まだ恋を知らない日

 送れないから、これっきりにして。
 昨日のこちらの頼みを、花籠は翌日も無視した。


無視し、日が暮れる頃にグラウンドに現れた花籠に、御幸は眉を寄せて険しい顔をした。

「……俺、もうやめてって言っただろ」

 普段よりも低い声だった。おそらく、花籠相手には出したことがない声だ。彼女はびくりと肩を跳ねさせるも、「違うの、今日は、運動会の準備で残ってて。帰る前に、顔だけって思って」と拙く弁明した。
 ああ、と御幸は相槌を打つ。
 青道高校の運動会は九月中旬から下旬にかけて行われる。グループは全部で四つ、チーム名は伝統的に、青龍、白虎、朱雀、玄武と決められている。各グループ長を中心に夏休み下旬から進めていた準備は、ラストスパートに入っているようだった。ようだ、というのは、秋季大会を控えた野球部は準備のほとんどを免除されており、状況を詳しく知る者がまずいないのだ。御幸に関して言えば、花籠が準備で何をしているのかすら知らなかった。チームの横断幕作りや、グループ長らがするパフォーマンスで使う衣装作り、大道具に小道具係……、係がいくつもあることは、何となく分かっているが。

「遅くなったから、送ってもらうの」

 緩くウェーブのかかった長い髪に触れながら、花籠が言った。「そ」と御幸はそっけない返事をする。

「気をつけて帰れよ」
「……それだけ?」
「それだけって?」
「……佐藤くんが送ってくれるの」

 ああ、と



「次のオフ、デートに行け」

 ミーティング後、仁王立ちの苗字に凄まれた御幸は、スコアブックを片手にうんざりと顔をあげた。眼鏡の奥の瞳はわかりやすく苛立たしげだったが、苗字は怯まない。ガタン、と椅子を引くと、視線を合わせてもう一度、「