電話の途中で「良い川だね」と云い入水を始めてしまった治を国木田くんと捜していると、どうやら国木田くんが治を見つけた様で、

「おォーい。こんな処に居ったか唐変木!」

反対岸に居る治は此方に向かって手を振った。治の隣にはボロボロの薄汚れた服を着た白髪の少年がいた。あの様子だと家出か、若しくは追い出されたか…後から最中が私に声を掛けた。

「鏡子あの童、少々獣臭い」

獣?

「おー、国木田くんご苦労様。あ、鏡子も来てたのね」

呑気な治に国木田くんは声を荒らげた。

「苦労は凡てお前の所為だこの自殺嗜癖マニア !お前はどれだけ俺の計画を乱せば____」

「そうだ君、良いことを思いついた。彼は私の同僚なのだ。彼に奢ってもらおう」

うわぁ…全く国木田くんの話聞いてない…

「へ?」

「聞けよ!」

「君、名前は?」

治の問に少年は答えた

「中島……敦ですけど」

名前を聞くと治は歩き出した。

「ついて来たまえ敦君、何が食べたい?」

「はあ………あの………茶漬けが食べたいです」

治はその言葉に吹き出し声を上げてどっと笑った

「はっはっは!餓死寸前の少年が茶漬けを所望か!良いよ、国木田君に三十杯くらい奢らせよう」

其の言葉に国木田くんはまた声を荒らげた

「俺の金で勝手に太っ腹になるな太宰!」

国木田くんっていつか頭の血管切れそう

「太宰?」

「ああ私の名だよ。太宰、太宰治だ」
ーーーー
私の隣に座る白髪の少年、中島敦はがつがつと茶漬けを食べていた。私は1口お茶を啜った。膝の上では最中が尻尾を振っていた。

「おい太宰、鏡子、早く仕事に戻るぞ」

国木田くんはトントンと人差し指で机を小突いた。

「仕事中に突然「良い川だね」とか云いながら川に飛び込む奴がいるか、おかげで見ろ予定が大幅に遅れてしまった」

国木田くんはキッと治を睨んだ

「国木田君は予定表が好きだねぇ」

治の言葉に国木田くんはバンッと勢いよく机を叩いた。

「これは予定表では無い!!理想だ!!我が人生の道標みちしるべだ、そしてこれには『仕事の相方が自殺嗜癖じさつマニア』とは書いていない」

トントンと今度は手帳を中指で小突いた。

「ぬんむいえ、おむんぐむぐ?」

茶漬けを口に頬張り、質問する中島少年に、スッと座り手帳を開いた国木田くんは答えた。

「五月蝿い、出費計画のページにも『俺の金で小僧が茶漬けをしこたま食う』とは書いていない」

「んぐむぬ?」

「だから仕事だ!!俺と太宰と鏡子は軍警察の依頼で猛獣退治を___」

国木田くんは青筋を立て、またダンッと机を叩いた。なんで会話出来てるンだろう…?

「君達なんで会話できてるの?」

治も同じ事思ってたンだ…
ーーーー
「はー食った!」

ごちゃっと置かれた茶漬けの茶碗を見てこの少年よく食べるなぁ…と思った。

「もう茶漬けは十年は見たくない!」

「お前……」

満腹になり腹を摩る少年の言葉に国木田くんは青筋を立てた。

「いや、ほんっとーに助かりました!孤児院を追い出され横浜に出てきてから食べるものも寝るところもなく……あわや斃死かと」

矢っ張り施設の出なンだ…

「ふうん君、施設の出かい」

「出というか……追い出されたのです。経営不振だとか事業縮小だとかで」

経営不振に事業縮小…それだけの事で子供を追い出す施設って今どきあるのかなぁ…?

「それは薄情な施設もあったものだね」

「おい太宰、俺たちは恵まれぬ小僧に慈悲を垂れる篤志家じゃない。仕事に戻るぞ」

国木田くんは顔を顰めた。

「三人方は何の仕事を?」

「なァに……探偵さ」

うわぁ治すっごい決め顔…あ、少年ぽかんとしてる。ぽかんとした少年を見て国木田くんは舌を打った。

「探偵と云っても猫探しや不定調査ではない。斬った張ったの荒事が領分だ。異能力集団『武装探偵社』を知らんか?」

『武装探偵社』軍や警察に頼れないような危険な依頼を専門にする探偵集団__
昼の世界と夜の世界、そのあわいを取り仕切る、薄暮の武装集団。
なんでも『武装探偵社』の社員は多くが異能の力を持つ『能力者』___

「あの鴨居頑丈そうだね……たとえるなら人間一人の体重に耐えられそうな位」

「立ち寄った茶屋で首吊りの算段をするな」

「違うよ首吊り健康法だよ知らない?」

「何、あれ健康にいいのか?」

あゝまた始まった…治の国木田くん揶揄い…絶対嘘なのに…

「そ…それで、探偵の三人方の今日のお仕事は」

「虎探し、だ」

確か白い虎らしいけど…

「……虎探し?」

この少年何か知ってそう…

「近頃、街を荒らしている『人食い虎』だよ。倉庫を荒らしたり畑の作物を食ったり好き放題さ。最近この近くで目撃されたらしいのだけど____」

ガタッと音を立てて顔を真っ青にさせた少年は椅子から転げ落ちた。四つん這いになり逃げようとする。

「ぼ、ぼぼ僕はこれで失礼します」

少年の襟を国木田くんがつかんだ

「待て」

少年は怯えた様子で云った

「む、無理だ!奴_______奴に人が適うわけない!」

「貴様、『人食い虎』を知っているのか?」

「あいつは僕を狙ってる!殺されかけたんだ!この辺に出たんなら早く逃げないと___」

逃げようとする少年を国木田くんは押さえつけた。

「云っただろう。武装探偵社は荒事専門だと。茶漬け代は腕一本かもしくは凡て話すかだな」

腕をグイッと捻りあげた

「まあまあ国木田君」

「落ち着いて落ち着いて~」

「君がやると情報収集が尋問になる。社長にいつも云われてるじゃないか」

私と治で止めると、国木田くんはゆっくりと少年から離れた。

「それで?」

少年は重々しく口を開きゆっくりと喋り出した

「……うちの孤児院はあの虎にぶっ壊されたんです。畑も荒らされ倉も吹き飛ばされて____死人こそ出なかったけど貧乏孤児院がそれで立ち行かなくなって口減らしに追い出された……」

少年はぼんやりとお茶から上がる煙を見つめた。

「……そりゃ災難だったね」

あゝ、全部理解出来た…

「それで小僧、「殺されかけた」と云うのは?」

「あの人喰い虎____孤児院で畑の大根食ってりゃいいのにここまで僕を追いかけてきたんだ!」

少年はドッと机を叩き叫んだ。

「あいつ僕を追って街まで降りてきたんだ!空腹で頭は朦朧とするしどこをどう逃げたのか」

「それいつの話?」

「院を出たのが2週間前。川であいつを見たのが___4日前」

国木田くんが手帳の頁を捲った

「確かに、虎の被害は2週間前からこっちに集中している。それに、4日前鶴見川で虎の目撃証言もある」

治は少し考え込んだ。どうやら理解ったらしい。

「敦君これから暇?」

笑顔で云う治に少年は鳥肌を立てた

「……猛烈に嫌な予感がするのですが」

「君が『人食い虎』に狙われているなら好都合だよね。虎探しを手伝ってくれないかな」

治の言葉に少年はガタッと立ち上がった

「い、いい嫌ですよ!それってつまり『餌』じゃないですか!誰がそんな」

「報酬出るよ」

ピクと少年が反応した。無一文の少年に報酬は食いつくよなぁ…

「国木田君と鏡子は社に戻ってこの紙を社長に」

治から紙を手渡された

「おい、二人で捕まえる気か?まずは情報の裏を取って___」

「いいから」

私は治から貰った紙を国木田くんに見せた

「ち、ちなみに報酬はいかほど?」

治がさらさらと紙に書いて少年に見せる

「こんくらい」

身を乗り出して紙を見た少年の目の色が変わった。

ーーーーーーーーーーー
治の紙に書いてあった事を社長に云い、私、国木田くん、与謝野先生、賢治くん、乱歩さんで倉庫の周りを固めていた。突如獣の鳴き声が聞こえた。

「グオオオオオオ!!!」

バキッと木が砕ける音と猛獣の雄叫び。
先に倉庫に向かった国木田くんの後を皆で追う。
国木田くんは治と話していた。くるりとこちらを向いた。

「おかげで非番の奴らまで駆り出す始末だ。皆に酒でも奢れ」

「なンだ怪我人はなしかい?つまんないねェ」

与謝野晶子____能力名『君死給勿きみしにたまうことなかれ

「皆んな無事なのはいい事じゃないですか?」

夏目鏡子___能力名『三四郎さんしろう

「はっはっは中々できるようになったじゃないか太宰。まあ僕にはおよばないけどね!」

江戸川乱歩___能力名『超推理ちょうすいり

「でも、そのヒトどうするんです?自覚はなかったわけでしょ?」

宮沢賢治____能力名『あめニモマケズ』

「どうする太宰?一応、区の災害指定猛獣だぞ」

国木田独歩____能力名『独歩吟客どっぽぎんかく

「うふふ、実はもう決めてある」

太宰治____能力名『人間失格にんげんしっかく

治はチラッと少年を見て笑顔で云った

「うちの社員にする」

「「「「はあぁぁあぁ!?」」」」

「矢っ張り」





これが事の始まり____

怪奇ひしめくこの街で変人揃いの探偵社でこれより始まる怪奇譚

これが先触れ前兆し______



中島敦_______能力名『月下獣げっかじゅう