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新しい任務です、と手渡された書類にざっと目を通す。リストの一番上に挙げれられた男の名前は見覚えのあるもので、殺し屋界ではけっこう有名な一家の当主だったはず。ただここ最近は権力を振りかざして好き放題(それこそ気に入らない民間人殺しとかを)していたらしく、とうとう殺連が見過ごせないと判断したらしい。
了承の返事をしてビルを出ると、びゅっと吹き抜けた風が肌を刺した。いつのまにか、冬がそこまでやって来ている。夕暮くんと最期に会った日から、もう一年が経つのか、と思った。『もしオレが死んだら、代わりに結婚式まで見届けてくれよ』告げた彼の声も、表情も、まだ鮮明に覚えているというのに。
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数日後。上弦の月が南の空に浮かぶころ、今回の
木造りの大和塀沿いに移動して、防犯カメラのない箇所から侵入したら、まもなく見張りの男と鉢合わせた。
「誰――」だ、と彼が銃を向けるより早く、その口元を抑えながら心臓を一突き。事切れて頽れた彼を納屋の裏に隠して、その顔を借りることにする。
変装した姿で敷地を歩き、見張り仲間にそれとなく当主の居場所を確認するもはっきりとした回答は得られなかった。
建物の中の様子を探る。「お酒をお持ちして」「お食事は?」と、使用人たちはやけに忙しなく廊下を歩いていた。揃って離れへと続く渡り廊下を進む様子を見ながら、宴会でもしているのだろうか、と思う。「早くしないと、旦那様が怒ってしまうわ」誰かがそう言ったから、
離れの縁側はガラス戸で囲われていて、更に広間は障子戸でぐるりと覆われている。中の様子を確認することはできなかったが、聞こえてくる愉快げな声と蠢く気配から大体の人数は把握できる。二十人に満たないくらい。予定よりも多い人数だけど、全員酔っぱらっていそうだし、特に問題はない。
陽が落ち、辺りはすっかり暗くなっている。
使用人が料理や酒を運び、部屋から下がったのを確認してから、音もなく建物内に侵入した。障子戸を開け放ち、手前にいた数名が驚いたように振り返る。全員、当主の関係者としてリストで見た殺し屋だった。
「急になんだ、無礼だぞ――」男が言い終わるより早く、首を刎ねる。異常事態を察知し、武器を向けた男の腕を落としてその胸に刃を深く沈める。燃えるような赤が舞う。もう意味のない変装を解いて、向かってくる殺し屋たちを薙ぎ払い、上座に座る当主を確認して――。
「……は?」
その隣に控えていた女に、僕は目を見開く。
よく見知った顔。「南雲、さ……」よく聞いた声。名前ちゃんが、そこにはいた。見たことがない着物姿で。
「なんで、……ッ!」
ほんの一瞬。動揺で動きが止まってしまい、脇腹をナイフが掠めた。微妙に意識が残っていたやつがいたらしい。舌打ち混じりに振り返り、今度こそとどめを刺す。
侵入者を知らせる警報が屋敷中に鳴り響いていた。殺し屋たちが集まってくる。応戦しながら当主の元まで向かい、その首を狙うより先に名前ちゃんを奪うように引き寄せた。
「逃げるよ」
待ちなさい、とか、追え! とか。悲鳴のような声が背中に降りかかったが、気にせず廊下を走り抜ける。
「……で? こんなとこで何してるの」
追手から逃れ、暗い個室に転がりこみ、改めて名前ちゃんと向かいあった。問いかけた声は自分でも驚くほどに低く冷たい。
「ここが誰の家か分かってる? あいつ、殺し屋だよ。まさか後輩くんと別れてあれと付き合ってるとか言わないよね。馬鹿じゃないの?」
「違う!」
刺々しい言葉を矢継ぎ早に放つと、名前ちゃんは顔をあげて泣きそうな表情で叫んだ。
「殺し屋とか、分かってる。でも急に親戚とかいう奴らがやって来て、ついてこなきゃ彼氏殺すとか脅されて、
「知ってる、けど」
怯えたように瞳を揺らしながらも、名前ちゃんは口を開く。
「三日くらい前に、仕事帰りに急に二人組に
任務である殺し屋の家にいったら遭遇。はだけた上に薬飲まされてる。
兄が死んだという情報を掴んだ親が売り払った。
「逃げるよ」
途中で襲われて深い怪我。
「お願い、置いていって」
「いやに決まってる」
「いい、わたしあのひとと結婚する。見届けるだけなら、相手が誰でもいいでしょ」
夕暮くんが許すと思ってんの。いやちがう、これは、この子なりの。
「いいわけない! ただでさえ嫌なのに、あんなクズと結婚するっていうなら、僕が攫うから」
殺して逃げてる途中で親と遭遇。どうする? 殺す? できない。うん。
限界がきて倒れる。
病室で目を覚ます。すぐそばに夢。泣きながら縋り付く。
南雲さんまでいなくなったらどうしようって。
うん。ごめん。どうやって入ったの?
現れる豹、お前が手話さないからつれてきた。ほんとに? 恥ずかしすぎる。
「南雲さん。わたしが結婚するの、嫌だって」
「……」
「南雲さん」
「あーもう。そうだよ。嫌だよ。最初はただ夕暮くんの妹ってだけだったのに。君があまりに危なっかしいから目が離せなくて、そうこうしてるうちにかわいいなんて思うようになっちゃった」
「南雲さん」
「もう、なに?」
「……攫ってくれる?」
「馬鹿だなあ、名前ちゃん。ふつうに生きれるのに」
「うん。でも、南雲さんと一緒がいい」
「……うん」
全部正直に話したらしい。後輩くんはびっくりして、困惑して、それでも「本当のことを教えてくれてありがとうございます」と頭を下げていた。
墓参りに向かう。
「……あー、夕暮くんに殺されるかも、僕……」
「説得するよ」
「頭ぐりぐりされて怒られる」
「一緒に怒られる」
「うん」
ごめんね、夕暮くん。君が一番大切にしてた妹は、君が許さないって言ってた殺し屋の僕が貰うことになっちゃった。でも、だからこそ。結婚までじゃない、その先までだってずっと見届けるって約束する。平穏な生活は与えられないかもしれないけど、ちゃんとしあわせにしてみせる。だから、ごめん。名前ちゃんを、僕にちょうだい。
ふわりと風が吹いてお線香の匂いが漂った。
――約束だぞ、絶対幸せにしろよ。
穏やかな彼の声が聞こえた気がした。
「帰ろ、与一くん」
小さくて温かな手を取って、歩き出す。いつか彼女が純白を纏った日には、もう一度ここへ来ようと思った。