
モンブラン・クリケットは麦わら帽子を被っている麦わらのルフィ率いる海賊に大変協力的だった。
名前がクリケットから話を聞いた限りでは、空島へ行くのに力を貸してやるつもりらしい。因みにかれらは今、金塊を取り戻すためだけに町に向かったのだという。たった1日。そんな短い期間しか共にしていないというのに、クリケットの為にわざわざ町に喧嘩を売りに行った。そう聞かされた。
「……馬鹿な人たち」
「アイツ等はお前を探しているらしい。
言わなくていいのか、占い師」
「真実を話したところで、どうするの。私は和気藹々と船でやっていけるほど器用な人間じゃないし、仲間の為に命をかけられるような素敵な人間でもないよ」
名前は自分を冷静に判断したうえで、自分を客観的に評価し、それを淡々とクリケットに伝えた。海賊ならば、何人も知っている。私の考えは私がいい船に乗らなかったから生まれたものだと思うかもしれない。けれど、私はそうではないと信じているし、そこに関しては全く疑っていない。
海賊は皆同じ。
勝手に戦って、勝手に死ぬ生き物だ。
「うわっ!!
すっげェな〜〜!!!飛べそ〜!!」
「だろう!!?」
「私あれ見ると不安になるわけよ……」
「まァ そうだな。
鶏よりハトの方がまだ飛べそうだな」
「それ以前の問題でしょ!! バカね!」
モンブラン・クリケットは完成した船を見上げながら、名前の事を思い浮かべていた。もう、名前とクリケットは1年近く時間を共にしていた。時には共に同じ窯の飯を食べた。時には、なんてこともない雑談をした。時には、その小さくて細い身体で 此処を訪れる不届き者を自分の代わりにと斬殺する姿だってみた。名前はクリケットにとっては、もう、家族のような者だった。
けれど、クリケットは名前の留まるべき場所は此処ではない事を知っていた。そして、これだけ有名な人間が此処に留まる理由も容易く想像が出来てしまった。何故ならば、此処『 ジャヤ 』という島は夢を見ない無法者達が集まる政府介せぬ無法地帯。そう、政府の介入することのない無法地帯だからである。こんなに若く、幼い小娘と政府に深い関係があるとは、とても思えなかったが、『 最強 』と謳われる人間が態々留まる理由がそれ以外に思い浮かばなかった。
「行くんだね」
先程も違う意味で騒がしかったが、今度は賑やかな声で騒がしくなったからだろう。名前が珍しく外に出てきて、クリケットに声をかけた。
クリケットは名前に「ああ、行くんだ」と名前の頭に大きな掌を乗せた。意味深な言葉と態度に不思議そうな表情を浮かべる名前に気が付かないふりをして、モンブラン・クリケットはルフィに視線を向けていう。
「さっさと船に乗れ。時間がねェ。空へ行くチャンスを棒に振る気か…… バカ野郎が」
「うん ありがとう船」
「礼なら あいつらに言え」
兎に角、船へ乗れと言われて船の方に走り出したルフィの背中を見つめて、クリケットは「オイ」と、ルフィを引き止めた。
振り返ったルフィをみて。そして、自分を見上げる名前の姿を見て。クリケットは、たった今、決意した心が揺さぶられそうになるのを感じる。だからこそ、そうなってしまうよりも前に名前のフードを思い切り下ろして「忘れモンだ!!」と声をあげ、少女の背中を押した。クリケットの信じられない行動に目を見開いたのは名前だけではない。ロビンも。そして、名前を受け止めたルフィもまた、目を丸くしてモンブラン・クリケットの方を見ていた。
「なんだ、こいつ。誰だ?」
「…………船長さん達が一生懸命になって探していた占い師よ。『 本物 』のね」
ロビンの言葉に驚きの声を上げる一部の船員達に笑みを浮かべたロビンは「忘れ物みたいだけど」と名前の方へと視線を戻した。
「……どういうつもり」
「ウチの連合軍にお前は釣り合わねェ、お前をうまく使ってやれねェし、お前のいる場所じゃねェ。お前、自分は命をかけられる程いい奴じゃないっつったな」
「それがなに、」
「一緒に旅して、そんでも命をかけられる程の海賊船じゃねェなら船長が悪い。いいか、名前。アレは海賊王の船だ!! お前じゃ役不足だろう! 一人前になるまで帰ってくるんじゃねェぞ!!! 行け!」
もう戻ってくるなよ。モンブラン・クリケットは名前の瞳を見つめて、誰にも届かないような小さな声で、ぽつりと呟き、名前に向けて拳を突き出した。
おれ達はもうお前の力なんかいらねェよ。
クリケットは名前に、そういう言葉を口にする。口にするくせに、大粒の涙がひとつまたひとつとクリケットの瞳から溢れ出すのだ。大した関わりはない。だから思い入れもない。そう思っていた。けれど、そんなはずがない。一緒に食卓を囲んだ。もう1年も同じ時間を過ごした。そんな奴を、何故出会って間もない海賊団に託そうとしているのか。クリケットにすら理解できない。けれど。それでもーーー。視界のブレた その瞳の向こう側に見えるモンキー・D・ルフィが名前に手を差し伸べる姿を見て、これが正解だと心の底から思うのだ。全く、どうかしている。
「……猿山連合軍なんて私の方からお断りだ。わた、しは……海賊王の船で最高の占い師になって、おまえを見返してやる…、」
「やってみろ、小娘ェ……!!!」
両手を広げるクリケットの元へと名前が近づいて行って胸の中に収まる前に立ち止まった。そして、下を向いたまま「私は邪魔だっただろうか」と言った。そんなものは、顔を見ればわかるだろう。そう思いながら「邪魔なもんか」と口にして、目の前の少女を思い切り抱きしめて、世話になったな、と。クリケットが名前に言った。そして、ゆっくりと腕の中から名前を開放して「今度おまえが支えるのは、こいつだ」と人差し指を向ける。
人差し指の向けられた先にいるのは 言わずもがな、モンキー・D・ルフィである。
「おれは絶対に海賊王になるからよ。
おまえもおれの仲間になってくれ!!!」
差し出された手を取らないという選択肢は最早存在すらしていない。それほどまでに、完璧なクリケットの演出だった。
しかも、それを本人は全く無自覚でやってみせるのだ。だからこそ、逃げ道がない。何故ならば、クリケットが自分を託すほどの海賊。1年という時間は長いのだ。特に、名前のように日々に追われていた者がなんの心配もせずに、穏やかに過ごせていた この時間はとてつもなく長く、貴重な時間だった。だからこそ、名前はクリケットを裏切ることができなかった。
「約束して。私が命をかけてあなたをサポートするから海賊王になるまで死なないで」
敢えて、自分からは手を取らないで『 約束 』という言葉を口にして、名前の方からルフィに手を差し伸べる。その様子にクリケットは満足そうに笑みを浮かべ、ルフィは名前の手を取って、にしし、と笑って、モンブラン・クリケットに「ありがとな」と告げる。
そして名前の手を握っていない方の手ーーー左手ーーーを船まで伸ばしてから一気に収縮させることによって名前とルフィは船の方へと物凄いスピードで飛ばされた(引っ張られていった)のである。