Roulette is not Crash
『赤と黒、どっちがいい』
仕事中、一息ついて携帯を開くと恋人ー空却からめずらしく写真付きメッセージが来ていた。
書類仕事で痛む目をほぐすように眺めた空は、うっすらと暗くなりつつある。換気も兼ねて開かれた窓からはちらほらネオンサインも見えた。
さほど忙しくはないがそれだけにさっさとすませて帰りたい。金曜の夜はどこもかしこもせせこましいからだ。ギリギリ及第点のインスタントコーヒーを飲みながら、なんの気なしに開いた画面にその通知はあった。
DRBのチームを組んでから必要だろうとトークアプリで専用グループを作ったが、SNSの更新も盛んな十四以外は必要最低限にしか利用していない。
考えてみればそれぞれが定期的に会うような関係なのだが「チーム!家族!それなら絶対必要っす!」と滅多にない最年少の圧に空却共々折れた。実際、これから三人で行動していくのだ。作るつもりではあったが、あれよあれよと三人並んだ写真を撮られ、アイコンに設定されたときは若さと文化の違いに少しだけ引いた。
仕事がたてこんでろくに連絡すらとれなくなったときも『おはようございます!』やら『元気ですか?』だの、自分のSNSアカウントと間違えてないかと疑うほど投稿してきたのは十四だった。
ようやくひと段落ついて大量のメッセージと自撮り、映え写真をスクロールした果て。泣いているブタのスタンプと共に送られた『たまにはお返事ほしいっす〜〜〜!!!』というメッセージに、しぶしぶ適当なスタンプを押したのは記憶に新しい。
それに引き換え空却は『事情はわかった。落ち着いたら連絡しろ』の一言のみ。十四の頻繁なメッセージにもほとんどなんの反応も返していなかった。ちらほらまぎれた十四が使いそうにないスタンプや、絵文字一つだけのコメントが恐らくそうだ。
痺れを切らしての返事の催促にも『便りがないのはよい便りって言うだろ。だいたい、拙僧が隣にいるときもわざわざ送ってきて反応しろとか言うんだぞ?んなことやってられっか』とぶった切った。このメッセージもおそらく隣にいる十四本人に言いながら入力している。"ここまで言ったからもう次はやらん"ということだろう。
結果、十四はどうしてもグループで共有したいこと以外は投稿を控え、代わりに自分と空却は十四のSNSに定期的に足跡を残すー安否報告をする約束にこぎつけた。十四なりの気遣いとはいえ、少し……だいぶ控えてほしかったから助かった。
そんな空却から写真付きのメッセージ。しかもグループではなく個人の。間違いなく"恋人"としてのものだ。
グループでも最低限なら個人でも最低限。もとよりお互い愛してるだの好きだの送り合ったりもしないが、時間や場所だけを伝えるような業務連絡じみたやり取りにこれでいいのだろうかと思わなくもない。
それとなく聞いたときには"直接会えるのになぜ?"をとうとうと説かれた。思えばメッセージよりも通話機能を好んでいるフシもある。対面して説法をしたりするからだろう。相手を見て、自分の口から言葉を伝えるのが性に合うのは職業柄、わからなくもない。
ロック画面の通知から確認出来るのは『赤と黒』『写真が二枚』ということだけ。服か靴かピアスか。思えばこんな風に『どちらがいいか』なんて相談されることもはじめてだ。
わざわざ聞かれるということはきっと自分にも関係があるものだろう。飯だの駄菓子だのは当然と言わんばかりに奢らせるのに、少しでも値がはるものは祝い事でもなければ受け取らない。図々しいんだかしおらしいんだかわからない恋人からのはじめてのアプローチ。たとえ答えた結果、とんでもない金額をねだられたとしてもかまわない。金ならある。頭の中で計算した預金残高はちょっとやそっとのことではびくともしない。
自分のことは自分で決める恋人から選択肢を委ねられるのに、年甲斐もなくソワソワしながら通知マークのついたアプリを開く。
約一時間前に送られた短いメッセージ、続けて写真が二枚。軽くスクロールすると見慣れた赤毛が目に入る。
「自撮り……ということは服か……?」
無意識に呟きながらさらに指をすべらせるとー
「……あんのクソガキ……ッ」
それはそれはとんでもない光景が広がっていた。
『既読表示がついて数時間、返事なし』
目の前で続く、ビカビカパシャパシャイイネイイネと忙しなく光って悦って大騒ぎな撮影会。
今日は十四のバンドの宣材やら特典やらの撮影にお邪魔している。ラップスキルはまだまだでも大衆を魅せることなら自分も力になれます!と自慢の顔をキラキラさせて言うものだから、つい、だ。妙に図太いくせにすぐにピーピー泣く一番弟子がいつにない頼もしさをみせたら、師匠としてはお手並拝見しなくてはいけないだろう。
十四御用達のブランドショップからほど近い年季の入ったーけれども手入れの行き届いたー細長いビルの中。外観よりも広いそこの1フロアが、まるまるスタジオだった。そして待ってましたとばかりに出迎えてくれたスタイリストが促す先には、見るからに嵩張るセットと衣装が鎮座していた。
バンドの撮影ではあるけれど、モノとしては十四のソロ写真。かつ岩と羽と鎖と十字架が合体して血飛沫をかけたようなセットが、持ち運びも設営にも場所を食うのでスタジオ貸し切りだそうで。物珍しく眺めていると、思う存分見学しちゃってください!と微笑む弟子はなかなかどうして可愛かった。
慣れた相手なのか、いつもよりさらに作り込まれたヴィジュアルに反して撮影は終始なごやかに進んでいた。激しい光とシャッター音、十四を盛り上げるカメラマンの声かけと、それに返事をする十四の意味のわからない語り口。それはOKでーすという合図で瞬時に常のふわふわとしたものに変わる。この切り替えの早さも武器だなとひとりごちていると、急にカメラマンからお声がかかった。
カメラマンという職種の人間とはあまり付き合いはない。ただなんとなく眼鏡だったり長髪のイメージがあったが、それでいうと彼はなんともらしいカメラマンだった。十四と同じ様に細長く、ゆるくウェーブしたボブカットがそのまま伸びたような髪も同じく細長い。疲労か癖か、ゆらりと動くワカメが擬人化したような男は、急に綺麗に90度に折れ曲がって頭を垂れた。
「実はぜひ着ていただきたい衣装があります。よければ撮影もさせていただきたい」
そう言って差し出されたのは、どう見ても女物のコスプレチャイナ服だった。妙に薄くテカる生地は安っぽく、デザイン自体も露出が高い。
十四が、"家族"が心を開いて信頼する相手だから抑えたが、返答によっては殴るーそう思って軽く睨めつけながら理由を問うた。
曰く、今回の十四の衣装はジェンダーレスがテーマで、中性的もしくは女性的なラインに寄っている。そのアイデア出しの過程で「こういうのは自分より空却さんのが似合いそうっす」「空却さんに着せたい〜!」と連呼したそうだ。十四が。オイ一番弟子。あとでわかってるな一番弟子。
「そこで十四くんに波羅夷さんのお写真を見せてもらったんですが……お恥ずかしいことに私もぜひ着ていただきたいと思ってしまい……」
突然、不躾なお願いをすみません。そう頭を下げ続けるカメラマンはしかし、目はてんで屈してはいなかった。
ああ、アーティストというやつだ。DRB参加者のトンチキな写真を撮ってやろうだとか、似合わない女装に興奮する変態とかではない。先ほどまで十四を撮影していたときと同じ、己の中のイマジネーションを形にすることに魂を捧げた目をしている。
カワイイカワイイ一番弟子よ、あとですごいからな。
十四の休憩を兼ねてのごく短い撮影だったが、カメラマンはそれはそれは満足げだった。
こちらは普段聞くことのない外見への賛美がすさまじく、照れるだとか恥ずかしいだとかを超えて『本当に同じものが見えているのか……?』という疑念が生まれたが。
よろしければとスマホにデータを送られた。編集したらそれも渡すと言われたが、素人目にはこれ以上なにをいじるかもわからない。それくらい実物より割増でよく写っていた。
だもんで、いたずら心がわいたのだ。
「成人するまで、せめて18歳になるまでは絶対に手を出さない」とめでたくオツキアイが成立した直後に宣言した恋人は三十路の司法の徒で、自分は義務教育を終えたばかりのガキだった。
本当に(いやらしい意味では)指一本触れず、キスも8:2で頬・額・手:くちびるに触れるだけ。付き合う際にも作った交際契約書は、セックスをするとなったときに内容を更新した。
空却はアブノーマルなセックスは好まない。待ちに待ってようやく深くくちびると身体を重ねたときに、互いを別つ皮膚すらも邪魔だと感じたからだ。余計な道具だのプレイだので恋人との壁を増やしたくない。
年下でおぼこい恋人の意志をなによりも尊重してくれる彼の人は、夜を共にするたびに内容をあらためる契約書にそれらの言葉を記入しながら、俺もだとうっそりと微笑んだ。
嘘ではないだろう。空却が『事前学習』に性具を使った自慰を提案したら「お前は俺の楽しみを奪う気か」と血涙を流さんばかりに訴えられた。なんとも親父臭いと思ったが、普段外面良くスマートに振る舞う恋人が自分にみっともなく執着しているのがたまらないと言ったら嘘になる。
なにより知っているのだ。ファッションだのスタイルだのの話をしているとき、服の上からその下の身体をなぞる目と、頭の中の見知った裸体になにがしかの服を纏わせているのを。
そしてそういうとき、恋人の目は強く色を帯びて獰猛だ。気づかせまいとまたたきの間だけ牙を剥くからこそ鋭く刺さる。干支一周とさらに少し。二人の間に横たわる年月を慈しむような眼差しが閨より獣性を濃くする。
思い出すだけで、背が震えた。
どう転んでもいい。
もらったデータをメッセージアプリで送りつけた。
そして今ー
まあそりゃそうだろうなと無用のメルマガ通知だけをよこすスマホを投げ出し、慌ただしいスタジオの隅にごろりと転がる。そも恋人ー獄が仕事中に見ただけでも奇跡に等しい。
仕事とプライベート、その他トテモイエナイコトのためにスマホとガラケーを複数台持ちしている男だ。緊急用の直通連絡先に送ったでもないメッセージが一時間たらずで既読になったこと事態、優先度が高く扱われている。
こちらだって腐っても破戒してても生臭でも坊主。寺院では基本的に電源は切りっぱなしにしているし、返事どころか既読すらつけられないまま半日放置も当たり前なのだ。急ぎの用事でもなし。送った内容も内容だ。返事どころか直接家に乗り込んで説教をはじめる可能性だってある。
以前、言動が粗野で下品な悪ガキの割に遊んでないんだよなと言われた。別に僧としての禁欲だとか、コドモらしい潔癖さとかではなく、たまたまそれより面白いこと、やるべきことがあっただけだったのにいたく嬉しそうだった。
言葉にはしないけれど、獄は空却の最初で最後の恋人になりたいのだ。
丁寧に周到に丹念に。無敗の弁護士の全力の囲い込みを受けて、すっかり内も外も埋められた空却は、さも振り回されている素振りの大人の手のひらの上に転がされている。
それだって空却はかまいはしない。獄と自分ではあらゆるものが違う。未成年とのお付き合いなど社会的立場のある三十路にはデメリットしかないのだ。たぶんに私情が混じっていても、獄と空却、家族や友人を守るための堀に文句などあるわけがない。
お互い様だ。わかった上で振り回して振り回されて、駆け引きめいた八百長を楽しんでいる。
だからたまには二人で作った計算づくの盤上をひっくり返したくもなるのだ。
すみません。上からふってきた声でだいぶ時間が経っていたことに気づく。
撤収作業をはじめるらしく、分解されたセットや小物を持ったスタッフが申し訳なさそうに謝るのを止めて手伝いを申し出た。ゲスト扱いとはいえ十四をぼんやり待つのも手持ち無沙汰だから、わかりやすいゴミの回収分別を引き受けて軍手を借りる。
寺でも掃除だのゴミ回収だのは定番の仕事だから、一度リズムが出来るとあとは無心で手を動かしていた。半分は返信のないメッセージのことを意識したくなかったのもあるが。
十四とメシでも食って帰ろう。いや、この流れは打ち上げとかあるやつか。今後を考えて縁を作るのも悪くない。なかったらなかったでカワイイ一番弟子を締め上げる大事な仕事もある。すぐに返事がなくとも、恋人は、獄は逃げはしないのだから。
集中力と騒がしさの賜物か。いよいよ打ち上げに行くかとなったその時、望んだ返信を伝える通知を放置していたことに気がついた。
「マジかぁ……」
自分の問いへのごくシンプルな答え。
の、下に続く言葉はまあたいそう、物騒だった。
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