「研磨、今日練習見に行ってもいい?」
「別にいいけど……」
「やった!高校になってからは初めてだね、研磨がバレーしてるとこ見るの」
「うーん、そうだね」
今朝途中まで一緒に歩いている時こんなやり取りがあって、最近彼女になった〇〇が練習を見に来ることになった。幼馴染の彼女は他校に通っていて、今日初めてこの音駒高校に来る。柄にもなくそわそわしてしまい、それがバレているのかさっきからこちらを見ているクロの視線がなんかむかつく。
「よーし、十分休憩」
まだ来ていないかなと、シャトルドアや体育館の入口の方へ目を向ける。そのタイミングでちょうど良く彼女がひょっこりとシャトルドアから顔を出した。
体育館を見渡しこちらに気付くと「研磨、クロ」と口パクでひらひらと手を振っている。毎日会っているから制服姿は見慣れているはずなのに、音駒にいるからか少し新鮮に感じた。
クロに視線を送り、こっそりと彼女の元へと駆け寄った。
「遅かったね、変な人に絡まれなかった」
「なにそれどんな心配?」
そう言って彼女は笑うけど、どこにだって変な人はいるから別に冗談で言ったわけではない。
「うおー!だだだ誰っすかそのききききれれれ……」
「ひぇ……っ」
「虎うるさい。怖がってるから静かにして」
彼女は虎の声に驚いたのか、おれの後ろに隠れてきゅっとジャージの裾を掴んだ。おれはみんなみたいに身長はそこまで大きくないけれど、平均くらいはあるため150センチそこそこの彼女は容易に隠れられる。
虎の声につられてか、なになになんて他の部員も集まってきた。
うーわ。普段は全く気にならないけど彼女がここにいる今、改めてみるとみんな大きいから圧がすごい。
あっという間にぐるりと囲まれた中でクロがにやにやしながら前に出てきて虎の肩に手を置いた。なんだか嫌な予感しかしない。
「山本、そいつはなあ……研磨の彼女だ!」
「な……っ、かの、研磨に、かの……うわあああああ」
「はあ……余計なこと言わなくてもいいじゃん。面倒くさい」
「な、なんかごめんね」
「いや、きみが謝るとこでもないし」
ばたばたと虎は走っていったものの、他のメンバーは興味津々だ。一応フォローとして「みんなまあ……大きいだけで悪い人じゃないから」と言えば「わかった!」と彼女は笑って見せた。
「研磨さんの彼女小さいですね、何年生っすか」
「一年生です」
「え、じゃあ俺と芝山と同じだ!よろしくな」
「一年生!?牛乳めっちゃ飲んでも伸びなかったのに……羨ましい」
「僕が芝山でこっちが灰羽くんだよ」
「芝山くんも全然私より大きい……」
あまり人見知りをしない彼女は無駄にコミュ力のあるリエーフにつられて、同じ学年なのも相まってか二人に溶けこんでいた。
なんだかそれが羨ましいというか、自分らしからぬ気持ちをもったことに少し複雑な気分だ。でもここに来て恐る恐る見ているよりも楽しそうにしている方がよっぽどいい。
「そろそろ休憩終わるぞ」
クロの掛け声に休憩していた部員がコートへ戻っていく。
少し緊張していたのか、リエーフたちが戻ったあとにまたおれのジャージの裾をきゅっと掴んだ。
「緊張してた?」
「ちょっとね。でも優しいし話しやすいね」
「それならよかった。おれももう少しきみと話したかったけどね」
「へへ、ごめん」
「いいよ、今日はここから一緒に帰れるし」
そう言いながら彼女の髪を耳にかければ「嬉しい」と目を細めて笑った。
「じゃあ練習に戻るけど流れ球に気を付けてね。みんなゴリラ並みの力だから」
「任せてよ、さっと避けるから。さっとね。卓球で鍛えた反射神経見ててよ」
「期待してる」
ガッツポーズを取る彼女を見てコートへと戻る。すれ違いでクロが彼女の方へと走って行き何かを伝えていたけど、内容までは聞えなかった。……クロが変なこと吹き込んでいなければいいけれど、と思いながら視線を送ればにやにやとしながらすぐにコートへ戻って来た。
「なに言ったの」
「べっつにー?」
気になるもののもう練習が再開するのでこれ以上聞くことはできない。クロの「スパイク&レシーブ」の声でそれぞれの位置についた。
彼女に見られていると思えば、少し意識しなくもない。でもやることはいつもと同じ、打ちやすいトスをあげることだけ。
「おいリエーフお前レシーブいけ」
「えー黒尾さんスパイクは……」
「十本上手く上げられたらな」
「夜久さん厳しいっす!」
文句を言いながらネットをくぐってリエーフは向こう側で構えた。一度目の犬岡のスパイクは上手くあげられた。「俺上手くなったっすよね!」なんて言うものだから「一本あげただけで何言ってんだ!」なんて夜久くんに蹴られている。
「リエーフ、次」
「は、はいっす」
虎にトスをあげたスパイクを受け、レシーブをしたリエーフのボールは勢いよく斜めの方向へ飛んでいった。真ん中でとらえられなかったか、勢いで手を振ってしまったのかいずれかだろう。
「わっやば……っ!」
ボールの軌道の先には彼女がいる。支柱のすぐ横をすり抜け勢い良く飛ぶボールへと反射的に手を伸ばし、無事後ろへ飛んでいくのを免れた。
「す、すいません研磨さん!」
「リエーフ……気を付けて」
少し気になって後ろを覗けば彼女が顔の前で腕をクロスして呆けている。とりあえずはぶつからなくてほっとした。結構勢いがあったからぶつかったら確実に痛いし。……よかった。
「……大丈夫?」
「あ、うん、ありがと」
「ぶつからなくて良かった。今度は自慢の反射神経で避けてよね」
「わっわかってるし!……ねぇ研磨」
「なに?」
「け、研磨が一番かっこいい……よ」
頬じわりと赤く染めてそう言う彼女につられて自分の顔も熱をもつのがわかる。言葉に詰まっていると「そこーイチャイチャしなーい」なんてクロの茶々が入った。慌てて「ありがと」と一言返しその場を離れれば、コートの向こうにいるリエーフが心配そうに見つめている。
「怖がってませんでした……?」
「まあ多分大丈夫。だけど気を付けて」
「なんか研磨さん顔赤いっすね、熱ですか」
「うるさいリエーフ」
「なんでですか!」
「ほら、次いくよ」
余計なことを言うリエーフをあしらっている視界の端で、にやにやとしたクロに気付かない振りをして練習に戻った。
(……あっつい)