星の王子さま



 我が家の大総統は、とっても愛らしい。
「パパー! 錬成してください!」
 私の膝の上で「錬成! 錬成!」と連呼する大総統こと息子に、私たち夫婦はいつものごとくメロメロになる。
 ゾルフは、そばにあった手芸用品を入れたバスケットから、黄色の小さな毛糸玉を取り出した。それを適当な長さに切り、私たちの前で両掌を合わせる。まばゆい錬成反応の後、絨毯の上に現れたのは、これまた愛らしいひよこのマスコットだった。
 息子よりも先に私が声を上げる。
「かっ、可愛い!」
 大好きなひよこだ。ゾルフはよく、ひよこモチーフのグッズを私のために錬成してくれる。今までに、刺繍入りのハンカチやカトラリーを作ってもらったが、特にこのマスコットはとても可愛い。かばんにつけて、一緒に職場やお買い物に行きたいぐらいだ。
 しかし、大総統は口を尖らせて横を向いている。
「ひよこさんですかあ……お星さまかと思いました」
「お星さまもすぐにできますよ」
 彼は再度、黄色の毛糸を切って掌を合わせる。すると、今度は小さな星型のクッションができた。それを見た息子は歓声を上げてクッションに駆け寄り、満足そうな表情でそれに頬ずりをした。
「お気に召しましたか、大総統?」
「はいっ!」
 可愛いこの天使を、抱きしめて頬ずりしたくなる。私もゾルフもにこにこして、顔を見合わせた。
 息子は先月、四才の誕生日を迎えた。髪の色、瞳の色、目の形は父親譲りで、そのほかの顔のパーツはどことなく私に似ている。唇の形なんか、そっくりだ。無邪気な性格で、好きなことへの熱中度は目をみはるほどだ。言葉もたくさん覚えて、パパ・ママと呼んでくれる。私たちの会話を普段聞いているせいか、言葉遣いはとても丁寧だ。
 好きなものは「お星さま」と、さくらんぼをはじめとするフルーツ類だ。なによりも星が大好きで、夫に買ってもらった望遠鏡で毎晩夜空を見ている。ゾルフが息子を抱っこして見せるときもあれば、自分で踏み台を持ってきて眺めるときもしばしばだ。錬金術にも興味があり、絵本の代わりに錬金術の入門書を読んで欲しいとよくせがまれる。今のところ、爆発への興味は薄いようで、内心ほっとしている。
 将来の夢は、この国の大総統か、夫のような国家錬金術師、果ては北極星になりたいのだとか。私と夫は、この子は将来有望だ、世界一の天文学者にでもなるかもしれない、と親ばかぶりを発揮している。
 ゾルフは、本当に素敵な父親だ。産まれた当初こそ、息子との接し方に戸惑っていたけれど、今ではもうベテランパパのようになっている。きらいなブロッコリーを優しく食べさせ、息子の小さな疑問にきちんと答え、叱るべきときは叱り、褒めるときは本当に嬉しそうに褒めてあげている。育児もちゃんと手伝ってくれて、私が疲れているときは彼がほぼ息子のお世話をしてくれるから、大助かりだ。
 仕事も軌道に乗り、遠方からの依頼もよく引き受けに行っている。ゾルフがニ、三日帰らないと、息子はしゅんとするので、そういうときはめいっぱいかまっている。時々私の仕事が忙しくなると、息子は色んないたずらをして気を引く。しょうがないと思う日もあれば、だめでしょと怒る日もあった。怒られるといつも、泣きながら私にすがりついてくる。ごめんなさいママ、と言われてしまうと、ついつい抱きしめてしまう。
 チェストに飾っている写真は、少しだけ増えた。私たちの晴れやかな結婚式の写真、妊娠しているとき水族館の帰りにふたりで撮った写真、そして、息子が生まれた後プラネタリウムの帰りに三人で撮った写真。それから、エルリック兄弟からの絵ハガキも一緒に飾っている。
 素敵な思い出がたくさん増えていく。過去のつらい記憶を時折思い出しても、幸せな思い出がそれらを頭の隅に押しやってくれる。悲しみの色を薄めてくれる。それはこの子が生まれてから、もっと顕著になった。子どもは本当に、幸せを運んでくれる天使なのかもしれない。
「ママ!」
 星のクッションを抱きしめながら、息子は私のスカートをくいと引っ張った。
「パパと一緒にお星さまを見に行きます。ママも来てください」
「うーん。ママはね、お皿を洗わなくちゃいけないの。だからパパと行っておいで」
「や〜! ママもママも〜!」
「分かった分かった。一緒に行くね」
 本当に、このミニゾルフには敵わない。

 四月の夜はまだ肌寒い。淡いグリーンのカーディガンをはおって、息子とバルコニーに出た。
 夜風が髪をさらい、カーディガンの袖を揺らす。手招きする息子は望遠鏡に駆け寄り、ゾルフはレンズの調整をしていた。
 満天の星空が広がっている。ひとつひとつの星が大きく、煌々と光っている。都会の中央では決して見ることができない、田舎ならではのお楽しみ風景だ。
「見てください、ママ。綺麗でしょ」
 青い瞳をきらきらと輝かせ、息子は夜空に両手を伸ばした。
 ふと、思う。太陽が私で、ゾルフがお月さまなら、この子はお星さまだ。星の、王子さまだ。
「うんそうね、王子さまの言う通りね」
「ママ、ぼくは大総統ですよー?」
「さ、準備が整いましたよ」
 夫の声で、私たちは望遠鏡に近寄る。ゾルフは息子を抱き上げ、望遠鏡を覗かせた。
 星座を見つけるのが得意な息子は、ものの十秒ほどでこぐま座を見つけた。彼によると、おおぐま座の北斗七星を目印にすると見つけやすいのだとか。
 こぐまの尻尾の先にあるのは、北極星。決して動かないその星は、彼のお気に入りだ。……私にはどれが尻尾なのか、そもそもどれがこぐま座なのか、分からないのだけれど。
「パパ、宇宙はどんなふうに生まれたんですか?」
 息子は望遠鏡から顔を離し、夫に問う。さすがは大総統、質問のレベルが高い。
「大爆発で生まれたという説が濃厚ですね」
 ゾルフは笑みを浮かべて、意気揚々と回答する。爆発のことになると、やっぱり嬉しそうだ。
「はじめの宇宙は、すべてのエネルギーが一点に集約していましたので、すさまじい高温、そして高密度であったとか。この状態から、宇宙が爆発的に拡張した現象を、我々はビッグバンと呼んでいるのですよ」
 私と息子は小首をかしげた。息子から翻訳を求められたものの、「宇宙はビッグバンという爆発から生まれたのよ」と、頼りなさげにしか言えない。
 けれど、息子は私たちの説明で満足したのか、再び目を輝かせて言った。
「爆発って、すごいんですね!」
 その一言で、夫のスイッチが入ったのが分かった。ああ、なんだかいやな予感がする。
「ええ、そうですよ、よく分かりましたね。爆発には大きなロマンがあります。ほかにも……」
「ちょっとあなた? あんまり早いうちから過激なことを教えないでくださいね?」
「やだー! もっと爆発について知りたいです! 爆発! 爆発!」
 駄々をこねる息子を見て、浅いため息がもれる。やっぱり血は争えないみたい。
 星空観察を終えると、今度はリビングにて日課の軍人ごっこが始まる。息子はもちろん大総統役だ。私たちは過去の階級名で呼ばれている。
 なりきり駅長さんセットの付属の帽子を被り、大総統は可愛らしく、うおっほん、と咳ばらいした。
「アヤ中尉!」
「はい」
「今日のビーフシチューはおいしかったです」
「光栄です、ふふ」
 思わず笑みがこぼれる。いつも晩ごはんの感想を聞けるのが嬉しい。今日は辛口評価でなくて良かった。
「ゾルフ中佐!」
「はい」
「後で爆……例のことについて教えてください。中尉には内緒ですよ」
「ええ、喜んで」
 全然内緒にできていない。そういう子どもらしいところが、私の笑いを誘う。
「ぼくは今からお部屋の見回りに……見回りに……」
 大総統の目はとろんとしている。そろそろおねむの時間らしい。ベッドに行きましょう、と提案してみるけれど、彼は首を横に振る。そうしてしばらく眠気に抗っていたが、やがてカーペットの上に寝転がってしまった。その後すぐに寝息が聞こえてくる。
 立ち上がる私を見て、ゾルフは小声で命令する。懐かしい、呼び名で。
「ラシャード少尉、大総統をベッドにお運びしなさい。今晩は私がお皿を洗いますから」
「ですが……」
「かまいませんよ」
 彼は穏やかに微笑み、シャツの袖をまくる。その仕草と、引きしまった腕に思わずどきっとしてしまう。
 独身時代のときめきは今でも忘れていない。彼が忘れさせてくれないのだ。
「それじゃ、私、お皿を拭きますね」
「助かります」
 息子を起こさないようにそっと抱き上げ、子ども部屋に行こうとする。そんな私の背中に、彼が嬉しい言葉を投げかけてくれた。
「それが済んだらソファに集合ですよ。私の隣に来るように。久々に、ワインでも開けましょう」
「ふふっ。はい、少佐っ」
 そうして今宵も、私たちだけの穏やかな時間が流れ始める。


三人が仲睦まじくしてくれるととても嬉しいです。ミニゾルフくん、絶対可愛い。

(了)20181123
(改)20190115





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