
「そろそろ 認めたらどっスか? 今のキミじゃ『キセキの世代』に挑むとか10年早えっスわ」
黒子テツヤの持つミスディレクションの効果が薄まる事に比例して、点数に差が生まれる。25対31。このまま開き続けてしまったら、もう取り返すことができないところまで来てしまうだろう。
そのタイミングで、この発言。
「この試合、もう点差が開くことはあっても縮まることはないっスよ。チームとしての陣形や戦術以前に、まずバスケは『体格のスポーツ』。キミらとウチじゃ、5人の基本性能が違いすぎる」
黄瀬涼太は苗字名前の方に視線を動かして、青峰大輝等の姿を思い描く。残念だけど、やっぱり苗字さんの目は節穴だったって事っスね。
「バスケをしてたら会えるかなって思うし、どうせなら その時に聞くって決めたんだ」
あんな事言ってたけどさ、それを託しているのがコイツじゃあ、ダメだよ。絶対に勝ち上がれやしない。だから言ったのに、態々練習試合までして確認するとか、バカなの? いや、まあ……。
「唯一対抗できる可能性があったのはキミっスから、そこは認めるけど……でも大体実力はわかったっス。潜在能力は認める。けどオレには及ばない。キミがどんな技をやろうが見ればオレはすぐ倍返しできる。どうあがいてもオレには勝てねぇスよ」
ーーーま、現実は甘くないってことスよ。
黄瀬涼太の視線を追いかけていたから。そのセリフを聞いたから。火神大我はコートの上で声を上げて笑った。お前は誰に向かって話してんだよとかそういう言葉よりも、もっともっと面白いのはーーー。
火神大我は涙を拭いながら言う。
「…………ワリーワリー。そーゆーこと言ってくれる奴、久しぶりだったから」
「……!?」
「
火神大我は黄瀬涼太を真っ直ぐな瞳で捉える。こうやって、キセキの世代って奴と話していると黒子の言っていた意味が少しずつわかってくる。
バスケットボールをしていれば、いずれ会う事にはなる。だからとっとと話してしまえばいいという考えは変わらないが、会うまでは知る必要がないという考え方も今ならわかる。オレはキセキの世代が どれだけ変わったのかを知らないし、そんなことはどうだっていい。でもあいつは『てめーの態度はてめーが苗字にあってから決めろ』と、向こうに出方を託し、選択肢を渡したかったんだ。
「強ぇ奴がいねーと生きがいになんねーだろが。勝てねぇぐらいがちょうどいい」
苗字名前は時間を確認しながらタオルを用意して、第1Q終了とともに走り出した。まずは2年生に、そして次に火神、黒子という順番でタオル、ドリンクを手渡す様子を眺めた相田リコは「(アレって無意識でやってんのかな)」と、配る順番を眺めて感心する。普通に2年、1年という順で渡すのならば何も思わないけれど、あそこまで自然な流れで少し後ろにいる日向順平から渡していくのだからとんでもない人間である。
各々が受け取ったドリンクで水分補給等を行う休憩時間。火神大我によって黄瀬涼太の弱点が黒子テツヤであることが判明した。できればさっき言って欲しかったんだけどねと、黒子に視線を向けた相田リコであったが火神同様「(まー、自分じゃ言いづらいのもわかるけど……)」という考えもあり、喉元まで来ていた言葉を飲み込む。ベンチよりも少しだけななめ後ろに立って、その様子を見ていた苗字名前もまた火神大我の言葉を受けて素直に納得する。アレだけキラキラしている黄瀬くんが影を極限まで薄くするなんて極限技を長時間維持出来るはずがない。名前も別に自分がキラキラしているとまでは言わないが、自分だって数秒やるくらいのことしかできないのだ。黄瀬涼太もまた同じ筈であるはず。よって、第2Qからは火神大我のアイディアで黒子テツヤを使っての連係プレーによる反撃が試行されることとなった。
「皆さん、すごいですね。私には思い浮かばないような事に試合の中で気付いて、それを発言して実行している……正直、尊敬します」
「名前ちゃんだってこれからドンドン成長するんだから最初は別にそんなに気負わなくてもいいのよ。まあ成長はしてもらわないと困るけど…」
成長はしていけるだろうし……。相田リコの言葉に微笑みだけで返した名前はスカートの裾をキュッと掴んだ。
相田先輩のいうように成長していかないと困るのは、私自身だ。でも……。さつきちゃんみたいには、なれないんだろうな。さつきちゃんならきっと、ここまで差を開かれても打開できるだけの戦術を考えるし、ここまで点数を開かせることはしないだろう。バスケットボールがわからないという時点で、まだ土俵にすら立てていないけれど、3年使っても、私はきっと中学時代のさつきちゃんにすら及ぶ気がしない。それくらい努力しているのを、知っている。
「高校生って、ただでさえ勉強もそれなりに難しくなって 色々手が回らなくなる時もあると思うけど、これから貴方がする努力はきっと名前ちゃんを裏切らない」
相田リコの言葉に顔を上げると、彼女はコートの上にいる黒子テツヤと火神大我を指差してた。火神大我のボールを黒子テツヤに渡し、それを戻して火神がシュートを決める。これで、点数は29対35。出だしは好調のようで、その後も日向順平により3ポイントが決まるなど、作戦は実に順調である。こうなってくると、黒子テツヤの誰にパスを渡すか、という判断力の高さに感心せざる得ないが……
ーーーそんな時間もまた長くは続かない。
「レフェリータイム!!!」
時が止まったかのようなスローモーションの中で、黒子テツヤの額から血が流れるその光景だけが鮮明に頭の中に刻まれて、隣にいるはずの相田リコの声すらも、どこかずっと遠くから聞こえているようなそんな錯覚にすら襲われる その中で、考えるよりもまず、体が動いた。
「ーーー……私、救急箱持っています!」
以前、火神大我とともに訪れた薬局で目をつけたものを昨日の自分が買いすぎだろうという程度には無駄に買い漁った その救急箱バッグの出番がこんなにも早くくるとは思ってもみなかった。名前は壁によりかけておいた鞄を引っ張って、黒子テツヤに簡単な手当てを施して、救急箱を閉じる。あまりにも手際がいい その様子に相田リコ含めた誠凛高校バスケットボール部一同は黒子テツヤの処置は全て名前に一任して、少し離れた場所で黒子テツヤ不在の対応について話を進める。その一方で救急箱を閉じたまま、動きを止めた苗字名前は震える自身の手を眺めてから「(大丈夫、大丈夫)」と、自分に言い聞かせるようにしてそれを頭の中で繰り返し唱え、隠すように拳を強く握った。
ーーー黒子テツヤの不在に伴い、2年生を主体とした戦術に切り替える。キャプテンである日向順平が順調にシュートを決めて、なんとか点差を広げないまま試合を進めているという状況ではあるけれど、ここまでの体力の消耗具合を考えると、試合終了までそれを維持するのは難しいし、逆転なんて、もっとーーー……。
「……手当、ありがとうございます」
「!」
黒子テツヤは苗字名前の表情を確認して、横になりながら額に手を当てると「これは流石に大袈裟です」と名前に微笑むーーーのだが、名前の心配で心配でたまらないという表情と「全然大袈裟じゃないよ」という言葉に困ったような表情に変わる。
この包帯が。この手当が、大袈裟ではないと彼女がいうのだからそうなのだろう。黒子テツヤは苗字名前を見上げてそう思う。けれど、黒子は本当に大丈夫なのだ。動けないほどの怪我ではない。それに、そう。キミがいるから、もうあの時ほど 痛くない。
「怖気付きましたか?」
「……えっ、」
「こんな光景をこれからも見るくらいなら、バスケ部なんて辞めようって思いましたか?」
「!…………思って、ないよ」
名前の言葉に、むくりと身体を起こした黒子テツヤは68対72という点数を確認して「それじゃあ、もうひとつ」と名前に笑う。
「この点数差、ひっくり返せると思いますか」
残り僅かなこの状況。なによりも、その怪我で何を言っているのか。名前は目を丸めて黒子を見る。4点。それは、確かに絶望的というほどの点数の開きではない。けれど、これをひっくり返せるのかと聞かれると簡単には頷くことができないでいた。返事の代わりに無言になった名前を見つめて黒子は少々不満げな表情を浮かべて「苗字さんはもう少し強欲になって下さい」と小言を漏らし、名前の頭に手を乗せる。
「ーーーー…じゃ、行ってきます」
そう言って名前の横を通り過ぎた黒子テツヤのユニフォームの裾を殆ど反射的に掴んだ名前は「安静にしてなきゃダメだよ……!」と、青白く血の気の引いた 酷く真っ青な顔で黒子テツヤを引き止めるが、黒子はふんわりと笑って 名前の手を下ろすとフラフラのその身体で相田リコの元へと行ってしまう。相田リコもまた、自らの元へと試合の出場交渉をしにやってきた黒子テツヤの言い分に勿論反対をしたが、あまりにも真っ直ぐにその思いを伝えてくる黒子テツヤの姿と同様に押し切られたのだろう苗字名前の姿を見つめて、ついに折れたのであった。
第4Qでは、第2、第3Qと丸々温存していた黒子テツヤの活躍もあり、開いていた点差が一気に詰まっていき、ついには誠凛高校は海常高校相手に同点まで追い詰めた。その後、お互いに点数を奪い合うランガン勝負にもつれこみ、時間はどんどん過ぎていったーーー残り、15秒。再び、点数が並ぶ。
「守るんじゃダメ!! 攻めて!!!」
残り数秒。笠松幸男のシュートを止めた火神大我により、ボールは誠凛の手に渡る。火神大我によって落とされたボールを日向順平が拾い、ゴールへと走り出した火神大我の方に飛ばす。
「この点数差、ひっくり返せると思いますか」
残り数秒で思い出すのは、黒子テツヤの言葉だった。なんで今思い出すのだろう。黄瀬涼太のディフェンスを前に火神大我が黒子テツヤへと出したボールを見つめて思う。残り1秒。黒子テツヤの手から離れたボールがゆっくりと火神大我の元へと吸い込まれていく光景に、まだ何も始まっていないのに、何も終わっていないのに、目頭が熱くなるのだ。残り時間0秒ーーー試合終了と同時にゴールに叩きつけられたボールが地面に転がる。100対99。この試合は、誠凛の勝利という形で幕を閉じた。
「ーーーー…」
誰も予想していなかった誠凛高校の勝利に会場が沸く。たかが練習試合とはいえ、現時点では間違いなく格上の海常高校に勝利を収めた。
相田リコはこれが達成感、これが勝利の喜びであると苗字名前の方を振り向いて、動きを止めた。瞬きと共に、はらはらと零れ落ちる雨粒のような涙を確認したからだった。一方では、火神大我の喜びの雄叫びが聞こえるというのに、まったく物凄い温度差である。
「ほーら、喜ぶ喜ぶ。折角勝ったんだから、もうちょっと嬉しそうな顔してくれないと」
相田リコに背中を叩かれた名前は、ようやく自分の瞳から零れ落ちる涙の存在に気が付いたように それを拭い取って「すみません」とだけ返して「多分、私」と、整列をする両チームのレギュラー選手を見つめて呟いた。
どんな言葉が出てくるのかと内心肝を冷やしている相田リコの頭の中は大忙しである。恐らく 苗字名前は、これが内側から見る初めての試合。それなのに、黒子テツヤの怪我。あんな怪我を起こすような試合は滅多にないというのに今日に限って……というような内容で頭がいっぱいであった。しかし、彼女の口から出てきた言葉は相田リコの予想に反して好意的な言葉である。
「……多分、私 嬉しいんだと思います」