あゝ、英雄よ。





 ジャヤという島の西にある町。そこは夢を見ない無法者達が集まる政府介せぬ無法地帯。人が傷つけ合い、笑い合う町ーーーそこは嘲りの町、『モックタウン』ーーーロビンの話によると、数年前まで占い師最強と呼ばれる'' 嘘見抜きの名前 ''がいたらしい。

 嘘見抜きという肩書きが具体的になにを示すのか。どのような能力なのか。いずれも、情報があまりにも少ないという理由から様々な話が噂されては消えている。そもそも、その『嘘見抜きの名前』が戦闘系なのかも不明。さらには、その『嘘見抜き』と相対した人間が生存しているのかどうかも不明という実に謎に包まれた人物である。





「その占い師、仲間にしてェ!!!」




 海の上を順調に航海している一隻の船の上では麦わら帽子を両手で引っ張りながら、駄々をこねる男の姿があった。その人物こそ、この船の紛れもなく船長として君臨している麦わらのルフィ そのひとである。

 ロビンの話はルフィが興味を惹かれるのには充分すぎる内容ではあった。兎に角、その『 嘘見抜き 』の経歴、存在はあまりにも夢がある。能力も不明。生死も不明ーーーにも関わらず、時折、今日のように『 ここに滞在していた 』というような信憑性のかけらもないような話が突然あらわれる。その人間を知っていなければ出ない噂なのに、その人間と相対して生きているものが存在しているのかもわからない。そんな曖昧な存在のくせに、数年前まではたしかに『 最強の占い師 』として名を馳せていたのだ。




「まだ言うか!!!
 そんな凄い人が何時迄もモックタウンに引きこもってるワケないでしょうが!!」
「最強の占い師! カッケェよな!!?」
「おれも最強の占い師みたいぞ!」




 最強の占い師。その響きのよさに目を輝かせたルフィはチョッパーとウソップの方を向いて同意を求めた。ウソップはナミに視線を移した。視線に気がついたナミは、ウソップの方に顔を向けて眉間に皺を寄せて首を横に振る。その様子を確認したウソップはナミから視線を外して苦笑いを浮かべて空気を読んで黙ったけれど、チョッパーの方は、しっかりとルフィの意見に乗っかっていた。

 ロビンは、そんな彼等の様子を眺め、クスクスと笑みを浮かべる。全く、どういうつもりで こんな、ルフィが興味を惹かれるだろう話をするのだろうか。ナミは溜息を入れて、右手を額に添える。




「だ〜〜か〜らァ〜!!! 格好良さの話はしてないの! アンタちゃんと私の話聞いてた!? わかってんの!!?」




 そもそも、その『 嘘見抜き 』というのが、どんな人間なのかもわかっていないーーー生きているのかもわからないーーーのに、そんな不確かな人間のために時間は割けない。

 だからこそ、ここは本来の目的に誘導しなければならない。ナミの意見は変わらない。しかし、それを全く聞き入れようとしないのが、ルフィという男だった。ナミが全く引かないのと同様にルフィも全く意見を曲げる様子がなかった。それどころか……。




「いる!!!」




 一体何を根拠に そこまで胸を張って、そんなことを言うのか。ナミは大声を出したルフィに目を丸くして「は?」と声を漏らした。

 アンタねえ……。そうナミが言葉を続けるよりも前に、ルフィがもう一度、真っ直ぐとナミの瞳を見つめて、言葉を続ける。




「占い師はいる!!!!」




 どこに根拠があるのかもわからない。けれど、コイツにそう言われると、いるような気持ちになってしまうところがダメだ。ナミは自分の意思が揺らぐのを確かに実感してしまう。ルフィのこういう言葉は妙に説得力があった。けれど、船員の為、ここは自分だって引くわけにはいかなかった。何故ならば、『 嘘見抜き 』という人間にはあまりにも謎が多かったから。それはつまり、本当に『 嘘見抜き 』が生きていたとして、自分達と鉢合わせをしてしまった時、相手がどのような対応をするのかがわからないということだ。ルフィはソイツを「仲間にしよう」というけれど、それに応じないような極悪非道な人間である可能性の方が圧倒的に高い今、『 最強の占い師 』とまで呼ばれていたソイツを探すなんていうのは無謀だ。

 ナミはルフィを睨みつけ
 人差し指の先にルフィを捉えた。




「あんたは そうやって、いるいるって言うけど、占い師がいたのはもう1年も前の話。最強って言われてるような人が1年もこんな町に篭ってると思う? 有り得ないわ」
「だから探しに行く!! 丁度街も見えてきたし、丁度いいじゃねェか! ロビンあれがモックタウンであってるか!?」
「ええ。アレが本当に『 ジャヤ 』だとするのなら、ほとんど間違いないわ」
「ちょっ、ロビン……。
 もう、誰かコイツを止めてよ……」




 しかし、ナミの言葉は船員の誰にも届かない。会話を持ち出した張本人であるロビンは一連の流れを愉しむように、ふふ、と笑っているし、そもそも占い師には微塵も興味もない為、好きにしてくれればいいというスタンスのゾロ。ジャヤに夢中なウソップとチョッパーとルフィ。頼みの綱であったサンジに関しては、くすくす、と笑うロビンの笑顔に釘付けである。先程、一時的にでも味方をしてくれていたウソップが手のひらを返したようにルフィ達とようやく視認できるところまで近づいてきたジャヤに夢中になっているという光景も腹立たしいが、ウソップは手のひらを返したと言うのもあるけれど、なによりも知っている故の行動だろう。こうなったルフィの意見を変えるのは不可能。こうなってしまっては、梃子でも動かないということを。

 ナミは、この光景を見て平和だと安心する一方で、この先の航海がストレスでどうにかなりそうだと頭を抱えて顔を引きつらせた。




「いい!? ルフィ!」
「おう!」
「アンタねえ……、なんにもわかってないのに頷くな!! いい!? 占い師の事を探そうなんて思わない事! それからこの町で問題を起こさない事!! わかった!!?」




 気の抜けた返事をするルフィにナミは『 問題を起こすとこの街にいられなくなり空島にも行けない事 』をしっかりと伝えるけれど、この男がトラブルを起こさない筈がないと目を細めて溜息をこぼした。

 ああ、頭が痛い。










 ーーーーああ、どうしてこう……
 何もかもが順調に回らないのかしら。

 情報収集のためにと立ち寄った酒屋でベラミーにルフィが喧嘩を売られた。あまりにも一方的にはじまった その行いにルフィとゾロが売られた喧嘩を買おうと構えを取る姿を確認したナミが慌てて2人に制止の声をかけて「自分たちは空島に行きたいのだが、何か知らないか」と声を上げた。場は一瞬。静寂に支配された後、笑い声に包まれる。

 馬鹿にされ、散々な罵声を浴びせられ、酒をかけられる。ルフィは一方的にされるがままになっていた。あまりにも一方的なそのようすにナミは「ルフィ!!ゾロ!!約束はもういいから早くアイツ等ぶっ飛ばして!!!」と声をかけるけれど、ナミの言葉を受け流したルフィは「ゾロ」と名前を口にして、信じられない言葉を続けるのである。




「このケンカは絶対買うな!!!」




 それから先。ナミが何を言っても、2人は一向に抵抗しようとはしなかった。身体の至るところから血が流れているのにも関わらず、だ。

 そんな時、無抵抗なルフィが地に転がりながら漸く口を開いた言葉が「占い師は、この村にいるのか」という言葉だった。ナミは、その一言を聞いて、眼を見開く。自分は空島の事でいっぱいいっぱいだったのにも関わらず、この男は身体から溢れ出た血液が小さな水溜りを作ってしまうような その傷で、まだ占い師の存在を頭の片隅に置いているのか。そう思った。




「いつの話してんだよ。そこの2人連れてさっさと失せろ!! 命があるウチにな!!」




 ゲラゲラと笑い飛ばす海賊達の声を背にルフィとゾロの身体を掴む。馬鹿にされたことも、2人があんな奴らに やられっぱなしだったことも。どちらも、悔しくて悔しくて堪らなかった。ナミは2人の身体を一生懸命引きずりながら、口を、きゅっと結んで、その場から立ち去ろうと足を進める。

 その背中に「''空島''はあるぜ…」と。
 誰かが言った。




「……あんた、さっきの」
「何を悔しがるんだ、ねーちゃん。
 今の戦いはソイツ等の勝ちだぜ。おめェの啖呵も大したモンだったぞ!! 肝っ玉の据わった女だ! ゼハハハ」




 立ち上がるゾロとルフィは砂埃をはらう。

 男は言った。『 アイツ等のいう新時代はクソだ 』と。『 人の夢は終わらねえ 』と。言いたい事を口にして、背を向けた大柄のその男を見てルフィも歩き出そうとした時、男は「ああ……」と、思い出したようにルフィを振り返る。そして、今度はーーー……鳥肌が立ってしまいそうなくらい、不気味な瞳をして「占い師はジャヤにいる。おれもソイツを見に来た」と嗤うのだった。




「……占い師はいるって、まさか」
「おい、行くぞ。ナミ」
「ちょっ、なにか知ってそうだったけど、聞かなくて良かったの!!? 折角 占い師の話を聞けるチャンスだったのに!」
「いる事がわかった。それだけでいい」




 ナミは自分の先を進む2人の背中を見つめる。不満を感じていないわけではない。けれど、これ以上何か言う気にもなれず、2人の後に続く。船へと戻るとウソップ、サンジ、チョッパーが揃って出迎えてくれる。

 チョッパーによって、手当てを受ける2人を実に不機嫌ですという表情をして見つめている ( 睨みつけている ) 様子を見かねたウソップが、何があったのか、と尋ねたところで、ウソップは早々に悟った。ああ、失敗したな、と。実際に、その予感は見事に的中した。ナミの口からは自分には詳しくはわからないけれど、先程起きた出来事に対する文句が次々と吐き出される。受け止めきれなくなったウソップとチョッパーの姿を確認して、ナミが「占い師についてだって……!!!」と声を上げたところで、船を降りていたロビンが戻った。





「随分荒れてどうしたの?」




 まさに、鶴の一声……!!!

 ウソップとチョッパーから感謝の意を込めて、ロビンに手を合わせる。合掌された側のロビンは一部始終を確認していないという理由から意味不明であるその行動も、一連の流れを見ていた船員には伝わっていた。もちろん、ナミも例外ではない。




「ああっ♡ ロビンちゃん!!
 お食事になさる?お風呂になさる!?」
「ロビンどっか行ってたのか?」
「ええ。船の調達と……''空島''への情報でしょ?それから、少しだけれど占い師さんについても。船長さんの役に立つかどうかはわからないけれど」




 ロビンは地図をルフィに渡す。その様子を不機嫌そうに見守っていたナミは、思い出した。占い師にしても、空島にしても、全てロビンが言い出したことだった。

 ナミは勢いよくロビンを指差した。




「そうよ!! アンタよ! ロビン!!
 アンタが空島とか占い師がどうとか言うからこんな事になったのよ! もしありもしなかったら海の藻屑にしてやるわ!!!」




 どういうわけか、怒りの矛先が自分に向いているということを理解したロビンは不思議そうな表情を浮かべて、ナミの方に視線を向ける。

 明らかに、理不尽な怒りを撒き散らしているということを理解しているウソップは自身がロビンの視界に映るだろう位置に移動して「いまは近づかない方がいい」と忠告して、ナミとロビンの視界から逃げるようにして「宝の地図だっ!!!」と、楽しそうに地図を広げている船長の元へと駆け寄り、隣から地図を覗き込んだ。




「左にある町の絵が現在地『 モックタウン 』。そして対岸…東にバツ印があるでしょう? そこにジャヤのはみ出し者が住んでいるらしいわ」
「「 はみ出し者? 」」
「名前は『 モンブラン・クリケット 』。夢を語り、この町を追われた男。話が合うんじゃない? それに、噂だと占い師さんも彼といる可能性が高いわ」