羊の皮をかぶった、
「いやぁ、いい式だったね」



体をまとう心地よい余韻と、鼻を抜けるアルコールの匂い。先程までの光景を噛みしめるように言えば、「それ三回目」と呆れたような顔をする総悟くんにツッコまれた。そんなこと言ったって本音なのだから仕方ない。

……だって、



「総悟くんだって嬉しいくせに」



今日は、親友の結婚式だった。

私が彼女と出会ったのは高校生のときの話である。同じクラスになった彼女、ミツバは綺麗で優しくて、席が前後だった私はすぐに仲良くなった。

当時体の弱かったミツバはよく風邪をひいていて、私はよくお見舞いに行っていたのだ。そのうちにミツバの幼馴染である土方くんや、弟の総悟くんなんかとも仲良くなって――あの頃は毎日が楽しかった。
そんな楽しい日々の中、ミツバと土方くんはお付き合いを始めて、それからはや十年。晴れて今日、とうとうふたりはゴールインをしたのである。


親しい人だけを集めた幸せのあふれる式を終えて、土方くんの赤面が目立った二次会も終えて、私は今現在帰路についているところだ。

流石にそろそろ終電が危ういからと腰を上げた私に、ミツバは「今日は本当にありがとう」と微笑んでくれた。土方くんも「またいつでも遊びに来い、その方がこいつも喜ぶだろうし」なんて。やっぱり素敵な二人だったなあ、そう思えばそう思うほど、なんだか私まで幸せな気分になるようだった。



「嬉しい訳ねェでしょ、あの野郎相手ですぜ」

「懐いてるくせに」

「目腐ってんじゃねーですかなまえさん」

「うわーっ酷い、怒るよ!」



あの頃から変わらない総悟くんに思わず笑ってしまった。土方くんとの犬猿の仲は未だに改善されていないらしい。

まぁ、なんだかんだ言って総悟くんは土方くんのことを誰より信頼しているんだろうけれど。でも重度のシスコンだしね、この子。大好きなお姉ちゃんをとられてしまって悔しいんだろう。そしてそれと同じくらい嬉しいから、これまた複雑なのだろう。

何年経っても相変わらず可愛いなぁと右隣を見上げてみると、いつの間にか大人になったらしい総悟くんが目に映る。大学生になっても社会人になってもミツバとは時折会っていたけれど、総悟くんと会う機会は中々なかった。

ちょっと前帰省ついでにミツバの家にお邪魔してちらっと見かけた時以来だから、……2年ぶり、くらいだろうか。最後にちゃんと話したのはもう思い出せないくらい昔のことだ。


確か彼は今年から社会人をやっているらしい。昔は可愛い男の子だったのに、今はすっかり格好いい男の人になっている。今日もお暇するため腰を上げた私に「送っていきやすよ、もう遅せェし」と声をかけてくれた。思わず少しだけ胸が踊ってしまったのは私だけの秘密である。

記憶の中の総悟くんは私と同じくらいの背丈だったのになぁ。成長したなぁ。
感慨深くそんなことを思いながら、でも今の総悟くんから昔の面影を引き出したくて。少々のからかいを込めて口を開いた。



「総悟くん、ミツバが結婚することになって寂しいんでしょ」



くすくすともれる私の笑い声に、総悟くんは面白くなさそうな顔をする。「あったり前ェでィ」「シスコンは変わってなくて安心しちゃった」明るい笑い声が響く夜の路地。まるで昔に戻ったかのようだ。

私の頬が限りなく緩んでいく一方、「うっせーやい」彼はいじけたように言う。しかし数秒の間を置いて、その顔はふっと真面目なものへと変わった。



「つーか、そっちこそ良いんですかィ」

「ん?なにが?」



総悟くんが私から目をそらす。何やら言いにくそうに、けれど何かに踏ん切りをつけるように、彼はゆっくり息を吸った。



「――土方コノヤローが本当に姉ちゃんのもんになっちまって、ほんとは泣きてェ、とか」



彼の目は未だ虚空を見つめたままだ。月夜に静寂が広がって、思わず私の足も止まる。
ふたりが本当に結婚して、私が泣きたいのではないか。その言葉から導き出されるのは。総悟くんが言いたいことは。



「……しってたんだ、総悟くん」

「昔っからあの二人のこと見るたび泣きそうなツラしてたくせに。バレバレでさァ」



そっかぁ。バレバレだったかぁ。
言いながら浮かんでくるのはこの上ない苦笑だった。いかにも総悟くんの言う通り、私は土方くんに想いを寄せていた。好きだった、すごく。

でも私が土方くんを好きになった時、いや、私が彼に出会った時から彼には好きな人がいたのだ。沖田ミツバという、私の親友が。そして彼女の気持ちが彼に向いているということも私には容易くわかっていた。


好きな友達と好きな人が、どうやら両思いらしい。
そんな事実を前にして、私は結局自身の想いを秘めていくことにしたのだった。幸せになってほしい二人が幸せになる道が見えたのだ、多分誰だってそうするだろう。そうして今日まで私はそれを誰にも言わずに生きてきた。誰にもバレていないつもりだったけど、まさか。



「泣きそうになんてなってなかったとは、思うんだけど」

「よく言う。……ま、あの鈍感ヤローは気づいてねェと思いやすが」



総悟くんに、バレてたなんて。
浮かべた笑みは先程より苦いものになっていたと思う。やっとの思いで動かした足は、なんだかやけに重い気がした。

びっくりしたのだ、自分の中だけに秘めて終わらせたはずの気持ちを、この子に指摘されるなんて思わなかったから。



そういえば昔から、総悟くんは敏いところがあったっけ。なんてことを思い出していると、なんだか自分がこんなに動揺してしまっていることがおかしくて少し笑ってしまった。

ふふ、と不意に笑いを漏らした私へ、総悟くんの訝しげな視線がとぶ。弁解するようにそちらを見上げれば漸くその目と視線を合わせることが叶ったようだった。



「どうしたんですかィ、突然笑ったりして」

「なんか、おかしくなっちゃって」

「おかしく?」



「そ」夜空へ目を向けると、星がきらきら輝いていた。総悟くんからの視線をひしと感じながら、声を発するため息を吸う。



「今は、悲しくなんてないよ。嬉しいよ、ちゃんと。ふたりとも大好きだし、幸せになってほしい」

「……へー。そんじゃ土方コノヤローは諦める、と?」

「厳密に言えば諦め続けてはや数年って感じ」



アハハ。誤魔化すように付け足した笑い声が夜にとける。諦めてはいるのだ、それこそ高校生のときから。諦めて蓋をして見ないふりをして、胸の痛みに気づかないふりをして。そして最近、やっときちんと踏ん切りをつけることができた。

みっともないこと総悟くんにバレちゃったな。多少の気まずさと共に右隣を窺えば、彼はゆっくりゆっくりその足を止め――私の歩みにも待ったをかけるように、腕を引かれた。



「総悟くん?」



一体どうしたんだろう。駅はもうすぐそこに見えているのに、その足は微動だにしない。寒色の外灯が寂しげな路地に私達ふたりの影を伸ばした。

見上げた先の総悟くんはいつものポーカーフェイスと、いつもより熱のこもった瞳をこちらに向けている。途端に張り詰めたこの空気を切り裂いたのは、彼の気だるげな声だった。



「それ」

「、え?」

「撤回しねーでくだせェよ」



撤回、とは。

掴まれていた右腕をまたぐいと引かれる。鼻先が総悟くんの胸板にくっついてしまいそうな距離に動揺していると、彼が私と視線を合わせるように屈んだ。目の前の端正な顔から思わず顔を背けると、そうはさせるかとでも言うように大きな手で顔ごと包み込むように固定されて、――逃げられなくなった。

口を真一文字に結び、ただ彼の眼を見つめることしかできない私とは対照的に、総悟くんはいたって余裕。にいと、愉しそうに、妖しく、その口角を吊り上げたかと思えば、



「やァっと、正々堂々と狙える」



私は、その言葉の意味を理解出来ないほど子供じゃない。でも、総悟くんがそんな言葉を発するほど大人だなんて知らなかった。

衝撃に追い打ちをかけるように、総悟くんが綺麗な顔をゆっくり近づけてくる。待ってコレはだって、まずい。

そんなことを考えているうちに唇が触れ合っていた。逃げようにも、顔が固定されているせいで叶わない。触れるだけのキスの最後にペロリと唇を舐められて、肩が跳ねた。



「顔真っ赤」



一度一つになった影が、また2つに分かれた頃。総悟くんは上機嫌でそう言った。混乱と動揺の渦の中、その声で自らの顔の熱さを知る。



「もう逃しやせんよ」



総悟くんは可愛い男の子でも弟分でも何でもなくて、ただのひとりの男の人なのだ、と改めて突きつけられるようだった。
と、そこで不意に腕時計を確認した総悟くん。機嫌の良さをまた少し増しながら「あ、終電なくなった」なんて。



「帰れやせんね、なまえさん」



もしかして、ここまですべて彼の計画通りなんだろうか。呑気にそんなことを考えるけれど、余裕があるというわけではない。むしろ逆だ。

私を見つめる総悟くんの瞳はまさに捕食者のそれであり、狼を前にした羊ってこんな気分かな、と考える。



「……かわいかった総悟くんはどこ行っちゃったの」

「心外でィ。今も可愛いじゃねーですか」



どの口が言ってんだろう、と思っているうちにまた唇を塞がれた。触れて離れて、離れて触れて。翻弄されるうちに何がなんだかわからなくなって、でも。

――これは確かに、逃げられる気がしない。

それだけはどうにも、疑いようがないらしかった。


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