺である必要なんかないやんて。苛立って誰彼構わず当たり散らかしとったことはあったと思う。きっとその時なんやろな……○○さんはなんも悪ないのにほんまにごめん」
そう言ってまた侑くんは頭を下げた。
……なんだ。自分を嫌っているからとか、私個人への嫌悪感だけで言ったわけではなかったんだ。当時の自分からしたらショックで、到底許せるものではなかったけれど。時間が経ち大人になってからこうしてひと悶着あって。……あの時の事情を知ったことにより胸のつっかえが取れたような気がする。
仕方ない……とまでは寛大になれないが、そうわかっただけで随分と心持ちが違った。
「……私のことが個人的に嫌いっていう感情で言ったわけじゃないんだよね?」
「それは絶対ちゃう! さっきも言うた通り色んな人から間違われとったことと、単純に恋愛に興味なかったことが悪い方に噛み合ってしまってん……」
必死に否定する侑くんを見て「ふふ」と小さく声がもれた。そんな私を目の前にした彼は頭に疑問符を浮かべたような顔をしている。それもそう、今まで突き放すような態度をとったり、冴えない表情をしていた私が不意に笑ったんだからそんな顔もするよね。
「え、俺なんかおかしなこと言うた?」
「……ううん、なんでも」
思わず笑ってしまったのは、個人的な嫌悪感ではないと知ったうえで侑くんがそれを食い気味に否定したからだ。気持ちに少しゆとりができたことによって、こうも見え方が違うのかと単純な自分にも驚いた。
「私は昔のことだから水に流すよ、なんて言えるほど寛容な人間でもないけど。……それでもよければ、友達からとか」
「ええの!?」
私が言い終わるよりも早く、侑くんは食い気味に身を乗り出す。この切り換えの早さが彼のいいところなのかもしれないが、今はもう少し空気を読んでほしいところだ。
「や、あの、すまん。もう話しかけんといてとか言われると思うてたから……その、嬉しさが前に出てきてもうて……」
「あ、うん……もう少し空気読んでほしいかもとか思ったり……」
「引かんで! ほんますんません!」
そう言って謝る侑くんの姿を見て、昔からは想像できないなあなんて。それだけ私たちを取り巻く環境も変わり、大人になったということだろう。
呼び出されたときは憂鬱だったが、今となっては改めて話せてよかった。繋いでくれた治くんには感謝してもしきれない。
「ええ感じにまとまりそう?」
そう思っていると、奥の方からひょっこりと治くんが顔を出した。「ツムのおっきな声奥まで聞こえてきてん。あの声色は収集ついたかな思うて」なんて笑っていた。さすが双子とでも言うべきだろうか。
「うん、無事決裂したよ!」
「え!?」
「そうなると思っとったわー」
「友達からって言うたやん!」
「あっはは」
数年越しの彼からの告白がきっかけで、過去の出来事がまさかこんな風に進展するなんて想像もしていなかった。そして今みたいに冗談を言えることも。
どこか過去に縛られていた私の気持ちはこの柔らかな空間へとじわりと溶けていった。