April 28th
Squalo and Colette
イタリアの夏は、暗殺という仕事には厄介な季節だ。日がなかなか落ちない今は、20時になっても、外はまだ明るい。そのおかげで、必然と任務の開始時刻は遅くなり、どんなに早く終わらせても、眠りにつく時間は今までと比べてかなり遅い。
そんな生活を夏を迎えてからずっと続けていて、慣れた今の起床時間は昼過ぎが当たり前になっていた。深く深く眠るなかで、ふと意識が浅くなる瞬間がある。その時は、閉じた瞼の裏で日光を感じながら、だらだらとベッドに転がっているのがとても心地いい。
コンコンと突如響く高い音に、浅くなっていた眠気が叩き起こされ、意識が完全に覚醒する。閉じていた瞼は開かれ、窓から入る光を目が吸収し始めてしまった。
荒くれ者の集団であるヴァリアーに、ノックをして入室する律儀な人間は数えるほどしかいない。この頃のオレの生活を知っていながら、わざわざ叩き起こしてオレの怒りを買うような真似をする馬鹿は平隊員にはいない。すると、必然的にノックの主は琴だと言える。
厄介なのが来たと、目を閉じたまま内心思った。琴は、普段であれば穏やかで育ちの良さがそのまま表れた性格をしているが、自分に対してだけは、俗にいう“お嬢様”な面が強くでがちである。抵抗もむなしく、今日もわがままに付き合わされるだろうと確信した。悪あがきだと知りながら、ベッドから起きることはできずにいる。
「スクアーロ? ……入るわね」
案の定、ドアを開けて入って来たのは予想の人物だった。琴は、オレの部屋に足を踏み入れるやいなや、寒いと驚いた声をあげた。身体をさする、衣擦れの音がする。
「貴方、いくら暑いからって、冷やし過ぎなんじゃなくて。のどを痛めてしまうわよ」
足を速めてベッドに近寄ると、オレのまとっているタオルケットを勢いよく剥がす。琴に背を向けた体制から仰向けに変えると、不機嫌そうに眉を寄せた顔が目に入った。
「まあ、スクアーロ、貴方ったら! こんなに冷えた部屋で、上半身裸で寝るなんて信じられないわ。風邪でもひきたいの?」
「うるせえ」
「人が心配しているのに、なあに、その態度」
「眠いんだ……寝させろぉ」
仰向けのまま、目だけを閉じて眠るように意識を沈めていく。少し離れた位置から、琴のため息が聞こえた。「貴方ね……」と琴はベッドに腰掛けつつ、オレの晒された腹に手を添えて顔を覗き見る。彼女が身につけているブレスレッドが、重力のままに腹にあたる。その感覚に脳が揺さぶられるが、目を開けることだけはしないでいた。
すると細いチョコレートブラウンの毛先が、顔をくすぐって邪魔をするのだった。そのままゆっくりと影が濃く落ちてきて、額にあたたかくくちびるが寄せられる。耳をたどり、そこでオレの名前をあだっぽく呼んだ。するすると降りるとオレのくちびるを見つけ、柔らかく二、三度はまれてから、琴はそっと離れた。
「さあ、早く起きてちょうだい。私、外に行きたいの」
「寝る、つってんだろぉ!」
「そんなに大声が出せるなら、のどの心配はいらないわね。それにもう目が覚めたでしょう。キスしてあげたんだから。ほら、早く着替えて」
自分よりもいくらか頑丈な腕を引っ張って、オレの身体を無理やり起こすと、クローゼットから出した服をこちらに投げつけてきた。オレを連れ出す意思は固いようで、どんなに寝ようとあがいても無意味だと観念せざるを得ない。次に眠ろうものなら、平手がきてもおかしくはなさそうなほど、琴は外出する気でいてしまっている。
「外ならお前ひとりで行けるだろうが。可愛い子気取ってんじゃねぇぞ」
「そういうことじゃないの。お嬢様がどんなに上手に運転していたって、ひとりじゃ格好が付かないでしょう」
どうやらドライバーになれということらしい。いつの間にか淹れられたコーヒーをひと飲みすると、未だ脳にあった気だるげな眠気に別れを告げられてしまった。
早くしてちょうだいと、そばに寄って来た琴を抱き寄せてキスをする。繰り返し口づける感覚に、目を閉じながら浸ると、琴の細い腕が首に回された。それを待っていたかのように、ベッドに身を沈めようと態勢を傾けた途端、琴が腕をすり抜けていった。
「ゔお゙ぉい、これからだろぉ」
「ちょっと! そうやってごまかそうとしても、効かないわよ」
「……口寂しいじゃねぇかぁ」
「コーヒー、もう一杯淹れてさしあげましょうか?」
「朝からそんなにカフェインはいらねえよ」
「朝じゃなくて、もう昼だわ。貴方、最近ひどい時間に寝てたみたいだものね。そろそろリセットしなきゃいけない頃合いね」
○
乗り込んだ車は、数分前から冷房がかかっていたようで、部屋とまではいかないがずいぶんと涼しかった。琴が勝手に車のキーを持ち出して、エンジンをかけておいたのだろう。
「言っておくけどなぁ、オレは今日も仕事あんだぞ」
「そんなに時間はかからないから平気よ。夕方には戻るから」
はいと、手渡されたサングラスをかけて車をだす。同じようなものを琴もすでに着けていて、目の表情は詳しくうかがえないが、口元は楽しそうにカーブしている。
「で、どこに行くんだ?」
「街のほうに行ってくださるかしら。ジェラートでも食べたい気分ね。貴方の朝食も、まだなんだし」
「朝食にジェラートだぁ?」
「まあ、違うわよ。近くの店で朝食になりそうなものも、買ってくるわ」
moji:2161