あまいわな
それはとある日のことである。天気は晴れ、新八くんはお休み、神楽ちゃんはお出かけ、銀時は……たぶんパチンコ?

まぁそんなわけで、私はひとり万事屋へ取り残されていた。そしてどうせ一人になったのだからと、現在進行形で行っているのが、





「――ふぅー……」





お菓子作り、である。

クッキーに生チョコレート、苺と生クリームのホールケーキ。あとプリン。鼻をかすめる甘い匂いを吐き出しながらひとつひとつテーブルへ並べていく。どれもこれでもかというほど心を込めて作ったのだ、味わって味わって食べてもらわなければ。他でもない、銀時に。

銀時と私とは、もう付き合って三年になる恋人というやつである。三年も経つと初々しさやら恥ずかしさ、照れなんかは流石になくなってくるけれど、まぁなんとか仲良くやって来ている。今日までは。明日以降はわからないけど、アハハ。

内心で乾いた笑いを放ちながら時計を見上げると、そろそろ奴が帰ってきてもおかしくない時間だった。急いで残りのお菓子と取皿その他諸々を準備する。



玄関の扉がガラリと音を立てたのは、ちょうど準備を終えた私が椅子に腰掛けたその時だった。





「帰ェったぞ〜……ってアレ、どうしたお前……つーかどうしたこの甘味!!」



「おかえり、銀時」





居間の扉を開けるやいなやお菓子の山に気づいたらしいそいつがその目をらんらんと輝かせる。私はこれ以上ないほど愛くるしいだろう笑みを形作り「作ったから食べてほしいな」と言った。語尾にはハートマークがついていたと思う、多分。

一方、普段ならまず独り占めできるなんてことはないそれらへテンションが爆上がっている銀時は一も二もなくスプーンを手にとっていた。





「まっ……マジでかァァアアア!!おま……っ、マジでか!!愛してるゥゥウウウ!!」



「アハハ、調子いいんだからぁ〜」





にこやかな笑顔を浮かべつつ、ケーキを頬張る銀時を見つめる。そいつはといえばそれはもう幸せそうだ。幸せの絶頂とでも言うかのような顔をしている。良かった良かった、喜んでいる。だからつまり、……うん、そろそろかな。そこに好機を見出した私は、「ねえねえ、私の彼ピッピ〜」いつもより半トーンは高いであろう甘ったるい声を鼻の奥あたりから捻出した。アレ正確には彼ピッピって彼氏のことじゃないんだっけ、まあいっか。そんな考え事は隅において、「どうした〜?」目の前の甘いものに脳をやられたのか、いつも以上に腑抜けた顔をしているそいつへ向き直る。





「簀巻にするぞ」



「………は?」





目が点、とはこういうことを言うのだろうか。銀時は思考停止したかのように動きを止めた。





「き、聞き間違いかなァー……簀巻にするとか聞こえたけど」



「聞き間違えとらんわその通りだわ今すぐ簀巻にすんぞ天パ」



「彼ピッピ♡のあとにそんな物騒なモンくっつける女見たことねーよ!何なのお前マジで!」





何なのかと聞かれても困ってしまう。私はただのカノピッピだ。それに何なのってそれは私の台詞ではないのか。

刑事ドラマよろしく机にバンと手のひらを置き、銀時と視線を合わせた。





「おいコラ吐けコラ」



「吐くって何をだよ!急展開すぎてワケわかんねーんだけど!」



「とぼけるんじゃねえ自分の心に問い合わせろ」





と、ここまで言っても「はァ?何のことだよ」だなんだと抜かしているそいつへ、仕方なく私は最後の一言を放つこととした。





「……浮気、してるんでしょ」





いざ放とうと思うと、強気のまま言い切れなくて悔しい。「……はァ?」銀時の素っ頓狂な声は演技か何かだろうか。どっちにしろ諦めてほしい。「ブツは上がってんだよ諦めな天パ」再びその動きを停止させたらしいそいつへ「あっどーぞ食べて?ハゲろと願いながら丹精込めて作ったお菓子だし」と付け足した。ちなみに嫌味というやつである。



私が銀時の浮気を知ったのは、つい先日の話だ。流れは至って簡単、その日朝帰りをしてきた彼の着流しを洗濯しようとしたところ口紅のあとを発見してしまったのだ。最初はその場で問い詰めようと思ったけれど、当の本人はベロベロに酔っ払っていて話にならないし、何より聞かずとも状況証拠が全てを語っている。私がひとりで寝入っている間、銀時は口紅をした女と過ごしていたのだろう。朝までその女とナニカをしていたのだ。――そこまで察した直後、私を襲ったのは悲しみだった。一晩枕を涙で濡らして、銀時の顔を見たくないあまり一日中街を徘徊して。そうしているうちに悲しみは怒りへと変わっていった。私にこんな気持ちを味あわせておきながら、毎日毎日やれパチンコやらやれ飲み屋やらに繰り出しているダメ男には何かしらの天罰を下さねば。覚悟しろよ天パ、その緩んだ顔から血の気を抹消してやるからな、あっでもそうなったらやっぱり上げて落とす方が効果的?……と、まぁこんな風にたてた計画の実行日が本日だったというわけである。



多分据わっているだろう私の視線を受けて、銀時は眉根を寄せている。ははーん、あくまでも知らぬ存ぜぬで通す気か。だがしかし、そうは問屋が卸さない。

私は再びにこやかな笑みを貼り付けると、「コレは一体何でしょうか」件の着流しを取り出した。あの日以来丁重に保管していたのである。





「何ってそりゃ……着流し?」



「そんなことは聞いてない」





ここをよく見ろ天パ。

問題の箇所を指差しながら言えば、銀時はこれまた怪訝そうな顔をした。





「……口紅?」



「なぁーに疑問系で『オレはなにもしりませんよ』アピールしてんだ天然パーマネント!!」



「まっ、待て!!落ち着け!!マジで身に覚えがねーんだよ!浮気なんざするわけねェだろーが!」



「浮気じゃなかったらナニがどうなってこんな赤い口紅付けたオネエチャンとまぐわうことになったんですかね」



「まぐわうって言い方やめてくんない!?」





先ほどまでスイーツで埋め尽くされていただけだったはずのこの部屋へ、殺伐とした空気が立ち込める。修羅場である。神楽ちゃんがいたら多分テンションぶち上がりだろう。

あくまでも不貞を認めない姿勢をとる銀時へガンを飛ばし、謝罪の言葉が発されるのを待っていると。





「……お前コレ、いつの着流し?」





発されたのは謝罪ではなくそんなものだった。その声色は先程までとは違い、どこか確信めいたものを滲ませている。

「先週の土曜だけど」ようやく白状する気になったかこのやろう。そんな気持ちを込めて答えれば、「……ハァー」何やら合点がいった様子でそいつが息を吐き出した。





「よくきけ、わかったぞ」



「……なにが?」



「それは誤解だ」





誤解だと一口に言われても信用などできるはずもない。ぎゅうと手元の着流しを握りしめる。

視線で詳細を促すと、すっかり気のゆるんだ顔に逆戻りしたそいつが口を開いた。





「土曜、依頼があるっつっただろ」



「……そーですね」



「そんでその依頼元、オカマバーだったんだよ」



「……オカマバー?」



「お前仲いいだろ、西郷ンとこの化物ども。どうにも人手不足だったらしくてな」





焦りもせず、いつも通りの口調で。むしろ少し上機嫌そうに銀時は話を進めていく。「途中で暴走したオカマどもの被害に遭ったんだよ。そんときのだな、そりゃ」話が終わった頃には、着流しを握りしめる手から力が抜けてしまっていた。――だってそれは、つまり、





「う、わきじゃ、ない……?」



「ンなことするわけねーだろ」





お前俺がどんだけお前に執着してると思ってんだよ、と。――つまりすべて私の、勘違いである、と。

すべての真相が明らかになったその瞬間、張り詰めていた何かがぷつんと切れた。「はあぁー」力なく倒れ込んだ私を、背もたれが受け止める。脱力だ、ほんとに脱力。蓋を開けたら西郷さんたちだったってそんなの思いつかないじゃない。ひとりで突っ走ってしまってバカみたいだ。それに何より、――バカみたいに安心した。

銀時はソファに沈み込む私を笑いながら隣に移動してくる。久しぶりに他意なくそいつの隣に収まれたことがなんだかやけに嬉しかった。





「ごめんなさい」





改めて色々と取り乱したことを詫びると「いや、俺も悪かった。様子がおかしいたァ思ってたけど気づかなかったしな」なんて。様子がおかしいことには気づかれていたのか。不覚である。

それにしても今回は大分暴走してしまった。テーブルの上のお菓子の山を見つめ、気まずさを大きなため息として吐き出していると。





「つーか、ナニ?お前は嫉妬拗らせるあまりこんな甘味まで作って俺を懲らしめようとしたっつーワケ?」





つい数分前までの慌てふためいていた銀時はどこへやら。ホールケーキから掬い取った生クリームをぺろりと舐めて、にやにや私を窺うそいつ。





「……なんなら甘味にトラウマ植え付けてやろうかと」



「ちなみに最近誘ってもノッてこなかったのは」



「……そのせい」





恥をしのんで白状していけば、それはそれは嬉しそうに銀時が笑う。「かぁーわい」うっさい黙れ、と今日だけは返せない。むっとしたまま黙り込んだ私の頬を、そいつがむにむにと揉んだ。





「まァ、アレだな。今日は嫌とは言わせねーぞ」



「……はあ?」





私と視線をあわせて、妖艶に口角を上げる銀時。





「どう転んだって他の女なんか眼中にねェって、まだわかってくれてなかったみてェだからよ」





――じっくりしっぽり教えんこんでやらァ。

耳元で囁かれた低音に肩が震える。「そうと決まったら腹拵えしとかねーとな」再び甘味に向き直ったそいつに呆れが溢れた。そして、それと同時。


(……今日は、眠れないかな。)



今晩の自身を案じて吐いた本日幾度目かのため息は、しかし案外憂鬱さの滲まないものとなったのだった。





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