教室の入口から自分の席を見つけたとき、意図せず心臓がざわついた。視界に入ったあの男の子を私は何故か知っている気がした。
自分でもわからないけれど、どうしてか目が離せない。
そんな、高校1年生の入学式。
地元の友達が多く通うこの音駒高校には知っている人も沢山いて、人見知りの私も顔ぶれを見て少し安心したところだった。今日初めて入ったこの教室で一人の男の子に目を奪われるとは思ってもみなかったけれど。
顔ははっきりと見えないが知っている気がする、デジャヴにも似たそんな感覚だった。
クラスの中心で大きな声で笑っている男子たちの裏で、その子はひっそりと息を潜めて窓際の席に座っているように思える。なるべく目立たないようにしているのだろうか。
覚えている限りここ数年の記憶を遡っても、あの子と話した記憶もないし名前も知らない。だけど……なんだか懐かしい感じがする。どこかで会ったことでもあるのだろうか。
……誰だっけ、わからないともやもやする。でも全然思い出せない。
私の勘違いだろうか。
偶然か否か、私の席はその子の真後ろだった。幸いにも顔なじみの友達の席も近かったので、友達と少し話してから自分の席へと座る。ちらりと前へ目を向ければ目の前の男の子のちょっと長めの黒髪が窓から入ってくる風に揺れた。
「あの、初めまして私の名前は」
自然と声がでた。いつもは自分から声をかけるようなタイプではないけれど……なんだか無性に声をかけたくなってしまった。何かに促されるかのように、答え合わせをするかのように自分の名前を男の子に向かって告げる。
「……おれに言ってるの?」
「うん」
「孤爪、研磨」
自分が話しかけられているのだとワンテンポ遅れて気が付いたのか、ほんの少しだけれどこちらに顔を向けて名前を教えてくれた。言い終わるとすぐに元に戻ってしまったが。
ちらりと見えた横顔の、黄色がかった瞳がやけに印象的だった。
孤爪研磨、その名前を心の中で反復するもやはりはっきりと思い当たるものは見つからない。それでも何故か懐かしさが残る雰囲気にすっきりとはしなかった。
* 春 *
入学式から二ヶ月程が経ち、ようやく高校生活にも慣れてきた。そんな時期に最初のメインである行事の体育祭が目前に迫っていた。
学校中の生徒や先生が部活や勉強の合間を縫って準備に奔走している。もうそろそろ大詰めで部活が休みの日はもちろんのこと、部活終わりに合流してくれる子や土曜日なども時間を合わせて仕上げをしていた。
『今からお昼にしようか』
委員長の声にみんな手を止め、各々休憩に入る。私も友達と教壇に腰をかけお弁当を開き、他愛のない話をしながらお弁当を食べ終えると一人は仮眠、一人はお菓子を買いに行きたいとのことで残りの時間はバラバラに過ごすことにした。
私は鞄に入れている本の続きを読むため、静かな場所はないかと校舎の周りをぐるりと歩いてみる。しかし体育祭直前ともなれば、どこも人が多くなかなか一人になれる場所は見つからない。少し校舎から離れてしまうが、グラウンドの端の方ならもしかしたらと足を運んだ。
「おお、誰もいない」
少し雑草が伸び始めてきた草むらの中に、申し訳程度の背もたれがついた長椅子が置かれていた。丁度木陰にもなっていて眩しくもなければ、沢山の木の近くにあるので目立つこともない。おまけにここまで来ている人もいない、なんていい場所を見つけたのだろう。
最高だと早速アルミの長椅子へと腰を掛け、好きな配信者さんが流しているBGMを自分にしか聞こえない程度に控えめに流す。そして読み途中だったページを開き物語を目でなぞった。
* 夏 *
文化祭
* 秋 *
校外学習
* 冬 *
クラス替え