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名前ちゃんの会社の後輩くんは、本当に普通の一般人みたいだった。ほとんど何でも調べられる殺連のデータベースで検索しても、やましいところはひとつもない。何もかも隠している相当優秀な殺し屋という可能性もゼロではいけれど……、前に見た感じからして、やっぱり普通の子だろう。
そしてきっと、これまで名前ちゃんが引っ掛かってきたヤリ目みたいな相手でもない。彼女を背負っていたときに見せた表情、あれは、純粋な好意そのものだった。
性格とか趣味とか仕事がちゃんとできる人間か、とか。細かいことはまだ分からないけれど、それでも名前ちゃんが今まで付き合ったり付き合いかけたりしていたような人間よりはずっとまともなはずだ。
とうとういい相手が現れたじゃん、よかったね。そう思うと同時に、なんだか妙な気持ちになることがあった。心臓あたりにある、不明瞭なもやもや。なんというか、素直に祝いたくない気がしてしまって、それを僕は夕暮くんの思考に似てしまったからと結論づけた。
そのたびに僕は夕暮くんのことを思い出す。
任務でスイスに赴く前、僕を呼びつけて今度妹に会うのだと語った彼は、「結婚の報告かもなあ」と嬉しそうに呟いて、でも同じくらいに寂しそうで。妹の花嫁姿は世界一綺麗に違いないと言いながら、相手の男が自分より妹を大切にできるかをしきりに気にして、気にくわなかったらぶっ飛ばしそうな感じだった。もし実際に会って結婚の報告を受けていたら、相手の男に「名前のことどんくらい好きなんだよ」と詰め寄って、ごねだして……、祝福を葛藤していただろう。……もちろん、最後は「しあわせに」って名前ちゃんを送り出すとして。
僕もすっかり夕暮くんの思考に染まったものだと思う。名前ちゃんは僕の本当の妹ではないとはいえ、出会ってからずっと、夕暮くんの代わりにって彼女を見つめてきたんだから、どうしたって彼の考えに似てしまうことは仕方ないとも思うけど。
梅雨が明け、暑さは日増しに強くなっている。もう夜になっても涼しいとはいえなくて、生ぬるくじめっとした風が肌をなぞる。
(後輩くんとどのくらい進展したか、聞きに行ってみようかな〜)
後輩はただの一般人。データベースで調べる。
よかったねと思うと同時に不明瞭なもやもや。素直に祝いたくない気が……思い出すのは夕暮くんのこと。すっかり彼の思考に染まってしまった。
仲が進展したか聞くために家まで行ったら風邪ひいた彼女と遭遇。
看病をする。
……かわいい、なんて思ってない。
任務帰り、名前と後輩を見つける。こっそり見てたら、駅まで送る後輩くん。
何してんの……!
一緒の電車に乗り込んで様子をうかがう。最寄り駅についたところで声をかける。
「何してるの。いい感じだったじゃん」
「見てたの」
「見てたよ」
「後輩のことなんで知ってるの」
「京都で。どんなこ? 悪い子じゃないでしょ」
「そうだけど」
「……南雲さん、好き」
「……は?」
「酔ってるでしょ」
「お酒は飲んだけど、意識とぶほど酔ってない」
「ううん、酔ってるよ。そんなこというなんて」
「なんとも思ってないのに、朝まで看病してくれたの」
「……そうだよ。君、誤解してない? 僕は夕暮くんに言われたから君の結婚を見届けるってだけだよ」
気まずくてしばらく会わずにいたら、会社にくる夢。
「付き合いました。もし結婚することになったら」
どこかさみしそうな笑顔。でも、知らないふりで頷く。
任務である殺し屋の家にいったら遭遇。はだけた上に薬飲まされてる。
兄が死んだという情報を掴んだ親が売り払った。
「逃げるよ」
途中で襲われて深い怪我。
「お願い、置いていって」
「いやに決まってる」
「いい、わたしあのひとと結婚する。見届けるだけなら、相手が誰でもいいでしょ」
夕暮くんが許すと思ってんの。いやちがう、これは、この子なりの。
「いいわけない! ただでさえ嫌なのに、あんなクズと結婚するっていうなら、僕が攫うから」
殺して逃げてる途中で親と遭遇。どうする? 殺す? できない。うん。
限界がきて倒れる。
病室で目を覚ます。すぐそばに夢。泣きながら縋り付く。
南雲さんまでいなくなったらどうしようって。
うん。ごめん。どうやって入ったの?
現れる豹、お前が手話さないからつれてきた。ほんとに? 恥ずかしすぎる。
「南雲さん。わたしが結婚するの、嫌だって」
「……」
「南雲さん」
「あーもう。そうだよ。嫌だよ。最初はただ夕暮くんの妹ってだけだったのに。君があまりに危なっかしいから目が離せなくて、そうこうしてるうちにかわいいなんて思うようになっちゃった」
「南雲さん」
「もう、なに?」
「……攫ってくれる?」
「馬鹿だなあ、名前ちゃん。ふつうに生きれるのに」
「うん。でも、南雲さんと一緒がいい」
「……うん」
全部正直に話したらしい。後輩くんはびっくりして、困惑して、それでも「本当のことを教えてくれてありがとうございます」と頭を下げていた。
墓参りに向かう。
「……あー、夕暮くんに殺されるかも、僕……」
「説得するよ」
「頭ぐりぐりされて怒られる」
「一緒に怒られる」
「うん」
ごめんね、夕暮くん。君が一番大切にしてた妹は、君が許さないって言ってた殺し屋の僕が貰うことになっちゃった。でも、だからこそ。結婚までじゃない、その先までだってずっと見届けるって約束する。平穏な生活は与えられないかもしれないけど、ちゃんとしあわせにしてみせる。だから、ごめん。名前ちゃんを、僕にちょうだい。
ふわりと風が吹いてお線香の匂いが漂った。
――約束だぞ、絶対幸せにしろよ。
穏やかな彼の声が聞こえた気がした。
「帰ろ、与一くん」
小さくて温かな手を取って、歩き出す。いつか彼女が純白を纏った日には、もう一度ここへ来ようと思った。