こんな恋があってたまるか
「あのさ、沖田くん」



「何でィ」





先ほどまでは高く昇っていた陽もその高度を下げ、オレンジがあたりを満たす今現在。私と沖田くんは洒落たカフェのカップルシートに座っていた。

窓の向こうを眺めている隣の彼へ、私は声を振り絞る。





「あー……っと、今日は、ありがとう、的な」



「べつに」



「あ、アハハ」





あまりにも変哲のない内容になってしまった投げかけを乾いた笑いで誤魔化した。――いやいや、違う。違うじゃん私。言おうとしたこと違ったでしょうが!頭の中で自分を平手打ちする。

そうじゃなくて、アレなのだ。私がしようとしていたのはそんな分かり切ったお礼なんかではなくて、アレ。……告白だ。



何を隠そう、私はこの沖田くんに恋心を抱いてしまっているのである。そして今日、私はその想いを彼に告げると決めたのだ。だがしかし、朝家を出る時点ではそう決めていたはずなのに、機を逃しに逃していつの間にか空を染めるのはオレンジ色。何してんの、と内心で自分を叱りつけるのも本日幾度目かのことだった。



今日は身支度をする時からお気に入りのリップを塗って、念入りに髪の毛をセットして。完成途中の自分が映し出された鏡越しに、本当は勇気とやる気の在庫確認も済んでいたのだ。でも、いざとなると肝心の言葉がしっかり出てきてくれないらしい。焦りだけがただただ全身に滲んでいた。









私と沖田くんは同じ学部の同期生である。

入学当初のオリエンテーションで隣の席だったことがきっかけで、なんとなく一緒に過ごすことが多くなった。



彼はその美麗な顔に反して性格に難あり……というか大難あり、むしろ災難レベルなせいで、他に仲の良い女の子はあまりいない。だからか、女の子では私が唯一の仲良しだ。被った授業は隣で受けるし、休みの日もたまに遊んでいる。今日も私が気になっていたお店へ行くのを付き合ってもらっていた。



そんな関係が続いて、もう一年半ほどが経つ。その一年半ほどの間によりによってこの沖田くんへ私が恋心を育ててしまっていたのは言わずもがなだけれど――同時に、こんな関係だからこそ。もしかしたら、もしかするんじゃないか。沖田くんも同じ気持ちでいてくれるんじゃ、ないか。いつの間にかそんな期待も抱くようになってしまっていた。

結果、今にいたるという訳だ。





今日、沖田くんに告白する。躊躇こそすれ、密かに固めたその覚悟は揺らがない。

現在時刻は夕方だ。それにこのレモンティーを飲み干してしまえばもう解散になってしまう。だからそろそろ、何が何でもキメなければ。



飲みかけのグラスを握りしめる両手は少し震えていた。沖田くんの方へ視線を向けられない。いやでも、頑張らないと。このままじゃどうにもならないじゃん。ええい、ままよ。私は思い切って息を吸った。





「沖田くん、よかったら付き合ってもらえませんか」





落ち着きのある喧騒の中、ふたりの間に落としたその声。

躊躇に躊躇を重ねてようやく吐き出したそれに、ぎゅっと目を瞑る。言ってしまった。心なしか空気が薄いような気がした。

沖田くんがどんな顔をしているのかはわからない。というか怖くてそちらを向けない。「と、突然ごめん、沖田くんのことがその、す、……好きで」震える声で付け足して、ため込んでいた息を吐き出した。



もう私の中に残る勇気残量はゼロに近い。今すべて振り絞った気がする。やりきったぞ、なんとかやり遂げた。あとは彼の返事を待つだけ。

少々の達成感と沈黙の中、――沖田くんからは一体どんな言葉が返ってくるんだろう、そんなことを考えた。おー、とか気の抜けた感じかな。それとももっと回りくどいのかな、やっぱり。些細な現実逃避は緩和剤としては力不足らしく、体の中の大部分が心臓になったのかと思うほど動悸が激しい。多分今、私の顔は真っ赤だ。



レモンティーの水面を見つめたまま返答を待っていれば、数秒を置いて隣で彼が口を開いた気配がした。

ドクドクと波打つ動悸の合間を縫って聞こえたのは、「あー、ムリ」





「…………エッ」



「そりゃムリな話でィ」





ムリ。むり。アレ、無理って何だっけ?肯定用法ある?

私は、暫し硬直した。





正直に言うと、沖田くんに告白しようと決意した時点で私は結構勝利を確信していた。

なにしろ沖田くんと仲の良い女の子は私だけだし、休みの日もよく二人で遊ぶし、なんなら今座っているのはカップルシート。逆に聞くけれどここに脈以外の何があるのか聞きたかった。断言するけれどこれは驕りではない。冷静な判断の上で私は脈を感じていたしOKが貰えると信じていた。だからこそ告白ができたのである。しかし。しかし蓋を開けてみれば、返ってきたのは『ムリ』そんな二文字のみであり、……これは、計算外。あまりの衝撃に沖田くんの方を見上げる。「む、むりなの!?」衝撃のあまり声を上げていた。



沖田くんはさもありなんと言わんばかりの顔で「お前相手にアレコレする気は起きねェ」一点の曇りもない瞳が向けられた。おぉーっと。どこかでゴングが鳴り響く。ここまでデリカシーに欠けた断り文句もそうそうお目見えできるものではないだろう。ピキ、と自身の青筋が立つ音がする。



というか、だ。断り文句の失礼加減もありえない。あり得ないけど、それ以上に。

もしも沖田くんが私のことをなんとも思っていなかったなら今までの態度は一体何なんだ。思わせぶりにもほどがあった気がする。乙女の純情を弄ばれた気すらする。失恋の痛みが一周回って、ふつふつ怒りがわいてきた。





「沖田くん、それってつまり私のこと今まで全く好きじゃなかったってこと?」



「恋愛的にゃ微塵も」



「二人で映画行ったのに?」



「そういやアレ中々演出凝ってて出来良かったな」



「二人で浴衣着てお祭り行ったのに!?」



「あのたこ焼きは旨かった」



「毎日LINEしてたのに!?」



「いつも思ってるけどお前ェスタンプの趣味悪すぎ」



「彼氏欲しいって嘆いてたら『俺いるしよくね』とか言ってきたのに!?」



「実際必要ねーだろィ」



「いまカップルシート座ってるのに!?」



「このソファ固くね?」





いちいちコメントを挟んでくる沖田くんだけれどコレで脈なしと思える人間がいたら名乗り出てほしい。端からぶん殴っていきたい。だってそうじゃないと沖田くんからお祭りに誘われて浮かれていたあの時の私が浮かばれないじゃない。まぁ、期待していた喧騒の中での手繋ぎも花火にまぎれた淡いキスも、なかったどころか数か月後にこうしてフラれているんだけれど。

でもコレは、それにしたってともかくアレだ。沖田くんのタチが悪すぎる。だって――てっきり私は、沖田くんも同じ気持ちだと思っていたのに。ご飯も映画もお祭りもLINEも、私だからしたいと思ってくれてるんじゃないかな、私と一緒だから楽しいのかな、なんて、自惚れていたのに。



ハァー。

昂った感情を落ち着かせるように息を吐き出せば少し頭が冷えた。頭が冷えて、心の痛さを感じ取る余裕が出来てしまった。

私はこんなでも沖田くんのことが本気で好きだったのだ。沖田くんの唯一の女の子になりたかったし、沖田くんの隣にずっといたかった。たった今そんな幻想は打ち砕かれてしまったわけだけれど。

氷のとけたレモンティーは甘酸っぱくて、ちょっと薄い。これが失恋の味か。案外薄味。初恋成就の味になると思ったんだけどな。計算違いだ。



ぎりぎりのところで涙だけは呑みこみながら、「そっかあ」声に滲むのは後悔である。こんなことなら言わなきゃ良かったかな。言わなければ、沖田くんとは仲の良い友達のまま、ずっと笑っていられたのに。

重苦しい沈黙の中、私は残り少なかったレモンティーを飲み干した。いつまでもここに沖田くんを縛り付けておいたら流石に可哀想だ、気まずいだろうし。私も早めに帰宅して泣かないと明日の瞼に響いてしまうし。

そんな思いからバッグを抱え直して「そろそろ行こうか」彼を見上げた。沖田くんは「おー」特にいつもと変わらぬ様子を見せながら、何か思い出したように「んじゃ次は来週……水族館だったか」あーそうそう、と頷きそうになって硬直した。





「……ハイ?」



「いやだから来週。行きてェとか抜かしてやがったろィ」



「…………いや、そうじゃなくって、いや確かに言ったけどそうじゃなくて!」





アナタ、いま、私のこと、ふりませんでした?

そう訴えかければ鼻で笑われた。「フッた」「ドヤァじゃないんだよ沖田くん」そうじゃなくって、何?たった今フッたばかりの女の子に水族館て。確かに約束してはいたけど。でも、でもだよ。こういう場合は流れたと捉えるのが暗黙の了解でしょうが!





「フリたてほやほやの女の子の傷口に塩を塗るその心は!?」



「別に誰が失恋しようと俺にゃ関係ねーし」



「……はぁぁああ??」





その傍若無人な態度に、先ほどまでの傷心など忘れ去るくらい、私はガンギレた。こめかみからピキピキ音がする。





「沖田くんには人の心がないわけ?」





空になったグラスを握りつぶさんばかりに彼へ詰め寄った。カップルシートのお陰で遮るものがないのである。こんなところで役に立つとは思わなかった。

しかし一方の沖田くんは素知らぬ顔で「あるある、めっちゃある」うそをつけ。





「俺ァ俺がやりたいようにやってるだけでィ」





その綺麗な顔をこんなにぶん殴りたいと思うのは初めてだった。

それに、その言葉があらわすところはつまり。





「……じゃ、沖田くんは私と一緒に水族館に行きたいってこと?」



「そういうこった。暇つぶしになる」



「ホントさぁ、沖田くんさぁ……」





湧いてくるのは怒りよりもはや呆れである。暇つぶしってなんだよ。その暇を一緒に潰したいと思われてるってこと?それってつまりさ、と脳内の勘違い女がアップを始めた。ステイステイ、アナタが太刀打ちできる相手じゃないよこの男。





「つまりどういうことなの」





諦め交じりの問いにも理解不能な言葉が返ってくるんだろうな。そう思っていたら「お前は俺のだとしても俺はお前のモンにゃならねーしなりたくねェ」あまりにも予想通りに理解できない一言が返ってきて天を仰いでしまった。ついでに言えばお前相手にABCも御免だとかなんとか続けられる。





「いやもうわかんないわ……」





とんでもない男である。分かってはいたけど本当に、面倒だし訳が分からない。告白するべきじゃなかった、というか好きになるべきじゃなかった。





「絶対沖田くんのことなんかパパっと忘れて彼氏作ろ……」



「言ってろィ、邪魔してやらァ」



「だから沖田くんは私の何なの一体」



「何でもねーけどお前ェに男出来んのは癪」



「はあ??」





先ほどまでの傷心はどこへやら、現在私の心を覆うのは諦めの一色だった。もう沖田くんにマトモを期待するのはだめだ。やめておこう。それよりも次の恋。今度はちゃんと私のことを大事にしてくれる人を見つけなければ。なにがなんでもだ。

私が密かにそう意気込んでいると、「あ、ちなみにお前のサークルの坂田とかいう野郎は足臭せェしギャンブル好きだし酒好きのクソ野郎らしいぜ」。えーまじかあ。坂田先輩、ご飯誘ってくれて、ちょっといいなって思ってたのに。残念……と、そこまで考えて。





「沖田くんは口出ししないでいいの!」





ギリギリで正気に返った。まったく油断も隙もない。沖田くんは謎の舌打ちをしているけれど私の恋路に介入する気があるなら彼氏としてしてもらわないと困るのだ。こんな中途半端はお呼びじゃない。その怒りの勢いのままレジの前まで行って、きっちり割り勘。カップルだらけだったカフェを出た。



そのままあぁだこうだ言い合って、少し歩く。お互いの足はいつもの解散地点で自然と止まった。









「それじゃあ、今日はどうもありがとう」





皮肉をたっぷりのせて言うも彼の顔を濁すことは出来なくて悔しかった。それどころか、





「じゃ、また来週〜」



「エッ沖田くんそれ本気で……ってちょっとー!」





そんな言い逃げをされてしまう始末。

微塵も乱れぬ歩調を保ちながら帰路につくその背に、ため息をひとつ。……水族館って。ばっかじゃないの。フラれたばっかで行くわけないじゃん、フツウ。



でも、もう既に何着てこうとか考えてしまっているあたり、私はそのフツウに入れなかったらしい。

本当に、ありえない。私はどこを目指しているんだ。あの男全くこちらを振り向く気ないじゃん。それなのに、私はどれだけ沖田くんのこと好きなんだって。



あーもう、こんなんじゃ、





「……幸せ、遠のくなあ」





ひとりごとは空しく空へ消えていった。今日の教訓、好きになる人は選びましょう。手遅れになる前に。私は結構、手遅れかも。

もう見えなくなった彼の背中へ思いを馳せつつ、私は頭を抱えたのだった。




〒感想文投函

prev - 戻る - next