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コンコン、と軽快なノックと共に控え室に顔を覗かせたのは直人さんと直己さん。まだ返事してないのに!と思いながらも急いで立つと、勢いで椅子が後ろにガタンと倒れる。急な来客に慌てふためく私を、2人は呑気に笑っていた。


NT「落ち着け落ち着け。あ、衣装にあってんね!」

「まだ返事してないのに入らないで下さいー!着替え中だったらどうするんですか」

NT「遠慮せず入るけど」

「直己さん、この変態お兄さんどうにかしてください」

NK「これ差し入れね。美味しいって評判なやつ」

「全然話聞いてくれない」


もう、と拗ねて椅子を起こして、近くの椅子にどうぞと進める。どかっと座った直人さんと、なにも言わずお茶を入れ始める直己さん。わたしこれでも、本番前、なんですけど…。

いつも通りの2人に少しだけ可笑しく思いながらもスマホを見ると、色んな人達からメッセージが届いていた。うわ、健二郎のスタンプ全然可愛くない…。


NK「俺ら以外にも誰か来た?」

「お二人が来る前に、篤志さんと敬浩くんも来てくれて。哲也さんからはアメコの差し入れを頂きました。我が兄貴たちは心配性ですこと〜。」


つい何分か前にやって来たのは篤志さん、敬浩さん、哲也さん。緊張していた私を解して、もうすぐ直人と直己が来ると思うよと言って客席に戻っていった。

優しい目でこちらを見る直人さんと直己さんに、少しだけ涙腺が緩みそうになる。いろんな人が訪ねてくれる理由を、わたしはきちんと理解しているつもりだ。昨日のリハーサルの時に、ヒロさんがしっかりと見てくれたことを思い出す。今日の衣装は、全部直人さんがデザインしてくれた。楽屋にある加湿器は、臣くんと隆二くんのオススメでプレゼントしてくれたもの。


「正直、まだ泣いてる夢は見るし、今日お客さんが誰もいない夢は山ほど見たんですけど。絶対このライブを成功させて、それで」


同じステージに、いつか立たせてくださいね


その言葉を言うには、まだまだ足りない。


「認めてもらいます」



あの日、2人が率いるグループに、同じ場所に立てないと分かって泣いていたわたしは、もういないの。



*****




NK「逞しくなりましたね、本当」

NT「なー。もう俺らなんかいらなくなるかも」

NK「子離れしてください」

NT「誰が親だ」


直己と関係者席に向かうと、そこには事務所の人間が多数。そして彼女の人脈を表すように多くの芸能関係者が集まっていた。

EXILEメンバーは既に集まって開演を待ち構えている。敬浩くんに関してはグッズを身にまとっているし、てっちゃんは菜子の名前のシールを頬にいくつか貼っている。
楽しそうなEXILEのメンバーとは違い、それぞれ思うところがあるのか3代目のメンバーは口数が明らかに少ない。祈るようにステージを見つめるエリーは、何を思っているのだろう。

俺と直己が戻ってきたことに気づいた健二郎が、こちらを向いて口を開く


KR「どうでした?」

NT「いつも通りだった。逞しくなったなーって直己と話してたとこ」

NK「もう本番だからって控え室から追い出されたよ」

KR「そっすか」


健二郎と菜子の話をした時のことを思い出した。居酒屋の個室で涙を見せた健二郎は、昔からの菜子を知っているだけあって、少し背負うには重かったのかもしれない。

菜子が夢に見るように、俺もまだ夢に出てくる苦い記憶。デビュー前の俺たちにとっては、忘れたくても忘れられない。ここにいたかもしれない、もう1人を思わずにはいられなかった。

思いにふけっていると、会場全体の証明が落とされた。スポットライトに照らされたのは、さっき会った人物とは思えないほど自信に満ちた菜子の顔だった。

ようやくだな、菜子。

会場は一気に温度が上がり、高らかに響くのは昔よりもまた上手くなった歌声。キレのあるダンスは目線を一気に集める。広い会場を走り回っても全く上がらない息は、どれだけ努力を積み重ねたのか、知る人は少ない。

途中、関係者席を見た時の顔は傑作だった。まるで体育祭に秘密で来ていた親を見つけたような、照れくさそうな表情。ひらりと振られた手、でも視線はもう俺達の先を見ていた。


”なんで、なんでうまく、いかないの”


どれだけ歌が上手くても、ダンスを磨いても、手の届かなかった日々。単身イギリスで過ごした日々は、彼女を唯一無二のアーティストに育てあげた。


「今日はありがとうございました。やっとこの日にたどり着くことができました。今日のこと、絶対に忘れません」


ずしん、とのしかかる言葉が耳から離れずに拍手の音を消していく。 囚われてるのは、きっと俺の方だ。